26 祈るぞ

 学校から帰ってきてのんびりしていると、突然、電話がかかってきた。まあ、電話はだいたい突然かかってくるのだけれど、相手が予想外の人だった。

「リンです」

「え、あっ、はい」

 女の子から電話が来るなんて、初めてだ。

「エチコちゃんいる?」

「エチコ? いるよ」

 残念というかなんというか、僕に、ではなかったらしい。

「ちょっと、話したいことがあるの」

「わかった。エチコー!」



 いつにない緊張感が、我が家を襲う。

「どうしたテツオ、動きが少ないぞ」

「いいかい、来客時はそうやって待つものなんだ。緊張したほうがいいんだよ」

「そうなのか」

 また嘘をついてしまった。本当は違う。我が家に女の子が来るからである。

 チャイムが鳴った。

「テツオ、どうした。呼んでるぞ」

「エチコ、出てきてよ」

「テツオがそう言うなら、エチコが行くぞ」

 玄関に、エチコが向かう。そして、アイニャンを抱えたリンちゃんと共に戻ってきた。

「お邪魔します」

「あ、いらっしゃい。まあまあ座って」

 いつもは母さんが座っている席に、リンちゃんを案内する。

「とてもいいおうちね」

「そうかな」

「エチコちゃんはどう思う?」

「いいと思うけど、エチコは他の家に行ったことないから比べられないぞ」

「あら」

 台所から、麦茶の入ったコップを三つ運んでくる。

「テツオ君、しっかりしてる」

「え、そうかな」

「そうよ。お兄さんみたい」

 耳の後ろあたりがくすぐったい感じがする。とりあえず、本題に入らなければ。

「で、話があるっていうのは」

「この子のことなの」

 リンちゃんが、アイニャンの頭をなでる。

「アイニャンがどうかしたのか」

「最近元気がなくて」

「確かにあまり動かないな」

「そう。修理に出すことにしたの」

 あまりにも猫っぽいので忘れていたけれど、アイニャンはロボットなのだ。だから、調子が悪ければメーカーに修理に出すことになる。

「そうなんだな。そうすればよくなるのか」

「たぶん。でもその前に、エチコちゃんに会わせたかったの」

 リンちゃんが、アイニャンをエチコの腕の中に渡す。アイニャンはエチコに恋をしている、というのがリンちゃんの見解だった。

「おお、こんな感じなんだな」

「そういえばエチコ、猫を抱くの初めてじゃないか」

「だく、というんだな。それ自体が初めてだぞ」

「本当だったらね、もっと喜ぶの。アイニャン、エチコちゃんのこと好きだし」

「それは見てみたいぞ。ちゃんと修理してもらえるといいな」

「うん。でも、いつかは覚悟しないと。別れは来るから」

「どういうことだ」

「修理ができない時が来るのよ」

 リンちゃんは、寂しそうな眼をしている。

「え、でもさ。ロボットだからずっと修理すればいいじゃない」

「テツオ君、勉強不足。前発売されたロボット猫は、もう、そうなってる」

「何で?」

「修理用の部品が生産中止になったの。あくまで、商品だから。型が古くなったら、修理もできなくなる」

「そうなんだ……」

「ロボットのお葬式をしたり、ドナーになったり。いろいろと、あるよ」

「エチコも勉強になったぞ。でも、アイニャン、今のところ修理できるんだな」

「そうよ。だから、祈っておいて」

「祈るってなんだ」

「神様にお願いするの。澄んだ気持ち」

「気持ちは、心の中にあるやつか」

「そう」

 リンちゃんの説明は、エチコの中にすっと入っていきやすいように見える。僕も伝え方を勉強しなくちゃ。

「早く元通りになるといいな、アイニャン」

 エチコの声にこたえるように、アイニャンはゆっくりと顔をあげた。



「テツオ」

「なんだいエチコ」

「さっきは聞けなかったんだが、ドナーってなんだ」

「ドナーか。提供者っていう意味かな」

「提供者? あげるってことか」

「そう。地球人は、困った人のためにいろいろと提供することあるんだよ。血とか、骨髄とか。体の中のものは、作り出すのは難しいからね」

「あげた方の人からはなくならないか」

「そうだね。血とかはまた作り出せるけど、臓器とかはあげるだけだね。それでも、救いたいんだよ」

「そうか」

「あと、心臓は、死んだ後の提供だったりするよ。生きてる間は絶対必要だからね」

「だから、アイニャンは部品を提供するのか」

「そうなるね。ロボットも、時には人間と同じになるんだね」

 エチコは、少しうつむいている。

「どうしたの、エチコ」

「でも、エチコの体はみんなと違うから提供できないし、エチコが何かあっても提供してもらうことができないぞ」

 言われてみればそうだ。

「エチコの星ではそういうことはしないの?」

「しないぞ。誰かがいなくなったら、誰かがやってくるぞ」

「そっか。じゃあ、エチコはやっぱり祈る係だ。みんなの健康を祈っていてよ。僕もエチコの健康を祈るから」

「わかったぞ。その係で頑張るぞ」

 アイニャンも僕もリンちゃんも、そしてエチコも、いつかは死んでしまう。そのことが、とても寂しく思えてきた。だから、少しでもそれを先延ばしにするために祈っていうのは、大事なことだと思う。

「みんな……ずっと幸せだといいね」

「そうだな」 

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