7 食べるぞ

 今日は、エチコと海釣りに来ている。

 エチコと初めて出会った時も、釣りをしていた。釣りは、のんびり楽しめるからいい。

「まだ何も起こらないぞー!」

 ただ、エチコにはのんびりは合わないのかもしれない。

「釣りはじっくり待つものなんだよ」

「んー、んー、でも、テツオのにはたまにかかってるぞ」

「そうだね」

「でもテツオ、海に返してるぞ」

「ちっちゃいのばっかだからね」

「小さいと返すのか」

「まだ子供だからね」

 エチコは、僕の顔を見つめる。

「テツオも子供だからか」

「……え? いやいや、食べるのは大きくなったのだけって決めてるからだよ」

「なんだ、子供同士に何かあるのかと思ったぞ」

 エチコはたまにすごい発想をする。まあ、宇宙人だからかな。

「すごいなー、魚は釣られるために生きてるのか」

「いやいや、魚だって釣られたくはないんだよ。釣りは人間と魚の知恵比べなんだ」

「なんだかすごいぞ」

「へへー、そうでしょ。あっ」

 竿がびくびくと動く。手ごたえは十分だった。

「おー、かかったのか!」

「うん、これは大きいよ」

「知恵比べに勝ったんだな!」

「まだまだ。釣りあげなきゃ勝負はつかないよ」

 リールを巻き、ここからが魚との本当の勝負だ。

「がんばれテツオー」

「おーっ」



 人生で一度はやってみたかった、「おかずは釣ってくる」

 ついに実現した。

 僕とエチコは、リビングで母さんが魚を調理するのを待っている。

「あらあら」

 と、台所から母さんの声。

「どうしたのー」

「二人とも、ちょっとこっち来て」

 僕とエチコは、呼ばれるがままに台所へと向かった。

「何があったのさ」

「これを見て」

 母さんが指さしたのは、まな板の上の魚。僕が釣ったものだ。

「うん……あっ」

「テツオ、何に驚いているんだ」

「見て、魚の中に魚」

 なんと、さばいた魚の中に、小さな魚がいたのである。丸のみである。

「親子か?」

「違うよ。魚が魚を食べてたんだよ」

「魚が魚を食べる! そんなことがあるのか」

「いや、普通にあるよ。ここまできれいに丸のみしてるのは初めて見たけど」

「魚は魚を食べて生きているのか」

「魚以外も食べるよ。プランクトンだったり、海藻だったり。魚って言ってもいっぱい種類があるからね」

「なるほど。そしてその魚を人間が食べるんだな。……はっ」

 エチコは何かに驚いた様子だった。ただ、表情はやっぱり変わらないので、冷静にも見える。

「ということは、地球人を食べるやつもいるのか!」

「まあ、いるにはいるね。熊とか狼とか」

「宇宙人を食べるのも!」

「うーん、前例はないけどいるかもね……」

「怖いぞ!」

 ぎゅううん、とエチコの車輪が回った。空回りしているときは、慌てているときだ。

「でも、この近くにはいないんだよ」

「そうなのか」

「山とかに行ったら会うかもね」

「海にはいないのか」

「海には鮫がいるね」

「海にもいるのか! よく平気で釣りをしていたな!」

「まあ、磯釣りだったら大丈夫かなと……」

「そうなのか」

「まあ、だいたい鮫とか僕には釣りあげられないしね」

「釣りあげる人もいるんだな」

「まあね」

「危険がいっぱいだな! 万が一食べられないようにするには、どうすればいいんだ」

「動物の世界は弱肉強食なんだ。強いものが食べて、弱いものが食べられる。だから、強くなればいいんだよ」

「わかった、エチコ、強くなるぞ!」

 エチコは、一つまた学べたようだ。



「うおー!」

 エチコが庭で叫んでいる。何事かと思って見に行くと、野良猫とにらみ合っていた。

「エチコ、何してるの」

「この動物に食べられないように頑張ってるぞ! うおー!」

「猫は人間……宇宙人を食べないよ。多分、というか確実に」

「そうなのか」

「ネズミとか鳥なら食べるけど」

「エチコとそのネズミとかと、何が違うんだ」

「まあ、猫より小さいからね」

「小さい動物はエチコを食べないのか?」

「普通はね。あ、でも群れ……いっぱい集まって、大きな動物に勝っちゃうのもいるよ」

「うむ、じゃあ猫が一匹なら安心だな」

「まあね」

「そうか。はっはっは、エチコはお前に食べられないぞ」

 エチコが高笑いをすると、野良猫はエチコにとびかかって、顔をひっかいた。

「うわーっ」

「ああっ、大丈夫かい、エチコ」

「ちょっと痛いぞ。猫、小さいけど強いぞ」

「あんまり威嚇すると、食べない動物も襲ってくるよ」

「それは先に習っておくべきだったぞ……」

「ネコ科の動物は大きいと人間に勝っちゃうしね。ライオンとか虎とか」

「大きい猫がいるのか! 会ったらどうしよう」

「日本にはいないよ。あ、動物園にはいるけど。今度観に行こうか」

「エチコ、観たいぞ! 地球の動物のこといっぱい知りたいぞ」

「よし、じゃあ日曜日に動物園に行こう」

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