今日もエチコは合法的
清水らくは
1 ルールは守るぞ
釣りをしていたらUFOが落ちてきた。
いや、最初は凧か何かだと思ったのだけれど。よく見るとパラシュートのようなものの下に、ピカピカ光る円盤がぶら下がっていたのである。
おもちゃか何かかも、と思いもしたのだけれど、円盤が開いて中から妙な生き物が出てくるに至っては、もうUFOだと確信するしかなかった。
その生き物は足に車輪が付いたというか、戦車に胴が生えたというか、まあ、そんな奴だった。円盤から身をのり足した状態のまま、川の中に落ちていった。
浮かんでこない。
死んだのかも、いやいや、泳げるのかも。
浮きが、ぴくぴくと動いた。
大物っぽい。……あれ、まさか。
思いっきり竿を引っ張り上げる。
「ングググッ」
糸の先には、先ほどの宇宙人が。地球で初めて宇宙人を釣った人間になれたかもしれない。
何とか針をとって、宇宙か人をバケツに……入れない方がいいのかな。その場に置いてみた。
「エチコだぞ!」
「えっ」
宇宙人は大きな目で僕を見上げながら、声を発した。
「名乗ったぞ。名乗るんだぞ」
「えっ、ぼ、僕が? えーと、哲雄です」
「テツオか。こういう時はどのような礼をするのがルールか教えてくれるとありがたいぞ」
「ルール? お礼のルールはわからないなあ」
「どこで調べればいいのだ」
「え? そうだなあ。母さんに聞いてみようかなあ」
「お母さん……それは元のことか」
「え、あ、うん」
「すまない。この星の言葉はまだ完ぺきではないのだ」
「いや、気にしないで」
エチコは車輪を使ってびょんぴょんと飛び跳ねた。
「何をしている。テツオの元に会いに行かなければ」
「え、あ、そうだね」
なぜか僕は宇宙人をひきつれて、魚は一匹も釣れないうちに家に帰ることになってしまった。
「お礼のルールねえ」
エチコはテーブルの上に乗せられている。これで、皆の視線が同じ高さだ。
「申し訳ないぞ。まだこの星のことは勉強不足なので」
「やっぱり、本人の気持ち次第じゃないかしら」
「気持ち、とはなんだ」
「ありがとう、と思った?」
「確かにありがたかったぞ。あのまま沈んでいたら呼吸停止していたぞ」
「じゃあ、それをまず言ってみましょう」
「うむ。テツオ、ありがたかったので、ありがたかったと伝えるぞ」
エチコは表情一つ変えないから、なんか気持ちが伝わりにくい。しかし宇宙人に地球人と同じ反応を求めるのは酷だろう。
「いやいや、僕は何もしようとはしてなかったんだけど」
「そうなのか」
「魚を釣っていたんだ」
「魚は釣るものなのか」
「まあね」
「では、魚は釣られるために存在するのだな」
「ええと、そうじゃないかな」
「釣られるために存在していない魚を釣ろうとしていたのか」
「えーと……」
「テツオは魚との間にルールを共有していないのか」
「エチコちゃん」
エチコの頭が、ぐるりと180度回転した。
「なんだ」
「人間は、人間のルールを守るのよ。魚には魚のルールがあるの」
「しかしそれでは、人間と魚の利害が一致しない時にどうしていいのかわからないぞ」
「でも、魚は文句を言わないわ」
「魚は発声をできないだけではないのか」
「そうねえ」
母さんは困ってしまった。
「色々と学んでいけばわかるさ」
「学ぶのか。そうだな、学ぶために来たんだぞ」
「そうなんだ」
「エチコはこの星のことを知りたいのだ」
「エチコちゃんえらいのねえ。だったら、しばらくうちに居なさいな」
「いいのか。ああ、ありがとうと思ったから、ありがとうを伝えるぞ」
「どういたしまして」
そんなわけで、どこかの星からの留学生が、我が家に加わることになったのである。
「テツオ、あれはどういう意味だ」
エチコに町を案内していると、いろいろなところで立ち止まって彼女(性別があるのかもよくわからないけれど……)が尋ねてくる。
「ああ、駐車禁止だね。車とかをあそこにとめちゃいけないんだ」
「と言うことは、他の場所にはとめてもいいんだな」
「ええと、駐車場とかとめていい場所以外はとめたらだめだよ」
「とめたらいけない場所だとわかっているのにわざわざとめたらだめだと書いてあるのか」
「ルールを守らない人がいるからね」
「ルールは守るためにあるのではないか」
「そうなんだけどね」
エチコは何でも疑問に思うのだけれど、聞かれてみると僕も疑問に思ってしまうから大変だ。
「禁止されていることは、本当はやってみたいことなんだ。でも、やったら誰かに迷惑がかかっちゃう。だから、こっそりわがままな人がやってしまわないように、ルールがあるんだよ」
「なるほど。でも、安心しろ。エチコはルールを守るぞ」
「いい子だね」
「テツオはどうだ」
「僕もルールは守るよ」
「人間がみんなテツオだったらルールはいらないな!」
「う、うーん、そうかな」
僕だってルールを守れない時はあるさ、なんてことは今は言える感じじゃなかった。
「あ、あれは赤だな。赤信号は止まれだったな」
「ああ、よく覚えたね」
「誰か倒れてるぞ」
「あっ」
横断歩道の真ん中でうずくまっている人がいる。辺りを見回したけれど、歩いているのは僕たちだけだった。
「助けなきゃ」
「どうするつもりだ」
「二人なら抱えてこれるよ。車にひかれたら大変だ」
「でも赤信号だぞ。ルールを破るのか」
「人助けも必要だよ」
「それもルールか」
「えーと……うん、ルールだ」
「地球のルールには不備があるな」
僕らは倒れている人のもとに駆け寄って、歩道まで抱えて運んできた。そして、救急車を呼んだ。
「なんだかいろいろとしなければいけなかったな」
「困っている人がいたら、そうしなきゃいけないんだ」
「でも、途中から見ているだけの人がいたぞ」
「うーん、それは……」
「ああ、そうか。ルールは守らない人もいるんだったな」
エチコは納得していたけれど、僕の気持ちはもやもやとしていたのだった。
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