17 蝶になったぞ
昨日から、学級閉鎖になった。インフルエンザが流行っているのだ。
僕はちょっと前にかかり、エチコはまったく体調が崩れることがない。地球の病気にはかからないのかもしれない。
学校に行かなくていいというのはラッキーなのだけど、友達とは会うことができない。みんなインフルエンザなのだ。外に出てうつってもいけないし、家でおとなしくしているしかなさそうである。
「うわーっ!」
二階からエチコの叫び声が聞こえてきた。何があったのだろう。
「エチコ、大丈夫かい。どうしたの?」
「テツオ、テツオ! エチコのことがわかるんだな」
「なに言ってるのさ。当然だろ」
「エチコ、こんな姿なのにか」
「いつも通りだよ」
エチコは寝ぼけているようだったけれど、そもそもこれまで寝ぼけたことがなかったので変な感じである。
「あっ……本当だ。いつものエチコだぞ」
「何をそんなに慌てているの」
「エチコ、さっきまで蝶になっていたぞ」
「蝶? エチコが?」
エチコに羽が生えて飛んでいるところを想像してみた。車輪があるのでほぼ飛行機である。
「エチコは蝶になって飛んでたぞ。そしたら鳥に食べられそうになったぞ。一生懸命逃げたけど、途中から飛び方がわからなくなったぞ。そしたらこの部屋に戻ってきたぞ」
「エチコ、それは夢だよ」
「ユメ?」
「夢。寝ている間に見るんだ」
「なにを言っているんだ、テツオ。寝ているときは目を閉じているぞ。だから何にも見えないぞ」
「うーん、なんていうかな。順を追って説明するよ。ものを見るのは目だけど、目から入ってきたものを『見た』って思うのは頭だよね」
「そうだな」
「だから、目を閉じていても、頭の『見たよー』ってところは動いていることがあるんだ」
「なるほど」
「で、寝ている間も頭は動いていて、たまに見ていないものを見せるというか、自分の頭の中で映像を作り上げるんだ」
「そんなことができるのか! でもエチコはそんな映像作った覚えがないぞ」
「うーん、『無意識』って言ってね、頭は勝手にいろいろなことをするんだ。全部のことを考えて動いてたら、考えること多すぎて大変だろ」
「そんなものか」
「うん。だから、頭が勝手にいろいろやってくれるんだ。で、夜の間にも頭の無意識が勝手に映像を作り上げてくれるんだよ」
エチコは頭を押さえた。そのあとコンコンと叩いた。
「知らなかったぞ」
「うん、エチコも全く同じかはわからないけど……
とにかく、夜の間に頭が作った映像が見えるのを、『夢』っていうんだよ」
「でも、エチコは蝶のことまだそんなに詳しくないぞ。それなのにエチコの頭は映像を作れるのか」
「うーん、不思議だね。夢には不思議なことがいっぱいあるんだよ」
「地球人もよくわかってないなのか。エチコ、また一つ勉強したぞ。……ん」
「どうしたエチコ」
「でもエチコ、夢を見ている間夢を見ていることに気付かなかったぞ! エチコは蝶になったと思い込んでいたぞ。今はエチコはエチコだけど、それもエチコがエチコだという映像を見させられているかもしれないぞ。エチコは今も夢を見ているかもしれないぞ!」
「お、落ち着いて」
ぐるぐると回るエチコを抑える。
「今はいつも通りじゃないか。ほら、いつも通りの僕がいるだろ」
「テツオがいたら夢じゃないということか?」
「いやあ、そうは言いきれないけど……」
「それに、最初から夢だったかもしれないぞ。テツオに会ったところから夢だったら、テツオといることは何の証明にもならないぞ!」
エチコの言葉を聞いているうちに、僕も不安になってきた。僕だって、今夢を見ていないとは言い切れない。妙にリアルな夢を見ることもある。そもそも足が車輪の宇宙人と暮らしているなんて、それこそ夢みたいな話だ。
「うーん、どうやったら夢じゃないとわかるのかなあ」
「困ったな、難しい問題だぞ。……あれ、テツオ、なんかいつもより熱いぞ」
「えっ」
言われてみると体がほてって、頭がぼーっとしてきた気がする。この症状は……
「僕もインフルエンザにかかったのかも……」
「インフルエンザか。最近よく聞くな」
「うん。昨日まで大丈夫だったのに。誰からうつったんだろう」
「インフルエンザになったら、休んでないといけないって聞いたぞ」
「そうだね、寝とかなきゃ……」
僕は部屋に戻って、横になった。
空が遠かった。
青さは変わらない。それなのに、ずいぶんと違うように見える。
歩こうと思ったら、違和感があった。進めるのだけれど、妙にすっと移動していくのだ。手足の感覚が違う。いや、多い。
まさか、とは思ったけれど……僕は蟻になっていた。
あたりを見回すと、やたらと大きな草や花、植木鉢、そして家。規模は違うけれど、見覚えはある。これは我が家の庭だ。
ごろごろごろ、と大きな音が響き渡る。
「テツオー!」
聞き覚えのある声。こちらに迫ってくる。
「テツオ、どこだー」
巨大な物体が迫ってくる。逃げなければ、と思うけれど体が言うことを聞かない。そもそも蟻なのでどれほど早く移動できるのかもよくわからないけれど。
いよいよ車輪が迫ってくる。もう、どうしようもない。
「うわあ!」
「テツオ、大丈夫か? どうしたんだ?」
「あ、エチコ……夢か……」
「テツオも夢を見たのか」
「うん、熱が出ると嫌な夢を見るね……」
「どんな夢だったんだ」
「エチコが出てきたよ」
「エチコがいたのか? いつも通り楽しかったか」
「う、うーん、そ、そうだね」
「でも、すごい声を出したぞ」
「結構、大変だったんだ。えーと、冒険をしていたんだ」
「そうなのか」
エチコには、嘘をついてしまった。これは、ついていい嘘だと思う。
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