3 プールに入るぞ

 日差しが厳しくなってきた。

 エチコは暑さには強いようだが、それでもいつもより車輪の回転数が少ない気がする。

「エチコの星は、どんな夏なの」

「エチコの星には、夏とかないぞ」

「えっ、ないの」

「そもそもなんで夏があるんだ」

「うーん、地球がこう、太陽の周りをぐるぐる回ってるんだけど……それでなんか、あるらしいよ」

「まったくわからないぞ」

 正直、僕もよくわからない。季節がないって、どんな状況なんだろう。

「テツオー、エチコちゃん―」

 母さんが呼んでいる。

「はーい」

「エチコだぞー」

 居間に行くと、母さんが右手に紙を持ってひらひらさせていた。

「さっきね、プールのチケットを二枚もらったの。せっかくだから行ってらっしゃいな」

「僕とエチコで?」

「そうよ。エチコちゃん泳げる?」

「任せとけ! ちゃんと泳げるぞ」

 そういえば出会った時、エチコは溺れていた気もする。まあ、墜落だから仕方ないのかもしれないけど。

「テツオ、ちゃんと見ててあげてね」

「うん……ああまず、しなきゃいけないことが」

「どうしたテツオ、プールとかいうところに行くには準備がいるのか」

「うん、水着を買わなきゃ。というか、どう着ればいいんだ?」

「よくわからないが、水着とやらを着るのが楽しみだぞ」



 結局、普通の水着を買ってきてそのまま着せてみたら、案外すんなり入った。車輪にひっかけかせないように注意だけど。

「上から服を着て、向こうで脱ごう」

「なんか不思議な感じだぞ」

 二人で出かける。心なしかエチコの車輪の回転数も上がっている。楽しみなのだろう。

「おー、なんか匂ってきたぞー」

 エチコは鼻がいい。まあ、僕にも塩素か何かの匂いが香ってきたけど。

「おー、でっかい門があるぞ」

「あそこがプールだよ」

 このプールは市民プールと違って、流れるプールやウォータースライダーがある。チケットをもらわないと、お高くてなかなか来ることができない。

「人がいっぱいいるな」

「暑いし休日だからね。ちょっと並ばなきゃ」

「並ぶってなんだ」

「同じことをいっぱいの人がしたいときは、早く来た人から受け付けるんだ。後から来た人は、前の人の後ろで待つんだよ」

「おお、合理的だな!」

 二人で何分か並んでいると、僕たちの番だ。

「チケットで二人お願いします」

「はいよっ……ん」

 流れ作業で入場確認をしていたおじさんが、僕たちのことをぎろりとにらんだ。

「ペットは持ち込めないよ」

「えっ」

「テツオ、ペットってなんだ」

「家とかで買ってる動物のことで……って、いやいやおじさん、エチコはペットじゃないですよ」

 エチコに詳しく説明している暇はない。

「どう見てもペットだけどねえ。じゃあ、なんなんだい」

「エチコだぞ!」

「うわっ、喋るんだね」

「エチコは宇宙人です。地球に勉強しに来てるんです」

「宇宙人かあ。何歳?」

「えっ」

「このプールは五歳未満は入れないんだ。その子、何歳」

 僕はエチコのことをまじまじと見た。エチコの年齢って?

「エチコ、何歳だ」

「質問の意味が分からないぞ」

「うーん、生まれてから何回季節が……あっ」

 エチコの星には季節がないんだった。

「その、エチコの星にも太陽みたいのがあるだろ」

「あるぞ」

「エチコの星がそれの周りを何回まわったかとか……わかる?」

「エチコ、知ってるぞ。絶対に覚えなさいって言われたぞ。エチコの七十五代前の時から数えて一周したぞ」

「七十五代前……えーっ」

 エチコたちの寿命はよくわからないけれど、エチコの星の公転はどうも無茶苦茶長い(遅い?)と推測できる。

「じゃあ、エチコが生まれてから何日経ったかわかるかな?」

「何日ってどういうことだ」

「ほら、太陽が昇って、落ちて、また昇るだろ。それが一日」

「エチコの星の太陽は沈まないぞ。ずっと明るいぞ」

「えーっ」

 エチコの星は、自転しないのだろうか。

「うーん、おじさん、エチコが何歳かわかりません」

「まいったなー、決まりだからなー。しょうがない、ちょっと待ってて」

 おじさんは一回事務室に入り、十分後にまた戻ってきた。

「簡単なテストをして、地球人だと何歳かわかったら許可することになったよ」

「え、は、はい」



 テストみたいなことをして、エチコの能力を測定することになった。エチコは字が読めないので、僕が問題を読みながらエチコに解かせる。

 結果。

「……すごいな」

 なんと、エチコ、全問正解だった。計算や空間把握の能力がすごい。

「エチコ、やったぞ」

「おー、エチコ何歳だ」

「エチコさんはね……」

 おじさんが、眉にしわを寄せながら言う。

「地球人だったら20歳の知能があるみたいだよ」

「すごいなエチコ、大人並みじゃないか」

「よくわからないがすごいのかー」

「というわけで、子供用のチケットじゃ入れないね」

「えっ」

 その後施設の一番偉い人が出てきて、「エチコちゃんかわいいからいいよー」と言って入れてもらえることになった。ただ、それでよかったのかはちょっともやもやしている。エチコ、ひょっとして本当に大人なんじゃないだろうか。

「テツオ、プール楽しいな!」

「う、うん。それならよかった」

 もう一つ学んだこと。エチコの体は水に浮く。ただし、体勢を崩すと沈む。

「ぼぼぼぼ」

「ああっ、気を付けて」

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