23 猿を守るぞ

「おお、すごい綺麗だぞ」

「うん、そうだね」

 僕たちは、家族旅行に来ていた。目の前には一面の花畑。

「なんでここだけ、花だらけなんだ。そういう土地なのか」

「これは、人の手で植えて手入れしているからだよ。自然にはそうはならないよ」

「そうなのか。わざわざきれいになるようにしてあるんだな」

 いろんな花が植えられているし、あたりには高い木が生えていない。ここら一帯は、誰かが切り開いたのである。

「あっちを見てごらんよ。緑が濃いだろ」

「そうだな」

「あそこらへんも実は、人間の手が入ってるんだ。杉を植えてあるんだよ」

「そういうところもあるのか」

「向こうの山はそのままっぽいね。広葉樹も多い」

「いろいろだなー」

 確かに、同じ地域の山なのに、いろんな場所がある。

「エチコちゃんが気になるから、あっちの方も見て回りましょうか」

「おお、エチコ見てみたいぞ」

 母さんは、久々の運転で気分がよくなっているようだ。


 そして、母さんは運転がうまいわけではない。途中道に迷ったうえに、溝にはまって車が動けなくなってしまった。

「あらー、困ったわね」

「どうしようもないね」

 助けが来るまで待つしかないけれど、山の中なので時間がかかりそうだ。

「あれ、エチコちゃんは?」

「あ、どこ行ったんだろう」

 エチコの足は車輪だけど、地球人よりも動き回ることができる。急斜面も難なく上り下りできたりする。

「エーチーコー!」

 大きな声で呼んでみる。

「なんだー」

 小さな声が返ってきた。よかった、一応声の届く範囲にはいた。

「何してるのー!」

「話してたぞー」

 声のする方に行ってみる。

「誰と話してた……えー」

 エチコは、檻の前にいた。中には、一匹の猿。

「おお、テツオ」

「エチコ、この猿と話してたの?」

「話してたぞ。何か変か?」

「いや、変というか、猿の言葉わかるの?」

「地球人とはちょっと違うけど、わかるぞ。ただ、地球人ほど意味を明確には話せないぞ。とりあえず今は悲しいらしいぞ」

「そ、そう」

 まあ、悲しいであろうことは状況からもわかる。

「檻に入っているけど、ここも動物園なのか」

「いやいや、違うよ。これは罠だよ」

「罠?」

「捕まえるために設置してあるんだ」

「何で捕まえるんだ」

「うーん、わからないけど、畑を荒らすとかそういう話はよく聞くよ」

「猿は畑を荒らすのか」

「まあ、山に食べるものがなくなったりして、里に下りてくるんだ」

「何で山に食べるものがないんだ」

「それは……人間が木を切ったり植林したりするから……かな……」

「じゃあ、地球人の自業自得じゃないのか?」

「いやまあ、それはそうなんだけど。畑を荒らされるままにもしておけないんだよ」

「そうなのかなあ」

 エチコが珍しく納得してくれない。それはそうだ、言っている僕ももやもやしながらなんだから。

「うーん、いろいろとややこしい話なんだよ」

「そうなのか。それで、この猿はどうなるんだ」

「どうなるのかなあ。別のところに帰されるか……殺されちゃうかも」

「そうなのか! 困っているのにつかまって殺されるのか! 人間のルールとはずいぶん違うな」

「うーん」

 僕はその後、言葉を失った。



 宿にやってきた。地元の人たちがお風呂に入りにきたり、夕ご飯を食べにも来ているようだった。僕らはロードサービスの人に助けられた後、へとへとになりながらここにたどり着いたので、とにかくまずはご飯を食べようということになった。

「そういえば、また一匹捕まったらしいぞ」

「おお、あの混血猿か」

 近くの席から、おじさん二人の声が聞こえてくる。

「なかなか賢いからな。今回の罠はうまくいくな」

「改良を重ねたらしいからな。まあ、何よりだ」

「まあ、ずいぶんと増えたからなあ。生態系の維持? だっけ。理由は何でもいいけど、こっちは猿が減ってくれればいいからなあ」

「混血かどうか、畑には関係ないし、そこが問題よなあ」

 ご飯の味が、少し薄くなった気がした。エチコの車輪が、逆向きに回転していた。



 夜中、ぐっすりと眠っていたはずが目が覚めた。ごそごそと物音がする。これは車輪の音だ。

「エチコ?」

 暗闇でよく見えない。手探りでカーテンを開けると、月明かりで少し部屋の中が照らされた。

「テツオ、起きたのか」

「どうしたの、エチコ」

「今から出かけるぞ」

「えっ、こんな夜中に」

「エチコは夜中でもはっきり見えるから大丈夫だぞ」

「そういう問題じゃなくて」

「やっぱりエチコは納得できないぞ。だから、猿を助けに行くぞ」

「あんなところまで行けないよ。それに、どうやって檻から出すのさ」

「わからない。わからないけど、そうしなきゃいけないと思ったんだぞ。でも、テツオや母さんはルールを守ろうとしてるぞ。それも大事だと思うぞ。だから……だから地球人じゃないエチコが、助けに行くぞ」

「だめだよ。そんなことしたら、エチコが遠い存在になっちゃうよ」

「テツオ」

 僕は、エチコの手を握った。

「もし、エチコがルールを破ろうとするなら、みんなはエチコを仲間外れだと思うよ。地球人には、そういう癖がある」

「テツオ、わかるようでわからないぞ」

「とにかく、僕だって猿はかわいそうだけど、でも、エチコの方が大事なんだ」

「テツオ、喜んでいいのかどうかわからなくて心と思われるものがぐるんぐるんしてるぞ」

「僕も、頭の中がぐるングルンしてるよ。でも、とりあえず今日は寝よう、エチコ」

「わかったぞ」

 そうはいっても、今度はなかなか、寝れなかった。

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