24 父さんを作るぞ

「はあ」

 ため息しか出てこない。

「どうしたんだテツオ」

「学校の宿題をしているんだよ」

「量が多いのか」

「課題が憂鬱なんだよ」

 さっきからずっと原稿用紙に向かっているけれども、ちっとも筆が進まない。

「どんな課題なんだ」

「『両親への感謝』だよ」

「両親っていうのは母さんと父さんだな。テツオは感謝してないのか?」

「してるけど、学校ではうちのこととか言ってないんだよ。色々聞かれたくないし、なんていうかな、できれば避けたい話題なんだ」

 後ろめたいとかではないけれど、いろいろと説明しなきゃいけないのがとても嫌だ。変に同情されたりもしたくない。昔知っている人から、「それならなんでそんなに裕福そうなの」と言われたのもとてもショックだった。

「つまりテツオは、知られたくないんだな」

「そう、知られない権利っていうのもあるんだよ」

「権利か。なんか難しいやつだな。ちょっとずつわかっていきたいぞ」

「うん」

「じゃあ、課題をやらない権利もあるのか」

「それはないのかなあ」

「わかった! 方便だぞ」

「えっ」

「本当のことを隠すために、嘘のお父さんを作ればいいぞ」

 なんか最近、エチコが過激になってきた気がする。



 エチコは、粘土を持ってきた。

「え、どうするのそれ」

「エチコには父さんがいないぞ。だからエチコも嘘の父さんを作るぞ」

「作るって、立体で?」

「エチコはそっちの方が考えやすいからな。テツオは平面の方が得意だろ。平面で嘘の父さんを考えるんだぞ」

「う、うん」

まさか、ビジュアルから創り出すとは思わなかった。

「……でもエチコ、テツオの父さん見たことないし、父さんというものを全く知らないぞ」

「うーん、どう説明したらいいかな。基本的にはおじさんだよ」

「おじさんというと、歳をとったタイプのオスだな」

「そうだね。あと、親子は似ていることが多いんだ。まあまず、僕の場合地球人同士だから形はほぼ一緒。だからエチコの父さんも、エチコに形が似てるんじゃないかなあ」

「そうか。というか、エチコたちはみんな似ているぞ」

「まあ、同じ種はだいたいそうだね」

「あとはなんだ」

「親子は特に似ているかもね。僕と母さん、顔の感じが似てるってよく言われる」

「そうかもしれないな」

「でも、父さんとは似てないんだよなあ」

「父さんとは似ないものなのか」

「父さんと似ているパターンもあるよ。どちらに似るかは人それぞれというか」

「そういうものか」

 エチコが苦戦するのはともかく、僕の方もなかなか大変だ。なにせ、本物がいるうえで偽物を作らなきゃいけないんだから。

 とりあえず、理想の父さんを書いてみる。

「なんだその、鼻の下から出てるのは」

「ひげだよ。男性は、歳をとるとひげが濃くなるんだ。多くの人は剃ってるけど、形を整えている人もいるよ」

「見たことある気もするぞ」

「小さなちょび髭の人とか、あごの下も伸ばしてる人とか、いろいろだよ」

「組み合わせが多いと考えがいがあるな。うーん、でもエチコの星には髭はいないと思うな」

「そんな気がする」

 本物の父さんは、貫禄がない。友達の父さんにすごく堂々としていて、髭の立派な人がいる。ちょっと憧れる。

「大人は大きいんだったよな」

「まあ、そういうことが多いね」

「とりあえず縦に伸ばしてみるぞ」

 エチコが粘土で「仮想父さん」を練り上げていく。セグウェイに乗ったダックスフンドみたいになった。

「うまいね」

「粘土は大好きだぞ。地球人の偉大な発明の一つだと思うぞ」

 僕も何とか、理想の父さんを描き上げた。なんとなくだけど、母さんが好きそうな顔になった。

「次はどうするんだ」

「仕事とか性格とかかなあ」

「仕事か。地球にはいろいろな仕事があるからな。エチコの星にはあんまりないぞ」

「そっか。うーん、僕はどうしようかな……」

 考えているうちに、むなしさを感じ始めた。どこまで考えても、現実の父さんほど豊かにはならない。それに、思い出まで作り出すのは、なんというか、寂しい。

「エチコ、僕はここまでにするよ」

「どうしたんだテツオ」

「現実の父さんがいるから、偽物を考えるのは大変だよ。今、偽物の僕を考えろって言われると大変だろ?」

「確かにそうだな」

「それに、僕は父さんが嫌いなわけじゃないんだ」

「そうか。それなら、そうなんだろうな」

「課題は、何とかやってみるよ。本物をベースにちょっとだけ嘘をつくならいいんじゃないかな」

「なるほど。それも方便だな」

「うん。エチコは、続けなよ」

「わかった。楽しいから続けるぞ」



 何とか、課題を書き上げることができた。一応、母さんとエチコに聞いてもらうことにした。

「おお、なかなかいいぞ」

 エチコには褒められた。

「テツオ」

 だけど、母さんの顔は厳しくなった。やはり父さんのことで何か言われるだろうか。

「何で母さんのことは本当のことばかり書くの」

「ごめんなさ……えっ」

「父さんのことはいい具合にごまかしてるのに。母さんのこともいい具合にごまかしてよ」

「えー、そうするとなんか嘘だらけに」

「テツオ、人生は嘘だらけなのよ」

「そうなのか! 人生っていろいろなんだな」

 なんか、悩んでいたのがばかばかしくなってきた。むしろ、母さんについてはもっと本当のことを書こうかな、と思っている。そうだ、嘘をつかなくても母さんに対して書く割合を増やせばいいんじゃないか。

「なんか、いいものにできそうな気がしてきたよ」

「よかったな、テツオ」

 とりあえず、こういう課題はできるだけ少なくなればいいのに、とは思う。

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