あんかけパスタ
あんかけパスタは名古屋めしの入門として最適な食べ物だ
『名古屋の人はみんな名古屋めしが大好きだ』
と、私も名古屋に来て暫くははそう思っていた。
繁華街を歩けば五店舗に一つは名古屋めしをメニューに入れている店を見かけるし、全国チェーンの店でなければ何れかの名古屋めしがメニューに載っているのが当たり前。
駅地下には名古屋めしの専門店がいくつも並び、大型スーパーのフードコートには必ず名古屋めしを扱ううどん屋が入る。
元々名古屋に来る前から『名古屋めし』という存在については知っていたし、それらがTVで紹介されているのを見た時はとても美味しそうに見えた。
赤味噌文化に慣れ親しんでない人は始めての赤味噌料理に驚くこともあるが、それは未知の味に驚いているだけで最終的には美味しく食べている。
だからこそ、これ程までに好みがハッキリと分かれる名古屋めしの存在を知った時は驚いたものだ。
その名はあんかけパスタ。
やや太めのスパゲッティを茹でてから炒め、上に牛肉と野菜で取ったスープにトマトと黒胡椒を混ぜて片栗粉であんにした物をかけた、名古屋オリジナルのパスタ料理である。
既に名前からして面食らっているだろう。大丈夫だ。私も面食らったし麺を喰らった。
一般的に『あんかけ』と言えばイメージするのは中華料理だ。
和食でも葛を溶いてあんかけにした食べ物はいくつかあるが、和食のあんかけは懐石料理の中の一品という感じで中華料理ほどのインパクトは無い。
具体的にあんかけ料理にどんな物があるかと聞かれると天津飯や八宝菜の名前が挙がるだろう。
あんかけ=中華料理というのは一般的な共通認識と言ってもいいはずだ。
それなのに、洋食のスパゲッティであんかけなのだ。
名前からはどんな味がするのか全然想像が付かない。誰もが訝しむ料理だろう。
あんかけパスタの歴史は名古屋のとある喫茶店から始まった。
1960年頃、元々国際ホテルでシェフをしていた一人の人物が名古屋に美味しいパスタ料理を広めようと考え、イタリアの一般的なパスタソースのミートソースと、自らの得意分野のフランス料理のデミグラスソースを合わせて考案したとされている。
当時は洋食ブームの真っ只中だったが、スパゲッティは余り人気のある料理ではなく、せいぜい麺が変わった焼きそばか焼きうどん程度の扱いだった。
そのせいか、本場のイタリア料理を知っている有名人が『スパゲッティは断じて炒めうどんではない!』とかなりブチ切れたエッセイを綴っていた時代らしい。
しかし、80年代のバブル期にはお洒落な食べ物としてイタメシブームが発生し、バブルが終わってもそのイメージが残った事で、今日のイタリア料理として恥ずかしくない立派なスパゲッティが広まる事になったという。
中にはイタリア人に見られたら怒られても仕方ないスパゲッティも存在するが、それは食の多様化という事で許して貰えるだろう。多分。
彼はそのイタメシブームが来る前からスパゲッティを広めようとしていた人物であり、名古屋のイタメシの父と言って過言ではない。
実際に現在の名古屋圏はイタリア料理屋が多く、従業員を本場で修業させに行く店もあるほどだ。
そしてそのままナポリのピッツァコンテストで優勝してしまう人も居る。
まぁ、ナポリのピッツァコンテストは年に複数開かれているので、ナポリピッツァ世界一を肩書きを持った人間は何人も居るのだが…
そんなイタメシブームの先駆けとも言えるあんかけパスタだが、最大の特徴はスパゲッティなのにトッピングが選べれるという所だ。
普通のパスタ料理ならばある程度どんな味でどんな具になるか決まっている物だが、あんかけパスタは最終的に特製あんを絡めて味付をするため、スパゲッティにどんな具を足しても全部あんかけパスタになるのだ。
代表的なトッピングはミラネーズ、カントリー、バイキングの三つ。
ミラネーズは赤ウインナー、ハム、ベーコン、マッシュルームを炒めたトッピングで、スパゲッティの上に肉が山盛りに載っている。
カントリーは玉ねぎ、ピーマン、トマト、マッシュルームを炒めたトッピンフで、これもスパゲッティの上に野菜が山盛りに載っている。
バイキングは魚介類のフライ、炒めたウインナー、目玉焼きのトッピングで、季節によってどの魚介類になるかは異なるが、だいたいが白身魚のフライがこれでもかと載っている。
他にもエビフライやハンバーグや豚肉のピカタがトッピングとして追加可能で、店によってはトンカツや唐揚げやオムレツも存在する。
カントリーの派生として野菜の種類を変更したシシリアンや、ポパイや、ちゃんぽん等の変り種を出している店もあり、あんかけパスタはトッピングも名前だけではどんな味がするのか判断出来ない。
恐らくというか確実にイメージで名前を付けていて、特に由来は無いと思われる。
ちなみに、初めてはミラネーズとカントリーを会わせたトッピングのミラカンを頼むのがいいだろう。これがあんかけパスタのトッピングの基本だ。
まずはこのミラカンを頼んであんかけパスタの味を確認し、そこから他のトッピングに手を出すのが無難である。
特に初手でフライ物は危ない。
フライ物は衣があんを吸ってあんの味しかしなくなるので、あんかけパスタの味に慣れていないと大変な目に合う事になる。
ここで冒頭の話に戻るのだが、あんかけパスタは人によって好みがハッキリと分かれる名古屋めしだ。
最大の理由はあんかけパスタは所謂ジャンクフードという事である。
味が濃い、量が多い、お腹に重たい、という体育会系の男子学生向けのメニューであり、これが合わない人にはとことん合わない。
特に特性ソースのあんは賛否両論で、『このコクがあって胡椒辛くてとろみのある特製あんじゃないとスパゲッティは食べたくない!』と言うほどハマる人も居れば、一回食べただけで『もうあんかけパスタはいいです』と挫折してしまう人もいる。
不味いわけではなく、単純にジャンクフードとしてのスパゲッティが合わないのだ。
これは好みの問題なので合わない人を攻める事は出来ない。
名古屋人の間でも好みが分かれていて、食事に誘う時はまずあんかけパスタが大丈夫な人かを確認してから誘うぐらいだ。
という事を説明してきたが、実はあんかけパスタは始めて名古屋に来た人に最初に食べて欲しい名古屋めしである。
何を言っているのかと思われるかもしれないが、これにはちゃんとした理由がある。
あんかけパスタはハマるかハマらないかのどちらかしか無いので、ハマったのなら名古屋めしの素晴らしさを伝えるのに成功したという事になり、ハマらないのならば『これは名古屋人でも好み分かれるから』と言って他の名古屋めしを勧められるのだ。
これが理由であんかけパスタは名古屋めしの入門として最適な食べ物である。
流石は名古屋のイタリアンの父。数十年経った今でも現役で戦える。
尚、一説によると給食のソフトめんが好きだった人はあんかけパスタを好きになる事が多いと聞く。ちゃんとした統計は取ってないので真偽の程は定かでは無いが。
ちなみに、私はソフトめんは苦手だったがあんかけパスタは好きだ。バイキングにハンバーグを足した物が最強に思える。
もしもあんかけパスタにハマる事が出来たのなら、自分好みの最強のトッピングを見つけてみるといいだろう。
これもあんかけパスタの楽しみの一つだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます