30 宇宙人らしくしないぞ

「テツオ、聞いてほしいことがあるぞ」

 エチコが車輪をゆっくり回しながら近づいてくる。あまり元気がない感じだ。

「どうしたの?」

「今日、学校でがっかりされたぞ」

「がっかり?」

「そう言ってたぞ。エチコ、宇宙人らしくないから面白くないって」

 僕からすれば、エチコはどこからどう見ても宇宙人である。

「そうかなあ」

「エチコにはわからないぞ。宇宙人は『ワレワレハ宇宙人ダ』って言うものらしいぞ」

「あー、そういうイメージはあるね」

「あと、足が八本あるらしいぞ。そんなのタコしか見たことないぞ」

「古い宇宙人像だなあ。火星にはそういう宇宙人がいると思われていたんだよ」

「本当はいないのか?」

「たぶん」

「いないものと違うからがっかりされるのは意味が分からないぞ」

「そうだねえ」

 これはなかなか答えるのが大変な問題だ。僕は、しばらく腕を組んで考えてみた。

「うん、ちょっと待っててね」

「何かわかったのか?」

「まあ、いいから」



「どうかな」

 しばらくしてから戻ってきた僕をみて、エチコは目をぱちくりとさせて少し車輪をギギギと回した。

「テツオだよな?」

「もちろん、そうだぜ」

 今の僕は、いつものテツオではない。髪を立たせて、おでこを丸見えにしている。そしてサングラス。父さんからもらったけど臭くてほったらかしだった革ジャンも来ている。

「だぜ、は不思議だな。それに見た目が全然いつもと違うぞ」

「だけど中身はいつもの俺だぜ」

「俺! 少し大人のオスが使う言葉だと思っていたぞ」

「エチコはそう思うかい? いつもの俺とどっちがいい?」

「いい、はよくわからないぞ。でもなんかちょっと不安だぞ」

「ふむ。やっぱり」

「テツオが遠くなっている気がするぞ……」

「じゃあ、もう一回待ってるんだぜ」



「ふふ、どうかな」

「テツオ、今度は母さんみたいだぞ」

「まあ、母さんの服だからね、うふふ」

 母さんの服を着て、髪飾りを付けてみた。あと、少し化粧水も使ってみたけれどその後どうしたらいいのかよくわからなかった。

「似合ってるぞ」

「え」

「いつものテツオとは違うけど、いい感じだと思うぞ」

「あ、そうかな? あはは、ありがと」

「それで、さっきから何のためにそういうことしてるんだ?」

「ちょっと待って、これ脱いでくるね」

 いつもの格好になって、戻ってくる。

「おお、よく見るテツオだ」

「なんか、安心しない?」

「そういわれるとそんな気もするぞ。テツオがすごくテツオだって感じるぞ」

「うんうん。そういう『テツオらしさ』が時には求められるんだ」

「なるほど。……あっ、エチコもエチコらしさを求められるってことだな」

「うん。でも、それが本当のエチコとは限らないからね」

「本当のエチコ? エチコ以外にエチコがいるのか?」

「みんなが知っているエチコと、普段のエチコは違うかもしれないからね。さっきの僕みたいに。本当はああいう格好をしていたとしても、みんな知らないだろ?」

「そうだな」

「普段のイメージ、勝手なイメージが『らしさ』になって、『らしい』ことが求められたりするんだよ」

「そうなんだなー。だからエチコはエチコじゃない宇宙人らしさを求められたのか」

「そういうこと」

 エチコは右手を高く上げた。これは「わかった」時のポーズだ。



「テツオ、なんかうれしそうだな」

 僕がニコニコしているのに気が付いて、エチコがくるくるとこちらにやってきた。

「ふふ、なんと英語のテストの点数が良かったんだ。今回は難しかったんだけどね。勉強したからね」

「おお、テツオらしくないぞ!」

「え」

「あくまでエチコのイメージだそ」

「そ、そうだね」

「母さんにも聞いてみようか?」

「いや、いいよ」

「聞いてたわよ」

 背後から忍び寄る影。母さんらしい登場の仕方で母さんが登場だ。

「まあ、テツオはたまには頑張るところがらしいわね」

「ははは」

「でも、ずっと頑張ったら、それがテツオらしさになると思うけれど」

「いやあ、他人の考えるらしさにはこだわらないでおこうかなと思って」

「そうか、これからもテツオは0点取るつもりだな」

「ん? うーん」

 結局求められるのは、頑張る人らしい。いっそ宇宙人になりたいとか、そんなことを考えたくもなってきた。

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