4 学校に行くぞ
この前からずっと、悩んでいる。
エチコは無邪気で、いろんなことを知らないから、妹みたいな存在だと思っていた。でも、地球に来たばっかりで知識がないだけで、本当はすごく頭がいいのだ。
エチコがもっともっといろいろ知るには、やっぱりうちにいるだけじゃダメなんじゃないか。
「エチコ、話がある」
「なんだテツオ」
「学校に行きたいか」
「学校って、テツオがいつも行くところか」
「そうだよ。そこで、いろいろ教えてもらうんだ」
「エチコ、いろいろ知りたいぞ!」
「よし、じゃあ、学校に行こう」
「エチコ、学校に行くぞ!」
と、意気込んでみたものの。実際には無理だった。
どの学校にも、宇宙人の入学に関する規定がなかった。エチコの知能は問題ないし、ちゃんとルールを守ろうとするいい子だ。そういうことをどれだけ説明しても、「うちではちょっと……」「せめて住民票があれば……」と、なんやかんやで許可してもらえなかった。
「エチコ、宇宙人だから学校行けないんだな」
エチコの体が丸くなる。しょんぼりしているようだ。
「ごめんね。地球のルールは前例のないことに弱いんだ」
「エチコ、また一つ賢くなったぞ」
申し訳なさから逃げ出したくなる。
「エチコ、必ず勉強させてあげるからね」
「テツオはなんでそんなに必死なんだ」
「義務だからだよ」
「ギム?」
「えーと、なんだっけな。『教育を受けさせる義務』っていうのがあるんだ。みんながしなくちゃいけないこと。エチコにも教育を受けてもらえるよう、みんなが努力しなくちゃいけないんだ」
「でも、受けさせてくれないぞ」
「宇宙人のことがまだよくわかってないんだよ、みんな」
「わかってもらうようにしないといけないんだな」
エチコの素直さが、心に刺さる。地球人代表として、何とかしなければと思った。
いろいろなところに掛け合った結果、一つの塾で「読み書きができるならば」という条件で教えてもらえることになった。普通ならば大喜びのところだけど……
「まったくわからないぞー」
一所懸命二人で頑張っているのだけれど、エチコはなかなか文字を覚えることができない。エチコの星にはそういう文化がないのだそうだ。
「これが『あ』で、こっちが『お』ね」
「うーん、テツオがさっき書いた『あ』や『お』と違うぞ」
「手書きだからね、いつも同じには書けないよ……」
「いつも同じじゃないのに、同じ意味を持つんだな」
「うーん」
じゃあ活字で、ということで、本で勉強しても、書体や大きさ、太さが違うとまたわからなくなってしまう。教えているうちに、僕の方が何で文字を認識できるのかが不思議になってきてしまった。
「うーん」
「うーん」
あれほど空間把握や計算の能力が高いエチコが、文字は認識できないという不思議。ただ、いつまでも不思議がってはいられない。
「ソフィア先生に相談しよう」
「あらあら、それは困ったものね」
ソフィア先生は、僕が昔通っていた英語教室の先生だ。僕はそこをやめてしまったのだけれど、ソフィア先生は独立して自宅で教室を開いている。困ったことがあると、よく相談に乗ってもらっている。
「やっぱり、日本語は文字が多くて大変なのかもしれないわね」
「なるほど」
「英語から覚えてみるのはどうかしら」
「英語から?」
「アルファベットなら、数が少ないでしょ。とりあえず教科書の字体で覚えて、それを他のアルファベットに対応させていくの」
「なんか、よさそうです」
確かにアルファベットの方が字の形も単純だし、覚えやすいかもしれない。相談してよかった。
そんなわけでエチコが初めて入学するのは、小さな英語教室ということになった。
「もちろんテツオ君も一緒に勉強するよね」
「えっ」
エチコは文字には苦戦したけれど、英語はどんどん上達していった。もともと日本語も話せていたし、語学は得意なんだろう。
そして、だんだん力業でアルファベットも覚えていった。とにかく様々なアルファベットを覚えこんでいったのだ。
「テツオ、見えてきたぞ!」
「お、おっ、どうしたの」
僕は、苦手な英語の授業でちょっと頭がくらくらしている。
「エチコは線が苦手みたいだぞ。だから線の奥に壁が続いていると考えるようになったぞ」
「う、うん?」
「Aは三角錐みたいだぞ。Bはアヒルのおもちゃを立てたみたいだぞ。そうやって立体に変換してみたら初めての文字もわかるようになってきたぞ」
「なんだかよくわからないけど、理解し始めたのならよかった」
「ただ、日本語の文字はそれができるか心配だぞ。でも、エチコ頑張るぞ」
「うん、頑張ろう」
こうしてエチコは、エチコなりの努力で文字を覚えていき、エチコの才能によって英語がペラペラになった。
「ところでテツオ」
「なんだいエチコ」
「なんで地球にはいろいろな言語があるんだ。エチコの星には一つしかないぞ」
「え、えなんでだろー。高い塔を建てようとしたからだっけ」
「意味が全く分からないぞ」
やはり僕が教えられることには限界がある。早くエチコが学校に行けるようにしてあげたい。
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