25 例外になるぞ

 ついにこの日がやってきた。エチコの入試結果が出る日だ。

 考えてみると、僕は入学試験を受けたことがないので、エチコに先を越された、とも言える。

 合格発表と言えば番号を貼り出すようなのを思い浮かべていたけれど、今はインターネットで発表らしい。

「時間になったね」

「おお、時間、もうわかるぞ。十時だな」

「そう。見てみるよ」

 ページを開き、番号を探す。

「おお……あった!」

「合格か?」

「合格だよ、エチコ。おめでとう」

「ありがとうだぞ。テツオや母さんが義務を果たしてくれておかげだぞ」

「エチコも頑張ったよ」

「エチコは勉強したかったぞ。だから頑張ったぞ」

 何はともあれ、今日はお祝いだ。



 そんなわけでめでたくエチコの入学が決まったのだけれど、それで万事うまくいくという風にはならなかった。何せ、宇宙人が学校に行くのは前例のないことなのである。

 まず、制服が問題になった。エチコに合う形の制服は、作られていない。

「制服って何のためにあるんだ」

「うーん、なんだろう。どこに所属しているかわかりやすくするためかな」

「じゃあ、上だけでもわかればいいんじゃないか」

「そうもいかないんだよ。きっちりサイズとか着方とかまでルールになってるんだ」

「何のためにだ」

「なんでだろう。僕の予想だと、そうすると先生が叱れる材料が増えて、威厳が保たれるんじゃないかな」

「なんか寂しいルールだな」

 ルールの理由はともあれ、制服をどうにかしないといけない。あと、体操着とかもいるようだ。

「仕立ててもらうしかないのかなあ」

 母さんも悩んでいる。制服はただでさえ高く、オーダーメイドとなるととんでもないことになりそうだった。

「エチコが宇宙人だから大変なんだな。申し訳ないぞ」

「いやいや、エチコは今後起こるかもしれない問題を考えるきっかけを作ってるんだよ。宇宙人との大交流時代が来るかもしれないからね」

「なんか、よくわからないけど頑張るぞ」



 とりあえず制服や体操服は、男子用のものを少し切ることで何とか対応できた。エチコは女の子に見えるけれど、性別はないので許可してもらえることになった。

「これはこれでいいと思うぞ」

 鏡を見ながら、エチコはくるくる回っている。気に入ったようだ。

「でも、たまには違うのを着たいぞ」

「そういうわけにはいかないんだよねえ」

 用意しなければならないものはまだまだある。そんな中で、エチコが戸惑っていたのが、リコーダーだ。

「何をするためのものだ」

「吹いて音を出すんだよ」

 僕は自分のものを持ってきて、エチコに見せてあげる。

「いいかい、穴をふさいで、息を吹くこむんだ」

 ドの音が鳴る。エチコの車輪が一回転した。ㇾとミの音を出す。車輪が二回転した。

「とても不思議だぞ!」

「ふさぐ穴によって出る音が決まってるんだ。続けて出すと曲になるよ」

 最近習った動揺を吹く。エチコの車輪は止まらなくなった。

「すごいな! エチコにもできるようになるのか?」

「練習すればなれるよ。やってみようか」

 エチコはリコーダーを構え、息を吹き込もうとした。けれども、想定外のことが起こった。

「ちょっと無理だぞ」

「あれ……」

 エチコの口が小さくて、リコーダーをくわえられないのである。今まで気にしたことがなかったけれど、エチコの口は地球人に比べるとかなり小さい。

「どうしよう。困ったね」

「エチコもリコーダーしてみたいぞ……」

「よし、探しに行こう」



 僕たちは、楽器店にやってきた。

「すみません」

「はいっ、何かな!」

 楽器屋のお兄さんは元気がいい。

「エチコにも吹けるリコーダー、ありますか」

 お兄さんがエチコの顔をまじまじと見る。

「エチコちゃんっていうんだな」

「そうだぞ。エチコだぞ」

「ほー。これは初めてのパターンだな。でも、見たところ肺活量はありそうだ」

「はいかつりょう、ってなんだ」

「息をばーっ、と吐く量だよ。うん、大きささえ合えばよさそうだな」

 お兄さんは一度店の奥に行って、何本かの笛を手にして戻ってきた。

「よし、吹いてみな!」

「おお、やってみるぞ!」

 エチコは、いろんな笛にチャレンジしてみた。そして、クライネソプラニーノという小さいリコーダーは普通に音が出せることが分かった。

「できたぞ!」

「良かったな、エチコ」

「うーん、こんな音は初めてだ。やっぱり、エチコちゃんがオリジナルだから、音もオリジナルになるね」

「それはいいことなのか」

「もちろん! 個性的なのはそれだけでいかしてるよ。ミュージシャンになれるかもよ」

「おお、褒められているんだな」

 エチコは嬉しそうに前後に動いた後、もう一度リコーダーを吹いた。



 種類が違えば、指使いも違う。エチコのためだけに時間を割いてはもらえないだろうから、事前にリコーダーの練習をしておくことになった。

「何から何まで申し訳ないぞ」

「いいんだよ。僕は、例外の最初に出会えて、いつも楽しいんだよ」

「そうなのか。エチコはテツオを楽しませているのか」

「世界で僕だけが経験できることだからね」

「特別なんだな」

「そう、特別なんだ」

「いい気分になってきたぞ」

 苦労は大きいだろうけど、それを乗り越えていくのはきっと楽しい。エチコが早く学校でいろいろ学べたらいいな、と思う。

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