手羽先の唐揚げ

名古屋の夜は手羽先から始まるのだ

名駅、金山、錦、新栄、伏見。

昔からの名古屋の繁華街であり、仕事終わりに一杯やろうと沢山の人で賑わう夜の街。

2000年頃までは飲み屋だけでなく色々な怪しい店も並んでいたらしいが、そういった類の店や人は愛知万博の前に一掃されたと聞く。

今ではその跡地に飲食店が出来、元々あった店と相まって多種多様な店が並ぶ飲み屋街となっている。


最近の名古屋の飲み屋は一軒目に通う店と二件目に通う店で分けるのが流行りとなっていて、軽めで手早く出せる料理で回転数を上げる店と、既に出来上がってる状態で腰を据えて貰う店が隣り合っているのが珍しくない。

一つの店で最初から終わりまで幅広くカバーするのではなく、役割分担をする事で経費の削減と目玉商品の揃えやすさを狙っているのだ。

これならば店が失敗したとしても被害が少なくて済み、流行物の料理を出す店へと改装するのも手間が少なくて済む。

水商売の商売人の考え方はとても合理的で参考になる。他のジャンルの商売人も参考にするべきだろう。


しかし、このような進化を遂げているのにもかかわらず、名古屋には殆どの居酒屋が出している定番のメニューがある。

一軒目担当の店でも、二件目担当の店でも、それどころか店が変わっても、人が変わっても、経営が変わっても、名古屋の居酒屋ならばこれがメニューに載っていないといけないという程の拘りぶり。

流石に『おでん専門店』や『餃子専門店』のような専門の食べ物を売りにしている店のメニューには載っていない事もあるが、中には無理矢理におでんや餃子になるように工夫してまでメニューに載せている名古屋力溢れる店も存在する。


そのメニューとは、他の地域では余り見かける事が無く、あっても煮込み料理な事が多い、名古屋めしで一二を争う知名度と圧倒的な消費量を誇る名古屋の居酒屋の定番。


手羽先の唐揚げだ。

名古屋の居酒屋は手羽先の唐揚げで出来ている。



名古屋人ならば誰もが手羽先の唐揚げについて知っているだろうが、改めて説明しよう。


まずは手羽先についてだ。

手羽先とは鶏の手である羽の生えている部分の一番先の部位であり、殆どが骨と脂肪とコラーゲンで出来ている。

一番先と言っても骨と皮しか無い先端部分の他に関節を挟んで腕の一部分も含んでいるので、全く食べる箇所が無いという訳ではない。

この関節部分は角度が広いL字型に折れていて、手羽先はまるでブーメランのような形をしている。

先端部分が軽くて腕部分は重いという重心配分が投げたらよく飛んでいきそうな感じだが、食べ物で遊ぶのは良くないで不許可だ。床に落ちてもきちんと食べると言うのなら自宅でのみ可としてもいい。


そして唐揚げについてだ。

普通の鶏の唐揚げとは少し違う作り方をしていて、まず手羽先に直接小麦粉か片栗粉を塗し、油で揚げ、そこから醤油ダレで味付けをする。

店によっては衣を付けずにそのまま素揚げしたり、二度揚げをしたり、揚げた後にタレ塗って網に乗せて火で炙る店もある。

細かな違いはあっても揚げてからタレで味付をするという部分は共通であり、その後に白ゴマと胡椒を振るうのが手羽先の唐揚げの作り方だ。

醤油ダレが味噌ダレになる事はあるが、白ゴマが黒ゴマになる事と胡椒がかからない事はまず無いと思っても良い。注文時にゴマ抜きや胡椒抜きは頼めるが、デフォルトは必ず白ゴマと胡椒がかかっている。


そして手羽先の唐揚げは何故か大半の店で奇数で提供される。

一人前なら三本。複数人用ならば五本や七本。多い時は十五本だ。

仕入れ時の発注数を考えると偶数が都合が良い様に思えるが、何故か手羽先の唐揚げは奇数で提供される。

理由は私も分からない。もしかすると素数が関係しているのかもしれない。謎である。



そんな名古屋の手羽先の唐揚げの発祥は二つの説あり、どちらも同じ店の事だがその理由が異なる。

どちらも前提として、発祥の店に目玉料理として半分にした鶏を切らずにそのまま揚げる鶏の半身揚げがあった事が挙げられる。

この半身揚げに使っていたタレが手羽先の唐揚げにも使われているタレであり、どうして手羽先の唐揚げにも使われるようになったのかは


・半身揚げは値段が高いので、手軽な値段で出せる料理として安く売っていた手羽先を使用した。


という説と


・鶏肉の仕入れにミスが生じて鶏の半身を用意出来なかったので、仕方なく出汁を取るために使っていた手羽先を使用した。


という説がある。

手羽先の唐揚げの元祖がホームページに載せている説は前者なので前者が本当の事だろうが、名古屋人の間には後者の理由が深く広まっている。

既に50年以上前の事なので誰が言い出したのかは分からないが、後者でも怪我の功名として良いエピソードではないかと思う。まあ、本人からしたら恥なのかもしれない。



又、名古屋人なら大半の人間が手羽先の正しい食べ方を知っていて、余所から出張に来た人間にその食べ方を教えるのが最大級のおもてなしと思っている節がある。

一度理解すればそう難しい食べ方ではなく、小学生でも簡単に覚えれる食べ方だ。


上にも書いたが、手羽先は角度の広いL字型をしていて、L字の曲がっている部分で先端部分と腕部分に分かれている。

まずは両手でそれぞれの両端を掴み、L字が逆になるように力を入れて折り曲げる。

勢いが良ければそのまま二つに分かれるだろう。上手く分かれなかった場合は左右に捻って切る。

これで先端部分と腕部分に分かれるのだが、ここからどちらを先に食べるのかは好みで構わない。


先端部分は細かい骨に皮がくっついているぐらいで食べる部分は少ない。

これを少しずつ皮を齧って骨だけ残すように食べるのだが、顎に自信があるのならそのまま全部口に放り込んでしまっても良いだろう。

小さい骨しかないので簡単に噛み切る事が出来、カリカリの唐揚げが好きな人ならばその歯応えと香ばしさの虜になるはずだ。

しかし、鳥の骨は細くて刺さりやすいのでよく噛む事が重要だ。元のサイズが小さいので喉に刺さる事は少ないが、それでも気をつけて良く噛んで食べてほしい。


腕部分は二本の骨が並行に並んでいるような形をしているので、これを左右に裂く。

すると二本の小さなフライドチキンのような形になるので、後はその骨の周りの肉を食べるだけだ。

手羽先上級者になると二つに分けずにそのまま縦向きで口に入れ、口の中で肉だけ外し、骨が繋がったままの状態で食べ終えるという事も可能だ。

これはマスターするのに数年かけるのが必要で、私でもまだ全部の肉を一度で外す事が出来ない。

これをマスターすれば手羽先の唐揚げを食べる速度が半分から三分の一になると言われており、複数人で居酒屋に来た時の手羽先戦争で優位に立つことが出来る重要な技だ。


と言っても手羽先の唐揚げの食べ方は自由であり、このような食べ方をしないといけないという事はない。

箸で肉をこそぎ落としてもいいし、全部繋がったままで食べてもいい。

どうせみんな酔っ払いなのだ。細かい事は気にしないでいい。美味しく食べられるのならそれで大丈夫だ。


さあ、手羽先を食べに行こう。

まずは人数分×二人前を頼むのが基本だ。他のメニューは手羽先とビールが来てから考えればいい。

名古屋の夜は手羽先から始まるのだ。

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