32 薬を使わないぞ

「ああ、また満点とれなかった……」

「ドンマイだぞ、テツオ」

 がっくりと肩を落とす。ちなみにエチコは満点である。

「なんだか、すっと忘れちゃうんだよねえ」

「そうなのか。エチコは直前に勉強したことは忘れないぞ」

「すごいなあ。エチコの星ではみんなそうなの?」

「そうでもないぞ。エチコ、記憶は得意だからな。星語のテストはちょっと苦手だったけどな」

「星語……国語みたいなもんか。そっか、エチコもテストでは苦労したんだね」

「古代生命が何を考えたか聞く問題は困ったな。エチコには古代生命の気持ちがわからなかったぞ」

「それ、正解あるのな……」

 不思議だったけど、よく考えたら小説で同じような問題はある。どこの星でも読解問題は大変なのかな。

「どうしてもテストが苦手だったら病院に行く人もいたぞ」

「そうなんだ」

「それで、薬をもらうぞ」

「えっ」

「一日だけ記憶がよくなるぞ。それでテストでいい点を取るぞ」

「そんなことしたらテストの意味がないんじゃあ」

「いい点を取ったと感じることが大事らしいぞ。エチコが飲んでも意味がないからよくわからないぞ」

 逆上がりの時補助してもらう感じだろうか。「できた!」と思うことで、前向きに頑張れる、みたいな。

「ああ、地球にもそんな薬があったらなあ」

「テツオは飲みたいのか」

「やっぱりいい点は取りたい」

「飲んだら感想を聞かせてほしいぞ」

「ええ……。地球にはないから、無理だよ」

 と思っていたのだけれど。



 あるらしい。

「海外だけどね。記憶力がちょっとの間上がるんだって。エチコちゃんの星と一緒ね」

 そう言うのは、ロボット猫のアイニャンを抱えたリンちゃんだった。修理から戻ってきたのである。

「すごい。あるんだ」

「日本では売ってないらしいけど。お父さんが欲しいって言ってた」

「うわあ。気になるなあ」

「テツオ君も欲しいの?」

「そりゃあ」

「いくらまでなら出す?」

「えっ」

 言われてみたら当たり前だけど、薬は買わなきゃいけない。いつも母さんが買ってくれたから意識していなかったけど、たぶんテストの点数のためと言ったら買ってくれない気がする。

「保健きかないから高いかも」

「保健?」

「テツオ君、病院とかお薬とか、いつも安くなってるんだよ。ちゃんと必要な時のは」

「そうなんだ。知らなかった……」

「テツオ、地球のことまだまだ分かってないな。エチコと一緒に勉強しないとな」

「そうだね。でも薬なんだから、それも安くしてもらえないのかな」

「薬は病気の人のために作られてるの。その場合安くなるけど、病気じゃない人にも効果あるんだよ。その場合安くならないの」

「へえ」

 リンちゃんはいろいろなことを知っている。リンちゃんみたいに物知りになれる薬も欲しい。

「ねえ、何円なら出せる?」

「テスト前に200円ぐらいかなあ」

「多分全然足りない……」

「そっかあ」

「テツオ、薬を買うためにも大人になって稼がないとな」

「大人になっても英語のテストあるのかなあ」



 リンちゃんが帰った後コップを片付けるため台所に行くと、母さんが悲しそうな顔をしていた。

「どうしたの?」

「なんかさっき、変な薬の話していなかった?」

「ああ、記憶力がよくなる薬があるんだって」

「絶対にダメよ。そこが入り口になるんだから」

「入り口……?」

 建物や洞窟に入る話はしていなかったはずだけど。

「最初は気軽に手を出して、気が付いたら大変な薬に手を出していることがあるから。最近は子供のうちに気を付けなくちゃいけないのね……」

「大丈夫、僕には高くて買えないみたいだよ」

「いい、大人になってもダメ。母さんを悲しませないでね」

「悲しむの?」

「当然よ」

「テストで悪い点を取るよりも?」

「もちろんよ」

「やったあ。じゃあ、次のテストはいい点じゃなくてもがっかりしないでね!」

「……ん?」

 母さんは首をかしげていた。僕は鼻歌を歌いながら洗い物をした。

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今日もエチコは合法的 清水らくは @shimizurakuha

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