19 幽霊になっちゃうぞ

 夜、家に母さんがいない。若い男たちのライブを見に、シンガポールに行ったのである。

 北海道の時もそうだったので、初めてではない。ただ、今日は前回とはちょっと事情が違う。外が暴風雨なのである。

「すごい音がするな」

「一晩中雨が降るみたいだよ」

「天気がわかるの、すごいな」

「いろいろなデータが使われているんだよ。でも、このあとこの家がどうなるのかは全く予想できないよ」

「困ったな」

 外に置いてあるものをできるだけ家に入れて、戸締りもしっかりする。

「あとは、嵐が過ぎ去るのを待つばかり」

 と思っていた。

「あれ、なんかおかしいぞ」

 電気が消えた。これは……

「停電だ!」

「ていでんってなんだ」

「電気が来なくなっちゃったんだよ。部屋が真っ暗だろ。あっ、冷蔵庫も止まっちゃう」

「電気は大事なんだな」

「大事なんだよ。まいったな、懐中電灯探さないと」

 暗いままではどうしようもない。手探りで動くけど、なかなか大変だ。

「どうしたんだテツオ、動きがおかしいぞ」

「え、だって暗いし……ん、エチコ、見えてるの?」

「見えてるって、テツオがか? もちろんだぞ」

「えーっ」

 どうやら、エチコは暗闇でも見えるタイプの目を持っているらしい。まあ、そういう動物もいるから、宇宙人的には普通のことかもしれないけど。

「じゃあさ、台所にある懐中電灯取ってきてよ」

「わかったぞ。待ってろ」

 エチコの車輪の音が聞こえる。多分、台所に向かった。

「どこかわからないぞー」

「棚の下の方にあったはずだけど」

「ここかな、おおあったぞ」

 車輪の音が近づいてくる。

「ありがとうエチクォッ!」

 突然光る二つの目が見えて、びっくりして腰を抜かしてしまった。

「どうしたんだテツオ!」

「いたたた……いや、お化けかと思ってびっくりしたよ」

「お化け? なんだそれは」

 またまた、エチコにとって難しい疑問が生まれてしまったようだ。



「うーらーめーしーやー」

 シーツをかぶって表れた僕に対して、エチコの反応はない。まあ、そりゃそうか。

「……それはなんだ?」

「幽霊だよ」

「ゆうれい?」

「そう。人が死んで、この世に未練があるとなるんだって」

「死体なのか?」

「いやー、そうじゃないかな。死体は焼いちゃうから」

「焼くのか! じゃあ、幽霊は何でできてるんだ」

「えっ……魂……かな」

「魂ってなんだ」

 エチコがわからないのは当然だ。僕もさっぱりわからない。

「なんなんだろう」

「よくわからないもので幽霊はできてるのか」

「うーん、そうなんだよねえ」

 電気がついた。停電が収まったようだ。

「テツオ……全然焼かれてないぞ」

「いやまあ、これはその、ねえ」



 外では相変わらず、雨も風も大きな音を立てている。

 テーブルの上には、ノートとペン。

「いいかい、絵を描くよ」

「絵っていうのはあれだな、立体を平面にするやつだな」

「う、うん。まあそういう感じ」

「やってみるぞ」

「よし、じゃあ、あの時計を描いてみよう」

「わかったぞ」

 エチコは、すらすらと時計の絵を描いていく。立体的な認識さえできれば、平面にすることは簡単みたいだ。

「できたぞ」

「うまいね」

「見ながら描いたから当然だぞ」

「じゃあ今度は、この前動物園で観たキリンを描いてみようか」

「突然難しくなったぞ。でも、思い出しながら描いてみるぞ」

 エチコは悩みながら、時折回転しながら、少しずつキリンを描いていった。

「できたぞ」

「おー、いいじゃない」

 ところどころ変だったけれど、どこからどう見てもキリンだった。

「よかったぞ」

「で、このキリンは何を見ながら描いたのかな?」

「なにも見てないぞ。このキリンは、動物園に行ったときのだからな」

「でも、何も見てないのに描ける?」

「うーん、そう言われると、キリンの記憶を見ながら描いたぞ」

「その記憶は、どこにあるの?」

「難しいな、全く分からないぞ」

「今エチコの頭の中に、キリンの姿が思い浮かんだよね」

「そうだぞ」

「でも、ここにはキリンがいない」

「そうだな」

 僕は、絵のキリンを指さす。

「エチコはキリンのイメージを呼び出すことができるし、それを見ることはができる。でもキリンはここにいないし、僕にはエチコのイメージは見えない。それが、エチコの心なんだよ」

「心」

「そう。体とは別に、エチコには心がある。いろいろ考えたり、イメージしたり。そしてその心が体を動かしたりする」

「なんか、エチコが二人いるみたいだ」

「そう。だから、体がなくなっても、心だけ生き残るんじゃないか、そう考えることができるんだよ」

「それが幽霊か!」

「そう! 実際には体と心はすごい関係が深いから、体がなくなると心も残れないと思うよ。でも強い思いがあると、心だけで生き残れるかも、そう考えることもできるよ」

「そうか。じゃあエチコも幽霊になるかもしれないな」

「そうだね」

 宇宙人の幽霊というのはとても珍しいけど、ひょっとしたら妖精とか妖怪はもともと宇宙人かもしれない、そんなことも考えててみたりした。 

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