20 キャラを作るぞ

「おー、本がいっぱいあるな」

「でしょ。来たかいがあったよね」

 今日は、エチコと街の本屋さんまで来ていた。文字勉強用の教材を探すためだ。

「これ、全部誰かが書いたのか」

「そうだよ。大昔から、いろんな人が本を書いてきたんだ」

 考えてみれば、日本語の本だけでこれだけあるというのは確かにすごい。大型書店や図書館にはもっといっぱいあるし、外国語の本も考えたら、とんでもない数になりそうだ。

「どれにしたらいいのか悩むなー」

「それが本屋さんの楽しみ方だよ」

「あっ」

「どうしたの」

「あっちを見てみろ」

 エチコが見つけたのは、本の中のことではなかったらしい。指さす先には、一人の女の子がいた。明るいピンクのワンピースを着て、髪は茶色に染められている。

「あの子がどうしたの」

「えっ、テツオの友達だぞ」

「えっ、誰?」

 遠くからでは、よくわからない。いたっけなあ、ああいう友達。

「今日はアイニャンを連れてないぞ」

「アイニャン……あっ、えー!」

 目を見らしてみる。確かに背格好や顔の輪郭などは、合っている。でも、あんな格好をするキャラだったっけ。

「知り合いに会ったら挨拶するって習ったぞ。だからエチコ、挨拶しに行くぞ」

「あ、うん。そうだね」



 その子は、確かにリンちゃんだった。

「あら、こんにちは」

「なっ、リンちゃんだっただろ」

「そうだね……」

 顔も声も、間違いなくリンちゃんだった。でもリボンとかも付けてるし、手には少女漫画を持っているし、教室で会うリンちゃんとは全然イメージが違う。

「もしかして、私ってわからなかった?」

「うん。だって、感じが全く違うよ」

「キャラ、変えてみたの」

「キャラってなんだ?」

 また、エチコには難しい話になってきた。

「あら、エチコちゃんも十分キャラが立ってるよ」

「キャラは立つものなのか」

「うーん、どうしたものかな」

 リンちゃんは、絵本コーナーに貼られているポスターを指さした。

「ねえ、エチコちゃん、あれを見て」

「おお、珍しい顔だな」

「顔がパンなの。どう見える?」

「静かそうだぞ。あまり、楽しい感じじゃない」

「そうね。その下に本があるから、見てみましょう。……この本の表紙にも、載ってるでしょ」

「ああ、同じだな」

「でも、大きさとか、表情とか、ちょっと違わない?」

「違うな。でも、特徴は似ているから、同じやつだと思うぞ」

「そう。これとこれは、同じキャラクターなの」

「キャラクター」

 エチコは、二つの絵をまじまじと見比べる。

「絵だとこうやって、わかりやすいでしょ。人間は、自分で作っていくの」

「作っていくのか」

「そう。顔をパンにするみたいに、髪形を変えて、お化粧して、宝石をつけて。そうすると、元の私とは違うキャラの私を作ることができる」

「別人になるのか!」

「そうね。でも、変わり切れないところあるし、内面はそんなに変えられないもの。だからこそエチコちゃんは、私のこと気付けた」

「そうか。テツオは気づかなかったぞ」

「鈍感、なんでしょうね」

「そうか。テツオは鈍感なのか。それもキャラか」

「そうなのかも。ねー、テツオ君」

「うーん」

 納得いかなかったけれど、事実気付かなかったのだから当たっているのかもしれない。



「エチコもキャラを作るぞ」

 家に帰ってくると、エチコが言った。

「えっ、なんで」

「それも勉強だと思うからだぞ」

「うーん、エチコはそのままでいいと思うけど。充分キャラが立ってるよ」

「やっぱり立ってるのか?」

「そう。そのままで、個性的だ」

「また新しい言葉が出て気ぞ。個性的ってなんだ」

「なんだろう」

 エチコに説明するときに、自分でもよくわかっていないことがよくわかる。

「エチコは個性的なんだな」

「うん。だって、エチコと同じ姿の人に会ったことないだろ」

「この星ではそうだな」

「そう、エチコはこの星では個性的。でも、僕みたいな人はいっぱいいるだろ」

「まあ、エチコよりはそうだな」

「そう。でも人間は多かれ少なかれ、皆と違う風になりたい、自分だけのキャラを作りたいって思うんだ。それが個性だよ」

「なるほど」

 自分で説明しておいてなんだけれど、僕には個性がない。いやあるのかもしれないけど、自分ではよくわかっていない。

「あら、二人帰ってきてたの」

 母さんが居間に入ってくる。今日は知り合いのダンスの発表会を観に行っていたので、とてもおしゃれをしていた。

「おお、母さんも今日はキャラが立っているな!」

「えっ、キャラ?」

「母さんはもともと明るくて元気だけど、今日は顔も派手でとても個性的だぞ!」

「エチコ、ところどころ失礼だよ……」

「そうなのか」

「まあエチコちゃん気にしないで。母さんはね、派手なのがキャラなのよ、ふふふ」

 母さん、言葉は優しいけれど、目が笑っていないように見える。確かに、なかなかに個性的な表情である。

「テツオも早く母さんみたいにキャラが立つといいな!」

「そ、そうだね、ふふふ……」

 人はなぜ個性を求めるのだろうか。そんなことを考えながら、母さんを見る。あたり前だけど似ているところもあるので、将来キャラが立つ素質は僕にもあると信じよう。

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