6 汽車を止めるぞ
「テツオ! 近所に駅ができてたぞ!」
学校から帰ってくると、部屋の中をぐるぐると回りながらエチコが言った。
「駅? そんな話聞かなかったけどなあ」
確かに我が家は駅から遠くて、近くに駅ができたら便利だ。でも、何の予告もなくできるものだろうか。
「汽車が走ってたぞ!」
「汽車? 電車じゃなくて?」
「どう違うんだ」
「こう、電線があって、パンタグラフがあって」
「うーん、詳しくはわからないぞ。一緒に行って見てみよう」
「うん、そうだね」
確かに汽車だった。
やってきたのは、近所の山川さんの家。広い庭があって、そこに線路が引かれていた。そして、小さな汽車、ミニSLが止まっていた。すでに近所の子供たちが何人か集まってきている。
「ああ、テツオ君も来たのか」
「こんにちは。乗せてもらえるんですか」
「もちろん。せっかくだからみんなで楽しんでもらおうと思ってね。おや、そっちの子は?」
「エチコだぞ!」
「おお、エチコちゃんっていうのか」
「宇宙から勉強しに来てるんです」
「偉いねー。これはね、機関車だよ。小さいけどちゃんと乗れるからね」
「おお、エチコ、初めて汽車に乗るぞ」
「それはよかった。さあ、もうすぐ出発だよ」
みんなと一緒に、止まっている列車にまたがった。エチコの足は車輪なので跨がれない。後ろから、しっかりと支えてあげる。
「さあ、出発するよー」
「おー、動いたぞー」
汽車はゆっくりと進む。みんなワイワイ言いながら楽しんでいる。
「おー、なんか親近感がわくぞー」
何のことだか最初はわからなかったけれど、どうやら車輪で動くということで汽車に愛着があるようだ。
「足の付いた汽車はないのか」
「うーん、今のところ」
線路は、途中で二手に分かれていた。列車は一編成しかないけど、ちゃんと駅ですれ違えるようになっているのだ。
「エチコちゃん、スイッチ係やってみないかい」
「なんだそれ」
「汽車は自分では曲がれないんだ。だから、係の人が線路を操作するんだよ」
「おー、やってみたいぞ!」
山川さんに促され、エチコは下車して、スイッチに向かった。
「列車が来る前に、スイッチを切り替えるんだ。レバーを手前に引くと、右に曲がるよ」
「おー、曲げてみるぞ!」
エチコがレバーを倒すと、線路が動く。汽車が曲がって、駅の二番ホームに入っていく。
「曲がった!」
「楽しいだろー」
「楽しいぞ! 汽車は運転手が曲げると思ってたぞ!」
エチコは本当に楽しそうだった。でも、山川さんが衝撃の一言を放つ。
「よし、じゃあ次はエチコちゃんに究極の選択をしてもらうぞ」
汽車は駅を離れ、新しい一周を走り始めている。
「なんだ、それは」
「今、たぬきの親子がやってきたとしよう」
「たぬき? 見たことがないぞ」
「ちっちゃな動物だよ。犬みたいな」
「犬なら見たことあるぞ」
「そのたぬきの親子が線路で昼寝を始めた」
「危ないぞ」
「そうだね。そして、汽車がやってくる。エチコちゃんどうする?」
エチコはレバーに手をかけた。
「レバーを下ろして列車を曲げるぞ! たぬきの親子を助けないと」
「当然そうするね。でも、曲がった先の線路にも、たぬきが一匹寝ているんだ」
「えー、たぬきは線路が好きなのか! 大変だぞ!」
エチコはくるくると回っている。慌てているのだ。
「まっすぐだと親子が死んでしまうぞ! 曲がっても一匹死んでしまうぞ! あー、エチコはどうすればいいのだ!」
ぐるっと回ってきた汽車が、エチコたちに近づいてきた。
「あー、止まるんだー、テツオ、汽車を止めろー」
エチコはすっかり、実際にたぬきがいるかのように思い込んでしまっている。もちろん僕には汽車を止めることはできない。
「こうなったらエチコが力づくで止めるぞ!」
ぶううん、と車輪が回転して、エチコの体が線路へと向かう。山川さんが、そんなエチコを抱きかかえて止めた。
「落ち着いて、そんなことをしたらエチコちゃんが死んでしまうよ」
「でも、死なないかもしれないぞ! 犬みたいなたぬきよりはエチコの方が強いぞ!」
汽車が、通り過ぎていく。
「あー……」
「ごめんね、エチコちゃん。そんなに真剣になるとは思わなかったんだ」
「エチコは常に真剣だぞ」
「うん、大事なことだね。そして汽車を運転してる人、スイッチを切り替える人も、真剣になって命を守ってるんだ」
「そうか、汽車は楽しいだけではないんだな」
「そうだよ」
エチコは、大きくうなずいていた。今までに見たことのない反応だった。
家に帰ってきても、エチコは考え込んでいた。
「どうしたんだい」
「エチコ、悩んだ時にどうすればいいのかわからないぞ」
「悩んだ時はうんと悩めばいいんだよ」
「でも、すぐに決めないと誰かを助けられないときはどうしたらいいんだ?」
「うーん、どうしたらいいんだろうね……」
「前、ルールを破ってでも人を助けるということがあったぞ。今日は、どちらかした助けられないからもっと難しかったぞ」
「うん、難しいことが多いよね」
「地球人はいつもそういうことを悩んでいるのか」
「悩んでいる人もいるし、悩まない人もいるかなあ」
「テツオはどっちだ」
「僕は……」
どっちなんだろう。ぢっちかわからずに、悩んでしまう。
「あ、悩む方だ」
「やっぱりそうか」
表情は変わらないけれど、エチコの顔が以前より大人びたように感じる。なんだか、うれしくなる。
「エチコはいっぱい悩むぞ。でも、ちゃんと決められるようになりたいぞ」
「そうだね、そうなるといいね」
僕も成長しなきゃ、と思った。
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