31 家族旅行をするぞ

「テツオ、何を見ているんだ」

「日本地図だよ」

「チズ? あ、緑や水色で絵が描かれている奴だな」

「いやまあそうだけど、これは日本のことがそのままわかるように描かれているんだよ」

「そうなのか、うーん」

 エチコは地図を覗き込むが、浮かない顔をしている。そういえば、平面が苦手なのだった。

「だいたい、おかしいぞ」

「えっ」

「山とか谷とかあって、日本は凸凹してるぞ。それなのにこの紙は平面だぞ」

「これは真上から見た図なんだ。立体に作るのは大変なんだよ」

「そうか……でもおかしいぞ!」

「まだ?」

「エチコが見た地球は丸かったぞ」

 そういえばエチコは宇宙船でここに来たのだった。宇宙から地球を見ていたとは羨ましい。

「そう、地球は丸いんだよ」

「でもこの紙は平らだぞ」

「えーと、そうだね」

「丸いのを上から見たままだと、変じゃないか?」

「え? うーん、そうなのかなあ」

「チズはちょっとよくわかんないぞ」

「まあでも、どっちに何があるかとかはわかるよ。平らじゃなくても、北は北でしょ。たぶん」

「そうなのかー」

 全然自信がないけれど。今度、地図についても勉強しておかないと。



「はい、二人とも聞いて」

 食事が終わると、母さんが急に真面目な顔をして切り出した。

「どうしたの」

「家族旅行に行こうと思います」

「おー」

「なんだ、家族旅行って」

「家族一緒にどこかに遊びに行って、泊まったりするのよ」

「おお、エチコも家族だから一緒に行けるんだな!」

「もちろんよ」

 エチコの車輪がぐりんぐりんと回っている。

「エチコ、いろいろなところに行ってみたいぞ」

「うんうん、どこに行くの?」

「それを今から話し合おうと思って」

「空!」

 二人の視線が一斉にエチコに向かう。

「飛行機に乗りたいとか?」

「乗ってみたいぞ。でも、エチコは空に行きたいんだぞ」

「エチコちゃん、空は旅行先は難しいかも。泊まることができないし」

「そうなのか。空からきちんと日本を見てみたかったぞ」

「なんかガガーリンに生まれ変わった伊能忠敬みたいなセリフね」

 よくわからないたとえだけど、すごいということはわかった。

「エチコ、旅行っていうのはある土地にいろいろ楽しみにいくことが多いんだ。エチコも学校で、日本にはいろいろな場所があるのを習ったんじゃないかな」

「おお、そうか。一度に一つしか見れないのか」

「いくつか回ることはできるけど」

「だったら、できるだけ立体的なところがいいぞ」

「立体的……」

「だったら、伊豆半島とかどうかしら。起伏もあるし海も観られるわよ」

「おお、立体が見られそうだな」

「まさに立体の橋もあるわよ」

「立体の橋! すごそうだぞ」

 二人で伊豆に行く話で盛り上がり始めている。予想外の展開だ。

「あれ、テツオは浮かない顔してるわね」

「え、いやあ」

「テツオの意見を聞きたいぞ」

「うーん、遊園地とか行きたいなあ」

「そうなの?」

「遊園地か」

「水族館とかも観たい」

「意外とベタだったのねえ」

 二人の視線がこちらに向く。なんかこう、形勢は不利な感じだ。

「エチコちゃんは伊豆でいいのね」

「そうだぞ」

「お母さんも伊豆がいいわ」

「うん……」

「三人のうち二人が伊豆ね。多数決で、決まりかしら」

 そう言われると反論できないのだが、なんか納得できない。三人しかいないのに多数決って。しかも、話し合いはまだ始まったばかりじゃないか。

「まだ多数決は早いよ」

「多数決ってなんだ」

「答えが出ないとき、選ぶ人数で決めるのよ」

「じゃあ、伊豆は二人で遊園地が一人、遊園地で決まりなんだな」

「そうよ」

「いやいや、多数決は三人の時にしたらなんか変だって……たぶん」

 僕があまりにも必至だからか、母さんが深いため息をついた。

「わかったわ。じゃあ明日あらためて、皆で意見を出し合いましょう。それまでに資料を集めて、発表原稿をまとめておくこと」

「おー、なんか楽しそうだぞ」

「エチコちゃんもするのよ」

「わかったぞ」

「テツオもいいわね」

「はい……」

 そんなわけで家族会議の続きは、家族議会ですることになったのである。

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