16 ジレンマと戦うぞ

 寒くなってきた。この前見た紅葉がどうなっているか確かめるため、僕たちは公園にやってきた。エチコは寒さに強いようで、いつも通りの格好である。

「おお、本当に散ってるぞ」

「だろ」

「でも、散ってないのもあるな」

「木の種類によるんだ」

 いろいろなものを見ながら歩いていると、子供たちの集団が座って何やらゲームをしていた。

「あれは何をしているんだ」

「なんだろう」

 近づいてみてみると、「いっせーの」でみんなでカードを出している。そこには数字が書かれていて、みんなでそれを確認した後一喜一憂していた。

「うーん、よくわかんないな」

 僕とエチコが首をかしげていると、そのうちの一人がこちらに駆け寄ってきた。

「車輪の子だ!」

「エチコだぞ」

「エチコっていうんだ。一緒にやる?」

「やってみたいけど、ルールがわからないぞ」

 その子は、エチコに紙の束を渡した。さっき見たカードは、これに数字を書いたもののようだ。

「ここに、1から30の数字から一つを選んで書くんだ」

「なるほどだぞ」

「それで、書いた数字が点数になるんだ。でも、他にも同じ数字を書いた人がいたら0点」

「聞いてよかったぞ。迷わず30と書くところだったぞ」

「ゲームだからね。それで、かぶらなかった中で、一番大きな数字を書いた人だけが点数が入るんだ。ただし、1を書いた人が半分以上いた場合、その人たちはトップの人とは別に20点もらえる」

「みんな1って書くんじゃないか?」

「でも、半分いないと0点だしね。1じゃまず勝てないし。そこは駆け引き。で、合計点が100を越える人が出たらその回は終了。ちょうど今、僕が勝ったところだよ」

「うーん、なかなか難しくて面白そうだぞ。エチコ、やってみるぞ」



 そんなわけで、ゲームが始まった。僕はエチコの助言役である。参加しているのは11人。

「テツオ、どうすればいいだろうか」

 僕たちは離れた場所で、作戦会議を始めた。

「僕なら30って書くね」

「えっ、でもそれは欲張りすぎだと思うぞ。みんな高得点ほしいから30は狙うと思うぞ」

「でも、けん制し合って意外と書かないんじゃないかなあ」

「25ぐらいがいいと思うぞ」

「そこら辺こそみんな狙うんじゃないかな」

「でも考えてみたら、こつこつ溜めていくのもいいかもしれないぞ。毎回20点もらえば5回で終われるぞ」

「そんなにうまくいくかなあ」

「意外と全員書くかもしれないぞ。みんなで100点で終われば平和だしな」

 エチコは結局、1を記入した。

「じゃあ行くよ。いっせーの」

 みんながカードを出す。29が二人、27が三人かぶっていた。一番大きなのは26、1は三人だった。

「あー、駄目だったぞ」

「25でも駄目だったね」

「難しいな。あっ、30書いてればいけたぞ」

「ね」

 エチコは車輪をぐぐぐと回した。

「次は30て書く人がいる気がするぞ。あと、26点入った人はちょっと冒険して大きな数字を書く気がするぞ」

「そうかなあ」

「だからエチコは、26にするぞ」

 そして、この回は26が三人。一番大きい数字は24で、1が六人でその人たちには20点入った。

「上手くいかないぞ……」

「やっぱり、みんな何回もやってるから慣れてるね。特に最初に26点取った人、今回は1で20点取ってきた。これで46点だ」

「けど、みんなが協力すると、あの人がこのまま1を書くだけで勝ってしまうぞ」

「だから次は、1は書かないだろうね」

「みんなが1を書かないと、かぶらない数字が難しくなるぞ」

「そうだね……どうしよう」

 エチコが横回転を始めた。どういう感情かはわからない。

「1にするぞ」

「おお。賭けに出たね」

 そして……なんと、1は一人だった。ただ、かぶらない数字がなかったので、みんな点数が入らなかった。

「テツオ、地球のゲームは難しすぎるぞ。もっとみんな協力して1を出すと思ったぞ」

「んー、あれだね、これをジレンマっていうんだよ」

「ジレンマ?」

「協力したらそこそこの点数がもらえるけど、裏切ったら高得点かもしれない。ても、協力したほうが得点のチャンスが大きい。悩むだろ? そういう状況のことだよ」

 エチコはその後も果敢に点数を取ろうと頑張ったけれど、結局最下位のままゲームは終わった。

「難しかったぞ。でも、ゲームは楽しいぞ!」

「そうかい。なら、よかった」



 家に帰ってきたら、突然エチコが聞いてきた。

「もしテツオは、エチコを裏切ったら得をするとなったら、どうするんだ」

「えっ」

 あまりに予想外の質問に、とても高い声を出してしまった。

「エチコ、あれから考えてたぞ。地球人は相手の心理を読むのが好きみたいだぞ。そして、自分が得する計算をするのが得意だと思ったぞ。ゲーム以外でそれを使ったら、誰かを裏切って得をすることが可能だぞ」

「うーん、まあ、そうだね。そういう人はいると思うし、僕だって誰かを裏切るかもしれないよ」

「やっぱりそうなのか!」

「でもさ、ゲームと一緒で相手も裏切るかもしれないんだ。だから、うまくいかない可能性も高い。そうなると、裏切らないほうがいいかな、って思っちゃう。裏切りがばれた後も後ろめたくなるし」

「そうか」

「それに、仲のいい人とはずっと仲良くしたいだろ。だから、僕がエチコのことを裏切りはしないよ」

「良かった。エチコもテツオのことを裏切らないぞ」

 エチコが安心しているようでよかった。だけどそう思うと同時に、裏切ると宣言して裏切る人はいないだろう、とも思った。だから裏切るつもりでも、僕は同じことを言ったんじゃないだろうか。

 人生は、いろいろと難しいなあ、なんてことを思う。

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