8 逃げてないぞ

 動物園にやってきた。

 今回は何も言われずに、エチコは子供料金で入場できた。まあ、見た目は確実に子供だしね。

「楽しみだなー」

 休日ということもあり、家族連れが多い。

「エチコ、はぐれないように手をつなごう」

「おお、なんか儀式っぽいぞ」

「そ、そう?」

 入ってすぐ正面には、猿山があった。黒くて細い猿が、歩き回ったり木の上で休んだりしている。

「おお、地球人に近いな」

「うん、人間は猿から進化したって言われてるんだよ」

「じゃあ、あれは人間の元の形なのか」

「うーん、それはどうだろう。元々は一緒で、別々に変化してきたんじゃないかな」

 ところでエチコはどうなんだろう、と思った。宇宙人も猿みたいなものから進化したのだろうか。

「あのさ、エチコの星では……」

「あっ、ちっちゃい猿もいるぞ」

 動物園の刺激は強い。エチコは、車輪をからんからん回しながら走っていく。

「それは猿じゃない、アライグマだよ」

「えっ、これがあの、人間を食べるという熊なのか」

「いや、アライグマは熊っていう名前がついてるけど熊じゃないんだ」

「なんだそのなぞなぞは!」

「うーん、なんなんだろうね」

 エチコは、また別の場所に走っていく。

「魚が泳いでるぞ! 見たことない形だ」

「あれは魚じゃなくて、ペンギンだよ」

「泳いでるのに魚じゃないのか」

「鳥なんだ」

「鳥が泳ぐのか!」

「ペンギンは飛べない代わりに、泳げるんだ。ここにはいないけど、イルカやクジラも魚じゃないけど泳げるよ。哺乳類って言って、人間の仲間なんだ」

「動物面白いな!」

 エチコにとっては、すべてが新鮮なのだ。僕も、いろいろ見てみたい動物がいる。

「うわー、首が長いのがいたぞ」

「あれはキリンだよ」

「柵があるな」

「危ないからね」

「危ないのか」

「大きいし、キック力が強いんだ」

「確かに足も長いな」

 エチコと一緒に、僕もワクワクしている。動物園を好きなように見て回れるのは楽しい。

「この建物は何だ」

「爬虫類館だね。暗いところとか、水のある所を好む動物たちだよ」

「おー、なるほど」

「あっちは大きな鳥たちがいるね」

「何か広がってるぞ! きれいだな」

「クジャクだね。アピールしてる」

 いろいろ見て、そしていよいよ、僕たちは一番の目的地に来た。エチコも空気の違いを察してか、静かに近寄っていく。

「なんか、檻が太いぞ」

「逃げ出したら大変だからね」

「逃げることがあるのか」

「動物たちは自由だからね。ごくたまに、逃げ出したのがニュースになってるよ」

 まずは大人気、ライオンの檻に近づく。百獣の王、と言っても今はぐっすりと眠っているようだった。

「大きいな!」

「そうだね」

「あれが襲ってきたら、確かにとても怖いぞ」

「よねえ。あ、あっちは動いてるよ」

 隣の檻にいるのはヒグマだ。のそのそと歩いている。

「力ありそうだな!」

「ねえ。これは日本にもいるんだよ」

「うわー、会ったら大変だな」

 エチコはヒョウの檻の前で足を止めた。

「どうしたんだ」

「床、固そうだな」

「まあ、コンクリートだからね」

「もともとそういうところに住んでいるのか」

「もともとは草原とか森とかに住んでるんじゃないかなあ」

「檻もないよな」

「当然ね」

「みんな、ここにいて楽しいかな」

「うーん、どうなのかな」

 動物の気持ちは考えことがなかった。話すことができないから、聞くことができない。

「エチコはもっと広いところがいいぞ」

「そうだね」

「何とかしてやれないのか」

「どうだろうね。自然に近づける改装してるところもあるって聞くよ」

「それがいいと思うぞ!」

 その時だった。突然、駆け出す人の音が聞こえた。

「キャー! 変な動物が逃げ出してる!」

「えっ」

「それは大変だぞ」

 あたりを見回してみたけれど、どこにも変な動物、というか逃げ出したっぽい動物は見当たらなかった。それでもみんな慌てて、ちょっとしたパニック状態になっている。

「地球人を食べる動物は全部檻の中だな」

「うん。でも、食べない動物も傷つけることはあるから危険だよ」

 エチコを抱えるようにして、周囲を警戒する。けれども、気づいた。みんな、こっちを見てる。

「あ」

「どうしたテツオ」

 エチコのことをまじまじと見る。足の代わりに車輪。変わらない表情。

「すみませーん、この子は変な動物ではありませーん!」

「何を言ってるんだ?」

「どうやら……エチコのことを逃げ出した動物だと思ってるみたいだ」

「エチコは逃げてないぞ」

「うん。だからそれを伝えなきゃ」

「むー」

「この子はエチコと言って、地球に勉強しに来ている宇宙人の子供なんでーす!」

 さっきまでエチコを見ても誰も騒いでいなかったのに、一人騒ぎ始めた途端みんな大慌てしだした。やっぱり、一番不思議なのは人間、地球人の生態じゃないだろうか。

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