13 サービスに対価を払うぞ

「まいったなー」

 思わぬ事態だった。

「どうしたテツオ」

「踏切事故があって、乗る予定だった特急がまだ来ないんだ」

「来ないとどうなるんだ」

「乗れないと、家に帰れないよ」

「特急しかないのか」

「普通もあるけど、すごく時間がかかるよ」

 二人で遠くの美術館まで来た帰り、ここまで全部楽しかったのだけれど、最後に罠が待っていた。

「どうするんだ」

「新幹線……はお金がかかるなあ」

「価値が高いんだな」

「そう。すごく速いからね」

「速いのはいいことなんだな」

「そうだよ」



 結局運転再開の見通しが立たず、新幹線に乗ることになった。

「なんか形が違うぞ!」

「とがってる方が早くなるらしいよ」

「そうなのか。エチコもとがってみたいぞ」

「速くなりたいの?」

「そうだぞ。早い方がいいんだぞ」

 エチコの星ではそうなのかもしれない。でも、とがってるより丸っこいエチコの方が可愛いと思う。

「広いな!」

「そうだね、中も快適設計だよ」

 二人で着席して、すぐに発車。ぐんぐんと加速していく。

「速い、速いぞ!」

 エチコは車窓を楽しんでいたけれど、列車はすぐにトンネルに入ってしまう。

「わっ、世界が終わったぞ!」

「今は山の中を走っているんだよ」

「山の中! 新幹線ってすごいな」

「新幹線以外も山の中は走るよ。トンネルっていうんだけど」

 そして十数分、新幹線は減速し始めた。

「あれ、遅くなったぞ」

「もうすぐ次の駅だからね。そして、僕らの下りる駅だよ」

「あっという間だったなー」

「ね、価値があったでしょ」

「でも……」

 エチコはゆっくりと円を描いた。

「ちょっとしか乗ってられないほうが高くて、いっぱい乗れる方が安いんだな」

「え? あ、言われてみればそうだね」

「エチコは電車乗ってると楽しいぞ。楽しいことが長い方が価値あると思うぞ」

「うーん、そういう場合もあるけど、時間も大事なんだ」

「そうなのか」

「電車が速いと早く帰れるだろ。そしたらテレビ見たり、お風呂入ったり、ゲームしたりできる。別の楽しいこと、価値あることができるわけだ」

「なるほど」

「価値って、モノ以外にもあるんだよ。サービスって言ったりするけど」

「サービスか」

「そう。例えば……」

 駅の中にある、ラーメン屋を指さす。

「あれもサービスだよ」

「そうなのか」

「うん。ラーメンというものも出てくるけど、それだけが価値じゃないんだ。自分で作らなくていいし、運んできてくれるし、器も洗わなくていい。そうやって楽させてもらう分、お金を払うんだよ」

「なるほどー」

 エチコは首を上下させている。最近、地球人っぽい動きをするようになった気がする。

「さあ、ここからまだバスに乗らなきゃね」

「バスもサービスなんだな」

「そうだよ」

「対価はどれぐらいだ」

「310円だったかな。エチコ、自分で払ってみるかい?」

「おお、やってみるぞ」

 僕はエチコに小銭を渡した。そういえばエチコ、数字はわかるようになったみたいだ。

「1は木、0はタイヤみたいだからな」

 相変わらず、立体的に把握しているようである。



 家に帰ってくると、母さんは夕食の準備をしていた。

「今日はどうだった?」

「楽しかったよ。でも帰り、特急が止まってたんだ」

「あら。どうしたの」

「新幹線に乗った」

「お金足りた?」

「なんとか」

 僕と母さんが話していると、エチコが急に車輪を空転させ始めた。慌てているようだ。

「どうしたの」

「テツオ、大変だぞ」

「何がさ」

「家では、母さんがいろいろなことをしてくれるぞ。ご飯を作って、掃除をして、裁縫もしてくれるぞ。テツオもエチコにいろいろ教えてくれるし、いっぱい遊んでくれるぞ。でもエチコは、対価を払ってなかったぞ!」

 僕と母さんは、顔を見合わせた。しばらくしてから、僕の方が口を開く。

「エチコ、いいところに気が付いたね。でも、家族の間では、直接お金を払わなくても対価になることがあるんだよ」

「そうなのか」

「たとえば、母さんのお手伝いをするとか。母さんの肩をもんであげるとか。後はただいい子にしておくだけでも、母さんは喜んだりするよ」

「もちろん、テストでいい点を取ることもね」

「はは……。とりあえずは、できることで対価を払ってみよう」

 そういうわけで、僕とエチコは母さんの料理を手伝って、料理を運んで洗い物をして、そして母さんの肩をもんだ。風呂を掃除して、新聞を束ねる。

「これも対価になるのかー」

「家族ではね、こういうことが大事なんだよ」

「毎日続けないとな」

「そうだね」

 エチコのおかげで、普段僕が対価を払い忘れていることにも気づかされた。

「ところでテストでは大丈夫そうか?」

「えっ、エチコまでそれを言う?」

「テツオの勉強のことをよろしく頼むって言われぞ」

「母さん……」

「エチコは母さんと約束したから、約束を守るぞ」

 母さん、なかなか難しいと思いますが、何とか努力はしてみようかと……はい……

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