味噌カツ

味噌カツの味噌は赤味噌をそのまま塗っているわけではない

名古屋名物の味噌カツについて、まず最初に告知しなければいけない事がある。


『味噌カツの味噌は赤味噌をそのまま塗っているわけではない』


何を置いても、これだけは強く声を挙げて主張させてもらう。



名古屋圏外の人は味噌煮込みうどんがうどんを味噌で煮込んでいる事は想像付くらしいのだが、味噌カツについては赤味噌をそのまま塗った料理だと思っている人が結構な割合で存在する。

実際に自分の知り合いの新潟の人間と大阪の人間は味噌カツは赤味噌をそのまま塗っている味噌辛い食べ物だと思っていた。

確かに『味噌カツ』と言われれば味噌を付けたトンカツだと思うだろうし、名古屋と言ったら赤味噌だから赤味噌をトンカツに塗っていると思うのだろう。


しかし、そうではない。そうではないのだ。


所謂味噌カツの味噌とは、赤味噌をベースとし、酒、味醂、砂糖を加え、火にかけた鍋でゆっくりと焦げないように掻き混ぜながら温め、年度の高いとろりとするソースにした赤味噌ダレなのだ。

赤味噌そのままの味噌辛い物ではなく、甘辛くもったりとした味がする。

イメージとしてはみたらしだんごのタレを思い浮かべてもらうと分かりやすいだろう。みたらしだんごのタレの醤油が赤味噌になったと思って貰えばいい。


この味噌ダレをトンカツにかけたのが味噌カツなのだが、味噌カツには二つの種類が存在する。


まず代表的なのが、上記の基本的な味噌ダレをかけたスタンダードな味噌カツ。

これは東海で古来より食べられている伝統的な料理の味噌田楽を参考にした食べ方だ。

味噌田楽は蒟蒻や豆腐を串に刺して焼いてから味噌ダレを塗った料理の事で、味噌ダレの作り方も味噌田楽から来ている。

トンカツに味噌ダレをかける時は上に横からサッと塗るようにかけてあり、だいたいがキャベツに立てかけたトンカツの真ん中にかけて下に垂らし、味噌ダレの黒とトンカツの茶色のツートンカラーになるようにして盛り付ける。

これは味噌ダレの味が濃く、全体に塗ってしまうと味噌ダレがトンカツの味を全て塗り替えてしまうので、わざと一部分残すようにしているからだ。

そして味噌ダレの上には白ゴマをふりかけて香ばしさを出す。最初から白ゴマを味噌ダレに混ぜている店もあるが、概ね後載せだ。

中には味噌カツが出来上がるまでの間に『ゴマを擂って待っていてください』と、白ゴマの入ったすり鉢とすりこぎを渡してくる店もある。店側がそう言うなど、中々ウェットの効いたジョークだと思う。

メディアに出る時の味噌カツはこのタイプが多いので、名古屋人ではなくとも殆どの人が『味噌カツ』と言われたらこのスタンダードな味噌カツを思い浮かべるだろう。


もう一つの味噌カツは味噌ダレを鰹出汁で伸ばしてほぼ液状にし、トンカツ全体にかけた液体味噌ダレカツ。

元々は串カツの屋台が串カツを鰹出汁と味噌ダレで煮込んで出していたのが始まりで、味噌カツの食べ方としてはこちらが元祖である。

今ではトンカツの上から液体味噌ダレをたっぷりとかける場合が殆どだが、中には屋台の時の作り方を再現して、揚げたてのトンカツを液体味噌ダレの中に浸けて味を馴染ませる場合もある。

どちらの場合でもトンカツ全体を味噌ダレで覆うのが特徴で、トンカツの衣が味噌ダレを吸ってしんなりとする。

この液体味噌ダレはスタンダードな味噌ダレを鰹出汁で延ばしているので味はしっかりとしながらも後味がサッパリとして、赤味噌を使っていても重さを感じさせない。

縁日の屋台で食べる串カツはソースカツの他にこの液体味噌カツを出している場合が多いので、トンカツはスタンダードな味噌ダレの味噌カツ、串カツは液体味噌ダレの串カツと分けて考えている人も多い。


この二種類は二種類とも『名古屋の味噌カツ』だが、その性質は全くの逆なのだ。

スタンダードな味噌カツは味噌の力強さでガツンと強力に味覚を揺さぶるが、液体味噌ダレの味噌カツは味噌の懐かしさを感じさせるようなほっとする優しさで味覚を包み込む。

同じ名前で同じ赤味噌を使いながらも、方向性が違う物を作れるという名古屋の赤味噌文化の歴史の現れである。



そして、名古屋の赤味噌文化はまだまだ進化している。


名古屋のある洋食店は赤味噌ダレを作る際にトマトソースやデミグラスソースを加え、酸味や味の深みを加えた西洋風な赤味噌ダレを作る事を可能とした。

意外に思うかもしれないが赤味噌はトマトソースやデミグラスソース等の西洋のソースとの相性が抜群に良く、特にトマトは赤味噌ダレに今まで足りなかった酸味を埋める無くてはならない存在だ。

元々カツレツが西洋の料理だという事を考えると、カツにかける味噌ダレが西洋のソースに合うのはおかしくないだろう。

逆にミートソースやビーフシチューを作る時に赤味噌を少し混ぜてみても良い。赤味噌によって全体に深い味が出て、日本人にも馴染む味になる。


又、名古屋市内で一番有名なカレー屋は試験店舗のみだが赤味噌を加えた赤味噌カレーをメニューに載せている。

カレーに赤味噌を混ぜ、具は豆腐を使い、ご飯にかけてから刻んだ浅葱と卵黄を載せている。

カレーのスパイシーな香りと油分のまろやかさに味噌の風味が加わり、味に奥行きが生まれた全く新しい赤味噌カレーだ。

カレーと味噌を合わせる事など考えても誰も実行しなかっただろうが、この店はそれを完璧に融合させた。

この赤味噌カレーをトンカツにかけた時、舌の上で香辛料が弾ける全く新しい味噌カツとなる。


他には味噌カツをご飯に載せて作る味噌カツ丼の新境地である、おろし味噌カツ丼という物がある。

ご飯の上に繊切りキャベツと大葉を敷き、その上に揚げたてのトンカツを載せ、大根おろしと卵黄を載せた上から冷えた液体味噌ダレをかけるのだ。

玉子とじのカツ丼には出来ない冷やすという食べ方と、通常のおろしカツ丼では出せない液体味噌ダレによる甘辛くも出汁の効いた味付け。

液体味噌ダレだけでもご飯が進むのに、それを大根おろしと一緒にする事で夏バテによる食欲不振を解消させ、更には卵黄を崩す事でやや濃い目の液体味噌ダレの味をまろやかにしてくれる。

そして出来上がる大根おろし卵黄味噌ダレは、さっぱりとしつつも味がしっかりとしていて甘さと辛さを併せ持つまろやかなタレという完璧な液体となってトンカツを覆う。

まだ若干温かいトンカツを大根おろし卵黄味噌ダレで食べるのはこの世の至福だ。数あるカツ丼の中でも、このおろし味噌カツが一番美味しいカツ丼だろう。

味噌カツと言えばスタンダードな味噌ダレを使った物だと思われているが、これは冷やしても美味しい液体味噌ダレの特製を利用した、さっぱりとして夏に美味しいカツ丼なのだ。


このように、味噌カツは名古屋圏外の人には『ただ味噌を塗っただけのトンカツ』というイメージがあるかもしれないが、実はこれほどまでに名古屋の味噌文化を代表する食べ物で、今でも進化を続けている。

味噌カツは赤味噌文化の名古屋の人間にとって誇りとも言える料理なのだ。

だからこそ、もう一度ハッキリと伝えよう。


『味噌カツの味噌は赤味噌をそのまま塗っているわけではない』


味噌カツは赤味噌そのままではなく。赤味噌ダレという甘辛いタレを使っているのだ。

これからも私は強く声を挙げてこの主張を広めて行くだろう。

何時の日か、全ての人間が赤味噌ダレの事を認知するその日まで。

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