第8話 想像力

『2018年 2月17日(土曜日)』


 想像力の欠如。

 それはとても怖いことだ。

 しかし自分の経験していないことは分からない、この言い分も理解できる。

 死ぬ気で頑張れ、と、よく言われるが、本当の、

 死ぬ気で頑張るという行動は多分、

 本当に死を意識した時からしか出来ないのだろう。


 しかし俺はこの死を意識したことがある。

 病院で、血液のガンだと診断されたことがある。

 実際に入院もした。


 退院してからだ。

 俺が死ぬ気で頑張るようになったのは。


 本当のことを書くと、俺は今、死ぬ気で頑張っていない。

 毎日こうやって漫才を作ることが、実は全く苦になってすらいない。

 むしろこうやってお笑いを作れることが、とても幸せなのだ。

 これが真実かフィクションか、そのことを林田に伝えたことがある。


 そうすると林田は、病気はフィクションでしょと笑った。


 林田がフィクションか、

 漫才師がフィクションか、

 血液のガンがフィクションか、

 このリアルタイム漫才生活は、まだ始まったばかりだ。


 30話まで、後22話。




『主なニュース:宇宙飛行士・金井さん船外活動終了、希望の党議員ホームページに民進党のバナー、スギ花粉ピーク時期』

「はいどうも、よろしくお願いします」

「宇宙飛行士の金井さんが船外活動終了、無事終了して良かった」

「船外活動って何、僕はいつも食育が無事に終了しているよ」

「誰の食育だよ、というか食育と船外活動一緒にするなよ」

「己の食育だよっ、昼は豚の生姜焼きうまかったなぁって」

「食育でもねぇ! 船外活動ってのはすごいんだぞ、宇宙船の外の、宇宙空間に出て活動するんだから」

「僕だって、雪の日に外出して、足りなくなった塩買いに行くよ」

「塩くらい買いだめしておけ、というかもう全然レベルが違う」

「まあ雪の日に食卓塩だからね、つらいよ」

「オマエのほうじゃねぇよ! 宇宙空間に出るほうだよ!」

「いやいや、浮いてるから簡単でしょう」

「一歩間違えれば死ぬんだぞ!」

「浮いてりゃ簡単だって!」

「極限状態でロボットアームの先端の装置の交換と回収を行ったんだぞ!」

「こっちだって極限状態で電球の交換だよ!」

「どこが極限なんだよ!」

「グラつく椅子の上に立って、ヤバイヤバイ言いながら電球交換するんだよ!」

「全然普通だろ!」

「重力ナメないで! めちゃくちゃ怖いんだから! 落ちたら怪我だから!」

「重力は別になめてねぇよ、オマエが無重力なめてんだよ」

「電球の回収だって大変だよ!」

「そんなことないだろ」

「一回テーブル置いたら、あれ、どこのテーブルに置いたっけ、ってなるでしょ!」

「ならねぇよ、テーブルに電球1個ポツーンと、だろ」

「テーブルの上は散らかってるでしょ!」

「人それぞれだから」

「僕もそのニュース正直知ってたよ、スマートニュース見てたから。でもさ、時間余してたらしいじゃん、金井さん」

「極限状態なのに時間を余して、船外の掃除もしていたってすごいよな」

「電球交換は時間ギリギリだから!」

「電球交換に制限時間無いだろ、あとすぐ終わるし」

「次の日没までには……って!」

「日中ずっとやってんのか! もう俺を呼べ! それくらいやってやるわ!」

「あとこれも大変そうだよね、希望の党の議員のホームページに民進党のバナーが載ってるって、回収難しい」

「それこそ電球交換よりすぐのような気がするけども」

「いやでもつい後回しにしちゃうじゃん、昔貼っていたバナー外すの」

「いやもう今のインターネット関係は簡略化すごいだろ、外せるだろ、すぐに」

「でも4月までには外すという話で、安心したぁ」

「船外活動終了の時もそれくらい安心しろよ! 全然宇宙飛行士の状況わかってねぇ!」

「だってなったことないもん」

「そりゃそうだけど、想像力が欠如しすぎてるだろ!」

「ところでスギ花粉のピークは東日本・西日本共に3月上旬から中旬らしいね、花粉くらいすぐ回収してやるよ」

「いや花粉回収したらオマエ花粉症になるだろ」

「言っても花粉症って、ちょっと鼻水出るだけでしょ」

「全然違うわ! すごくつらいんだぞ! マジで想像力欠けすぎだろ!」

「花粉も虫取り網で回収してあげるよ、僕が」

「網目と粒子のサイズ! 花粉ってめっちゃ小さいからな!」

「そんな小さなことはいいから。雪の日はちょっと塩買いに行くだけで大泣きだけど、晴れたらもう全身駆動だよ!」

「それだけで大泣きしてるヤツ、何してもダメだ!」

「いや逆に君が雪の日をナメすぎているよ、僕の塩の話の日って3cmだよ?」

「んで3cmて少なっ。雪国からしたら全然なんだよ、3cmって」

「何言ってんの、雪って溶けるから3cm以上積もらないよ」

「3cm積もってんだから、もっと積もるだろがよ、原理的に」

「いやいや、人が踏むし」

「もう普通に1mとか2mとかいくんだよ」

「じゃあ電球交換が簡単じゃん」

「家の中には積もらないからな」

「じゃあ電球交換って厳しいね」

「めちゃくちゃ楽だからな! 電球交換! グラグラしないモノの上に乗れ!」

「でも無重力だったら安定するよね、好きに移動できるし」

「無重力こそ安定しないんだよ、マジで」

「そもそも船外に出ないで、ロボットアームで交換・回収すればいいのにね」

「そのロボットアームの部品を交換・回収していたんだよ!」

「ロボットアームでバナーとったらいいのに」

「電子世界に物理的なアームは使えないんだよ」

「花粉をロボットアームでとればいいよ」

「ツッコミどころ多いが、まず地球と宇宙は離れすぎているから」

「ロボットアームって何?」

「それはまあ俺も詳しくは分からない……もういいね!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る