イタリアンスパゲッティ

イタリアンは名古屋下町風鉄板ナポリタンとも呼ばれる、長い旅をしてきたナポリタンの終着駅なのだ

ナポリタンというスパゲッティを知っているだろうか。

よく『本場のイタリアのナポリではナポリタンなんてものは無い』と話題に挙がる事があるので、食べた事は無くと名前を知っている人は多いだろう。


ナポリタンとはスパゲッティとハム、ピーマン、玉葱、マッシュルームを炒めて大量のケチャップで味を付けた甘く酸味のあるパスタ料理の事で、昭和後期のイタメシブームが起きるまではパスタの代表的な食べ方だった料理である。

今でこそイタメシブームが起きた事でマカロニやラザニアのような麺とは違う形のパスタが広まり、味付もペペロンチーノやカルボナーラ等様々な物が増えたが、それでも弁当の付け合せやお子様ランチではナポリタンを使う事が多い。

人によっては『ナポリタンはパスタ料理ではなくナポリタンというケチャップ料理だ』と主張する人も居て、大勢の人に愛されているスパゲッティだ。


そんなナポリタンの最大の特徴はケチャップで味付けする事と、スパゲッティを茹でてから時間を置いて寝かせてぶよぶよさせるという、麺料理としてとても考えられない作り方をする事である。


まずは大きな寸胴にお湯を沸かし、スパゲッティを入れて長目の時間で茹でる。

そして水を吸って太くなったスパゲッティを冷水で締め、サラダ油で和えてくっつかないようにしてから冷蔵庫で一晩置く。

翌日、注文が入ったら一人前のスパゲッティを取り出し、一度お湯に潜らせてから調理を始める。

最低でも3時間は冷蔵庫で寝かせないとナポリタンとは呼べないらしく、簡単な料理に見えるが下準備に手間が必要だ。


このぶよぶよとした麺とケチャップで味付をするという事。

これはどちらもイタリア人を怒らせるような手順なのだが、実はナポリタンはスパゲッティ料理だがイタリアから伝わった料理ではなく、アメリカから伝わった料理なのである。


その原型は一部のアニメ好きに有名なミートボールスパゲッティ。

スパゲッティにミートボールを乗せてケチャップで味付をしたパスタ料理だ。


ミートボールスパゲッティはイタリアからの移民によって作られたアメリカ人のためのスパゲッティで、ドイツからの移民に対抗する為の料理戦争の道具だったらしい。

簡単に作れる事と肉が入っている事でミ-トボールスパゲッティはアメリカで人気料理となり、ミ-トボールスパゲッティの味を参考にアメリカ陸軍の軍洋食のスパゲッティのケチャップ煮の缶詰が作られた。

このスパゲッティのケチャップ煮の缶詰はパスタの定義であるデュラムセモリナ粉を使わずに薄力粉を使って作られており、麺がケチャップを吸ってぶよぶよしていたらしい。

その後、アメリカ人によってもたらされたスパゲッティのケチャップ煮が戦後の日本に広まり、それを食べた日本のフランス料理人が『こんなケチャップスパゲッティは芸が無い』と言い切り、ナポリタンを作り上げたという。

その料理人が作ったナポリタンは生トマトとトマトピューレを使っていて今のようなケチャップのナポリタンではなかったのだが、ナポリタンが庶民に広まる際、生トマトとトマトピューレが高価だという事でケチャップに先祖還りしてしまったのだ。

更に当時のスパゲッティのケチャップ煮の味を覚えていた人物が『ナポリタンの麺はぶよぶよさせるべきだ』とし始めたらしく、今日のぶよぶよとした麺でケチャップで味付をするナポリタンへと収束して行く事になる。


尚、アメリカのミートボールスパゲッティの原型は西洋のトマトソースを使ったパスタ料理かららしいのだが、17世紀頃はパスタにトマトソースを使うのはナポリ地方ぐらいしかなく、トマトソースのパスタをナポリ風という意味の『ナポレターナ』と呼んでいたらしい。

そのため、ある意味ではナポリタンはナポレターナの流れを汲んだパスタ料理であるので、『本場のイタリアのナポリではナポリタンなんてものは無い』というのは逆に正しく無い事になる。


食べ物は国を渡ると現地でカスタマイズされる物だが、大西洋と太平洋を渡った料理というのは中々珍しい。

ナポリタンはイタリアとアメリカと日本の歴史の詰まっている料理なのである。



そして名古屋ではナポリタンが更に進化し、イタリアンとして世に広まっている。

イタリアンは名古屋下町風鉄板ナポリタンとも呼ばれる、長い旅をしてきたナポリタンの終着駅なのだ。


発祥は名古屋の喫茶店からだが、発想はイタリアから。

昭和中期頃、ある喫茶店の店長が喫茶店組合の旅行でイタリアに行った際、話をしながらパスタを食べていたらパスタが冷えて美味しくなくなるという事があったらしい。

そして翌日、今度は話をしながら鉄板に載ったステーキを食べていた所、ステーキは冷めずに温かいままで食べる事が出来たという。


もう分かっただろう。

そう、イタリアンは最後まで冷めずに食べられるように熱々の鉄板に載せたナポリタンであり、なのだ。

単なるダジャレであり、そこまで深い意味は無い。

イタリアからアメリカへ、アメリカから日本へ、そして日本人がイタリアへ行って思いついたという、何か深い因果関係がありそうな料理だが、ダジャレだ。

そもそもステーキを鉄板に載せて食べるのはイタリアの専売特許でもなんでもない。どちらかと言うとドイツだろう。


こうして産まれたイタリアンなのだが、ただ鉄板にナポリタンを載せただけでなく、鉄板の上には玉子焼きが敷いてある。


この玉子焼きは熱々の鉄板にナポリタンを乗せてから周りの溶き玉子を注いで作る物で、イタリアンの影の主役とも言っていいだろう。

何も味をつけていないただの玉子焼きなのだが、これが濃い味付のナポリタンと絡めて食べる事で丁度良い味になる。

ケチャップの強い味を玉子の優しい包み込むような味で緩和され、くどくならずに程よい加減に調整されるのだ。


そして、イタリアンの真髄はタバスコと粉チーズを大量に振って食べる事にある。


甘くて酸味のあるナポリタンにタバスコで辛さと酸味を足し、粉チーズで乳脂肪の旨味を足す。

ただのナポリタンではこのタバスコと粉チーズの強さに負けてしまうのだが、ここで玉子がその緩衝材となり、酸味も、旨味も、全てを受け止める。

受け止めつつも、ナポリタンを主役としてサポートする事は忘れていない。

タバスコや粉チーズの尖った部分を押さえ込み、良い部分だけを選別してナポリタンの前に出してくれる。

自分自身は鉄板で焦げついてしまうが、それもスパゲッティの塩味、ケチャップの甘味、タバスコの酸味、粉チーズの旨味、の四つの味覚に欠けた五つ目の味覚の苦味を補う物であり、それによってイタリアンは五味の揃った完璧な食べ物となる。

尚、辛さは味覚ではなくて痛覚なので五味には含まれないが、食欲増進には必要な要素だ。


イタリアから移民と共にアメリカに渡り、アメリカで料理戦争を経て陸軍に広まり、日本にやってきて改良され、そして名古屋で玉子焼きという伴侶を得て鉄板の上に落ち着いたナポリタン。

ナポリタンを懐かしむ人も、ナポリタンをまだ見ぬ人も、ナポリタンが波乱万丈な旅の終わりに手に入れた物を確認してみるといいだろう。


イタリアンは全てを知り、そして全てを優しく包み込んでくれる。

まるで役目を終えて幸せになった老人だ。

酸いも甘いも噛み締めているのに、それを感じさせない。

どこか懐かしく、そして、厳しくも優しい味がする。

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