29 止まっているものを動かすぞ

 今日は、エチコとレンタルショップに来ている。ずらりと並ぶDVDやCDに、エチコはテンションが上がりっぱなしだ。

「本当にこの中に映像が入っているのか」

「そうだよ。家で再生したら観られるよ」

「すごいな、こんなに小さいのにな!」

 確かに、よくあんなものにあれだけのデータが入っているとは思う。僕もその理由は説明できない。

「エチコは何を観たい?」

「エチコ、見たことのない動物を観たいぞ!」

「そうか。なんか、ドキュメンタリーとかにありそう」

「ドキュメンタリー? そういうのがあるんだな」

 とりあえず、ただお店の中を見るだけでも二人で存分に楽しめた。



「楽しみだな、『動物ライン~南極から南米まで~』」

「どんなのだろうね」

 早速、居間のテレビでDVDを観始める。南極の白い大地から、映像は始まる。

「おお、ペンギンだ。これは動物園でも観たぞ」

 しばらく観ていたところで、奥の部屋からガーガーという音が聞こえてきた。

「あれ、ファックスかな。ちょっと見てくるね」

「わかったぞ」

 行って見ると、確かにファックスだった。そして、紙が詰まってしまったようだ。

「あー、これ古いもんなー」

 何回かこうなっているので、対処法はわかる。ただ、紙がぐちゃぐちゃになってしまったので、もう一度ファックスを送ってもらう必要がある。

「うーん、買い替え時だよね」

 とりあえず紙を入れ替えて居間に戻ると、エチコが制止した画面を観て考え込んでいた。

「どうしたの」

「止まってるな」

「まあ、停止したからね」

「でも、動画だよな」

「えっ、ああ、そうだね」

「動画だったら、常に動いているんじゃないのか? 完全に止まれるものなのか?」

「えっ、考えたことなかったな」

「エチコ、今考えてたぞ。この止まった状態がずっと並んでるのが、動画なのかって」

「そうだよ。実は動画って、静止したものの連続で動いて見えるんだ」

「やっぱりそうなのか! じゃあ、動画は動いてないんだな!」

「え、う、うーん?」

 エチコはいつになく難しいことを言い始めた。疑問からして僕にはよくわからなかった。

「それぞれは動いてないのに、どうしてつなげると動いてるんだ?」

「とりあえず、試してみようか」



 新しいノートを持ってきた。最初のページの右下に、エチコの絵を描く。

「おお、これエチコか」

「そうだよ。エチコが左に移動していくからね」

 一枚めくって、左下にエチコを描く。

「見といてねー」

 エチコに向かって、ノートをぱらっとめくる。

「瞬間移動したぞ」

「だね。これだと動いて見えない。ちょっと待っててね」

 次は、十枚使って、ちょっとずつエチコを左にずらして書いていく。

「今度はどうかな」

 パラパラとめくる。

「おお、動いた見えたぞ」

「うん。これが動画の原理だよ。十枚しかないけど、充分動いて見えただろ」

「確かに、一枚一枚は結構離れてるな。なんで連続して見えるんだ?」

「心が勝手にそう判断するんだろうね。見えているものをそのままじゃなくて、頭がいろいろと処理したものが『見えている』と感じるらしいよ」

「なんかすごい話だな。動画はそういう風に見えているつもりにさせられてるんだな」

「そういうことになるね」

「……じゃあ、現実はどうなんだ?」

「えっ」

「現実は、動いているものは連続しているはずだぞ。でも、一瞬を切り取ったら止まっているのか?」

「えーと、考えたこともなかったな」

「動いているんだから、どんな短い時間でも動いてるはずだぞ。でもどんな短い時間でも動いていたら、長い時間に戻したらものすごく動いていることにならないか?」

 エチコの言っていることを理解するまでに、かなりの時間がかかった。僕の解釈によると、こういうことになる。動いているものを無限に小さく切っても動いていたら、元の大きさに戻したら「何かの無限倍」になるのでものすごく動いていることになってしまう。

 かといって、無限に小さく切った時に止まっていたら、どの時点でも止まっていることになって、動くことができない。そこが、動画とは違うところだ。

「これは、僕達ではちょっとわからないかもね……」

「でも、考えてみたいぞ。エチコ、この話にすごい興味わいてきたぞ」

 エチコはあちらを向いたりこちらを向いたり、ちょっと進んでみたりしながら、しばらく悩んでいた。そして、突然僕の方を向いて叫んだ。

「大変なことが分かったぞ!」

「お、おお、どうしたの」

「テツオこの前エチコと競争したな」

「うん、したね」

「その時エチコが勝ったぞ。同時にスタートしたから、エチコが先にゴールしたぞ。じゃあ、エチコがテツオを追いかけたらどうなるか考えたぞ」

「そりゃ、追いつくんじゃないかな」

「テツオ、そこに立っててもらえると嬉しいぞ」

「うん」

「エチコ、テツオを追いかけて距離の半分まで走るぞ。そうするとテツオは、少し進んでるぞ。テツオ、少し進んでくれ」

「わかった」

「エチコ、また追いかけるぞ。また半分まで行くぞ。で、テツオはちょっと進むぞ」

「そうだね」

「これを繰り返すと……エチコはずっとテツオに追い付けないぞ!」

「……うん?」

 エチコの言うことは筋が通っているけれど、現実とは合わない。頭が混乱してしまう。

「でも、実際には追いつけるぞ。だからその理由を考えてみたぞ」

「どういう理屈だったの?」

「動画がヒントになったぞ。連続して動いているように見えても、途中が省かれてるぞ。観ているほうが勝手にそこを通ったと思ってるぞ」

「そうだね」

「だから、現実もきっとそうだぞ。ずっと移動しているように見えて、実は間を省いてると思うぞ」

「ん?」

「だからエチコの答えはこうだぞ。みんな、実はワープしてるぞ」

「えーっ!」

「実はみんな、移動中連続しないぞ。だからかけっこしたら、エチコがワープしてテツオを追い越すぞ」

 エチコはふんぞり返っている。だけど、僕はもう、何がなんやらわけがわからない。

「ワープはしてるかなあ」

「エチコもそうは見えないけれど、心がそう思わしているってことなんだと思うぞ」

 なんか僕も、ワープできる気がしてきた。

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