27 競争するぞ

 運動会が終わった。

 正直、苦手だ。運動するのもそうだし、みんなで競うというのもちょっと気後れする。それでも何とか、無事終えることができた。

「テツオ、すごい楽しかったぞ」

 観客席で観ていたエチコは、車輪をぐるぐる回している。

「それはよかった。僕は大変だったよ」

「そうなのか。エチコも早くやってみたいぞ」

「エチコの学校でもあるよ」

「楽しみだぞ!」

 確かに、エチコは運動が好きだし、楽しいかもしれない。



「エチコ、困ったぞ……」

 学校から帰ってきたエチコは、車輪を逆向きに回していた。

「どうしたの?」

「エチコ、出られる競技がないぞ」

「えっ」

「エチコはみんなと違うから、何をしても一位になって、不公平だって言われたぞ……」

「そんな! エチコ、楽しみにしてたのに!」

「テツオ、エチコのことで怒ってるのか?」

「怒ってるよ!」

 エチコは、確かにみんなと違う。けれども、だからってみんなと楽しめないのはやっぱりおかしい。

「エチコ、みんな、一緒に参加できる権利があるはずだよ。それに、地球人だって生まれつき能力が違うし、環境が違う。そんな中で競争するんだから、そもそも不公平なんだ」

「テツオ、よくわかんないけど、テツオが怒ってくれてエチコはうれしいぞ。けど、多分怒っても問題は解決しないと思うぞ」

「……うん。そうかも」

 エチコの方は冷静だった。そういう点は、見習わないといけない。



 英語教室で、僕らは円になって座っていた。ソフィア先生に相談したら、「みんなの話を聞いてみよう」ということになったのだ。

「僕の学校では、事前に予選をするよ」

 教室には、いくつかの学校に通っている生徒がいる。順番に、運動会でと競争をどのようにしているか、発表していく。

「それは、なんでかしら」

「そうしないと、最初から勝てないとわかる人とか出ちゃうから。できるだけみんな勝てるチャンスがあるように組み分けするんだ」

「そういうことね。他の学校はどうかしら」

「私の学校では、順位をつけないよ」

「あら、なんで」

「順位を付けたら不公平だからって」

「そういう考え方もあるのね」

「俺の学校では、手をつないで横一列になって走るよ」

「まあ。そういうところもあるのね」

 想像以上にいろいろだった。

「テツオ君は、今の話を聞いてどう思った?」

「うーん、どれもそれなりに理由はあるだろうし、エチコは全部出れそうな気がする」

「そうね。でも、エチコちゃんと走ると絶対一位になれない、と考える人もいるかもね」

「それは仕方ないんじゃないかなあ」

「テツオ君はそう考えるのね。みんなの中に、意見のある人はいる?」

 みんなしばらく考えていたけれど、一人が手を挙げた。

「ハンデを付けてもらえば、いいんじゃないでしょうか」

「どんなふうに?」

「距離を長くするとか。あと、競馬だと重しを付けるって聞きました」

「エチコにはさせたくないなあ。それに、エチコにハンデをつけるなら、他の人も能力に応じてハンデをつけるべきじゃないかなあ」

 なかなかはっきりとした解決策までは出なかったけれど、いろいろな可能性を考えることができた。ちょっと、前向きな気持ちになれた。



「エチコ、出られることになったぞ」

「本当? よかった」

「でも、リレーだけだぞ。来年は徒競走も出たいぞ」

「うーん……」

 入学を認めてもらっただけでもありがたいから、強く言えないという事情もある。ただ、入学させた以上平等に扱ってほしい、という気持ちもある。初めてのことだから、学校側もまだ対応を模索中なのだろう。来年までには、解決してるといいな。

「それでテツオ、エチコ色々学んだぞ」

「どんなこと?」

「エチコ、スポーツ好きだぞ。学校でも、体育の時間はみんなと一緒にいろいろとスポーツできて楽しいぞ」

「うん。それはよかった」

「でもエチコ、スポーツ選手にはなれないぞ。部活に入っても試合に出られないし、プロの選手にもなれないぞ。スポーツは楽しいのに、みんなで競争するときはいろいろと別のルールがあって難しいぞ」

「そうだね……」

 確かにエチコは、地球人とはもともとの能力が違う。イルカが水泳選手権に出ることはないし、チーターが陸上大会に出ることはない。それと同じように、宇宙人も正式な競技には出られないのだろう。でも、本当にそれでいいんだろうか。

「次のニュースです。ドーピングにより王座をはく奪された……」

 居間のテレビは、スポーツニュースを流していた。

「テツオ、ドーピングってなんだ」

「ルールに違反して薬を使うことだよ」

「薬を使っちゃいけないのか」

「薬の中には、筋肉を大きくしたり、集中力をとても強めたりするものがあるんだ。それは本人の努力じゃないし、不平等ってことで禁止されてるんじゃないかな」

「じゃあ、みんな食べるものとかも一緒にしてるのか? 食べるものによっても筋肉の付き方が変わるって習ったぞ」

「それは個人の自由だし、なにも禁止されてないと思うよ」

「違いが分かりにくいぞ。あ、じゃあ、学校のテストでもドーピングしたら駄目なのか」

「どうなんだろうなあ。今は聞かないけど、そのうちそうなるかもね」

「競争って難しいぞ。条件が一緒じゃないといけないのに、もともとの条件は違うんだもんな」

 僕もその点はとても不思議だし、考えたことがある。苦手なことはどれだけ努力してもトップにはなれない。なんで苦手かというと、親に似たからだったりする。どんな親から生まれるかは運で、結局運によって競争の結果は決まってるんじゃないかと思うこともある。

「エチコは、もしできるならしてみたい競技とかあるのかな」

「エチコ、通訳になれるかもって言われたぞ。通訳は競技か?」

「うーん、多分違うんじゃないかな。でも、確かにいいかもね。エチコは英語得意だし、いつかは地球人とエチコの星との通訳も求められるかもよ」

「そうか。エチコ、いろいろとしてみたいことはあるけれど、できないことはあきらめるのも必要だと思うぞ。できることには挑戦していくぞ」

「そうだね。エチコなら、いろいろできると思うよ」

 エチコは、最初の一人だからいろいろと苦労している。けれども、できるだけ壁が少ないように、何とかしてあげたい。もしエチコが地球人と同じ競技をしたいと思いだしたら……その時も、協力できるといいなあ、と思っている。

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