第2話 時の流れは早い

『2018年 2月11日午後』


 時の流れは早い。

 早朝見たニュースは、夜には消え去っていた。

 しかしこの流れに飲み込まれてはいけない。

 飲み込まれず、情報を飲み込み、自分の栄養としなければならない。

 この時事漫才も新しい時事にどんどん飲み込まれていくが、それではダメだ。

 永遠に紡げるような何かを残さなければならない。

 ……と言っても俺らの”永遠に紡げるような何か”というのは、汎用性の高いボケ・ツッコミということなんだが。

 そう言ってしまうとなんだか情けない話だ、漫才師でなければカッコイイ言葉のまま終われるのに。

 漫才師にカッコイイなんて余計か、いや、全ての職業にカッコイイなんて余計なのかもしれない。

 ただがむしゃらに生きて、産み出して、その先にカッコイイ、いやふと振り返った時にカッコイイがあるのかもしれない。

 そしてこんなにカッコイイを連呼している今は、いつ振り返ったってカッコ悪いだろうな。


 林田がいつもの喫茶店にやって来た。

 コイツが面白いという記事はだいたい芸能やスポーツだが、俺は出来るだけ個人名を避けたいと思っている。

 個人を面白おかしく批判するのは簡単だ、毒舌という皮をかぶれば簡単だ。

 でもそんな笑いに何の価値があるんだ。

 毒舌ぶってしゃべるのはプロがやらなくても、皆やっている。

 俺達はまだ売れないお笑い芸人だが、プロはプロだ、プロらしく闘いたい。

 とは言え、ニュースはだいたい個人名だ。

 個人名を避けきることは不可能だが、個人批判にだけはならないように頑張らないといけない。

 ……と考えていても、やっぱり個人批判になってしまうこともある。

 こう考えれば個人批判だ、考え方によっては個人批判だ、そもそも漫才師のネタに使われること自体侮辱だ、みたいなモノも含めれば結局は全て個人批判だ。

 それでも批判はしたくないと思う。

 林田は芸能人の不倫のニュースで大興奮していた。

 これが方向性の違いというヤツなのか。


『2月11日の主なニュース(午後):夫婦別姓への理解が5年前の調査に比べポイントアップ、平昌オリンピックの開会式のLEDドローンショー・1218台でギネス記録更新、フィギュア団体現在4位』

「はいどうも、よろしくお願いします。もう時代は別姓界ですね」

「別世界みたいに言われても、まあ夫婦別姓でもいいという声が増えてきたという話ね」

「そうそう、5年前の空気汚染調査に比べて」

「何でその調査とパーセントを比べてんだよ。夫婦別姓が5年前の調査に比べて支持が上昇、これでいいだろ、まだフリの段階だぞ」

「不倫の段階ってなんだい! おい! 芸能人の不倫の話をしてあげようか!」

「テンションを上げるな、ゲスな話でテンションをマックスにするな、フリって言ったんだ、フリ・ボケ・ツッコミのフリ」

「不倫・コケ・ツッコまれ?」

「不倫でつまづき、集中砲火じゃねぇよ。夫婦別姓の話でいうと、俺は賛成だな」

「じゃあ反対、そうしないと討論にならないから」

「そこの漫才の種明かしいらないんだよ。でもまあ夫婦別姓のほうがいろいろ楽だろ、いちいち苗字変わりましたんでのくだり、ウザいだろ」

「だよねー」

「負けが早い」

「でも実際僕も賛成だからなぁ、ストーリーとして反対しただけで」

「たいした反対もしていなかったけどな」

「でもあれはいただけない、あっ、やっぱりもらいます! いただけないと思ったけども、もらいます! ひゃっほい!」

「自己完結するな、何の話をしようとしていたんだ」

「一瞬、平昌オリンピックの開会式のLEDドローンショーはいただけないと思った」

「何でだよ、一瞬でも思わないだろ、1218台のドローンを同時に飛ばしてギネス記録になったヤツだろ?」

「そうそう、怖かったわぁ」

「何も怖くないだろ、美しかっただろ」

「いやもうこれが全部僕めがけて飛んできたらと考えたら、薄着じゃ無理でしょ」

「厚着でも痛いわ! というかオマエめがけて飛んでこねぇから、日本にいるオマエに」

「でも高性能なんでしょう?」

「高性能だからってオマエめがけては飛んでこねぇよ」

「いやいや、あれって一人で操縦していたって話じゃないか、その人が僕に『えいやっ!』って思えば……怖い!」

「オマエその人と何かあったんか! 何もないだろ!」

「僕が一方的に憧れからくる嫉妬をしていた」

「じゃあ何にもない!」

「でも一人で操縦ってすごいよね、ドローンの見分けとかつくのかな?」

「よく知らないけど、事前にプログラミングしていたんじゃないの?」

「いやいや、ドローンはロボじゃないよ、プログラミングってロボの話じゃないか」

「いやドローンは割とロボだろ、生き物ではない、確実に」

「いやいやいや、ドローンは一匹ずつ名前があってさ、苗字がついててさ、でも夫婦別姓になったら……あっ! 反対!」

「どこから突っ込めばいいか分かりづらいが、まずドローンと人は夫婦にならない」

「あっ、そうか、ドローンって家畜だもんね、牧場で育てるような、だから夫婦にはならないね」

「ドローンは乳牛的なヤツじゃねぇよ」

「あれ? ドローンの乳搾り体験、子供の頃、しなかった?」

「俺の子供の頃、まだドローン無かったけども、今の子もしないだろ」

「ドローン乳を飲まないでよく成長出来たね」

「牛乳みたいに言われても全然色さえも想像できねぇよ」

「色は空色、つまり白」

「何で曇り空がオマエにとっての空色なんだよ」

「オリンピックのフィギュア団体が順位下がって曇り空なのさ」

「でもまあ、まだ盛り返せる順位だから」

「村元・クリス組の演技は5位だったみたいだね……ここでも夫婦別姓!」

「多分夫婦じゃない、ここはよく調べていないから分からないけども多分夫婦じゃない」

「でもさ、こうやって、夫婦別姓ということが当たり前になると、もう全部夫婦なんじゃないかなって思うよね」

「思おうとしたらな」

「僕と君も夫婦なんじゃないかな、とかさ」

「その場合は男同士だから別の法律をまたぐだろ」

「僕とセンターマイクが夫婦なんじゃないかな、とかさ」

「……それ比ゆ的表現でも何か嫌だな、センターマイクは二人のものだろ」

「いやまあこの舞台の備品だけどね」

「そう言ったら何か悲しくなるだろ、センターマイクは漫才である証みたいなもんだから」

「いや備品だね」

「いや備品だけども、でも備品って言っちゃうとさ」

「じゃあちょっと5年前の調査から比べて、センターマイクが備品かどうか、支持が何ポイントどうなったか調べてみましょうか」

「5年前にそんな調査してねぇよ、もういいよ」


 2月11日は2回集まれたので、2本漫才を作ったが、俺達もそこまではヒマじゃない。

 1日に1回集まって漫才を作って、午後の9時台には、まとめておきたいものだ。

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