味噌とんちゃん

ランク付けされた肉から離れ、味噌とんちゃんで新しい肉食文化を始めよう

凡そ150年前、日本で四つ足の獣の肉食が一般化された明治時代。

今まで禁止されていた肉食が大政奉還と共に解禁され、農耕用とされていた牛が食肉として売られるようになった日本の肉食文化の始まりの年。


そもそも日本人は農耕民族だと言われているが、昔から貴族の間で狩猟をするのが流行っていたり、獣肉が規制されている時代でも柏、桜、桜という名前で隠れて食べられていたりと、実は肉を食べるのが好きな民族である。

農耕牛も寿命が来たり足の骨が折れて使えなくなった時は焼いて食べていたという記録が残っており、なんだかんだで庶民も肉を食べていた。


特に私たちの祖父母世代は肉と言えばご馳走だという認識が高かったようで、何か祝い事があればしゃぶしゃぶやすき焼きを食べていたらしい。

それも肉に脂の差しが入った牛肉を使うのが最善とされていて、今でもその名残りで肉のランクは脂の入り方で決まる。

実際に肉の脂は旨味が強くて美味しいのでご馳走に相応しいのだが、余り消化の良い物ではなく、多量を食べるとお腹を壊す上に脂で気持ち悪くなる。

そのせいか昨今は脂身の多い肉の人気が低迷し、逆に赤身の肉の人気が上がってきている。

これは祖父母達の時代と比べると牛肉の供給が増えているためであり、安価で沢山の牛肉を食べれるようになったからではないかと考えられている。

今までは脂身の多い肉を少量食べるだけだった食生活が、赤身の牛肉を沢山食べる食生活に変化したのだ。

脂身の多い肉は少量食べて満足する事に向いた肉なので脂身の価値が下がったわけではないが、今ではいかに赤身の牛肉を美味しく調理できるかに焦点が集まっている。


特に赤身の肉を美味しく食べるための調理法は年々進化し続け、一定の温度に保った冷蔵庫で熟成させて旨味を増す熟成肉や、肉のタンパク質が変質しない温度で過熱する事で柔らかさを維持する低温調理法等の最新の調理技術を利用した食べ方が発明されている。

分かりやすいところではローストビーフのブームが赤身の肉を食べようという働きから生まれた物だ。

あれは脂身の多い肉では脂の臭さが残るので向いていない。赤身の肉だからこそ美味しい物になる。


今では脂身の多い肉よりも赤身の多い肉が人気なため、肉のランクの付け方を見直そうという動きがあるらしい。

今までの脂の差しの入り方という見た目で分かる方法ではなく、新しい基準を設けてランクを付けるようにするのだとか。

食肉の値段はそのランクによって決まるので、新しいランクの付け方によっては今まで食べていた赤身の肉も手が届かないようになってしまうかもしれない。それが少し心配だ。


だが、牛や豚にはランク付けに関係なく、単純に重量だけで値段が決まる部位がある。

その部位はホルモンと呼ばれる内蔵。

元々屠殺場で捨てる部位だったため、逆に廃棄処分費がかかっていた物を安く提供したのが始まりだ。

値段の安さから日本各地で独自の食べ方が発生している食肉で、名古屋にも勿論ご当地ホルモンが存在する。

名古屋のご当地ホルモンは味噌とんちゃん。

豚のホルモンに八丁味噌を使った、名古屋ならではの味付けだ。



味噌とんちゃんは豚のホルモンを味噌ダレに漬け込んでいて、これを鉄板で焼いて野菜と一緒に食べる鉄板料理である。

味噌ダレは八丁味噌と砂糖を基本にした甘辛い味付けをしていて、店によっては唐辛子や香辛料も一緒に漬け込む場合もある。

豚の内臓は臭みが強いが、その臭みを味噌や香辛料で抑え、味噌辛さを砂糖がマイルドにさせている。

そのまま焼いて食べるにはかなり味が濃いが、キャベツ、もやし、玉葱と一緒に炒めることで丁度良い濃さの味にする。

この時にホルモンから出る脂や肉汁を野菜が吸い、野菜の甘さと味噌ダレの辛さと相まり、とてもご飯が進む。

見た目のイメージとしては豚肉の味噌炒めが近いが、それよりも脂と野菜で甘辛くなっており、全く別の味がする。


この味噌とんちゃんの起源だが、いつから始まったのかどこが発祥なのかの詳しい事は不明だ。

ただ、岐阜県にけいちゃんという鶏肉に醤油ダレ、味噌ダレ、塩ダレの何れか味を付けておいて野菜と一緒に炒めた料理がある事から、一部ではけいちゃんを豚肉にしてとんちゃんにしたのではないかと言われている。


岐阜県は戦後に寒い山間部でも可能な羊の畜産を初め、北海道名物のジンギスカンを岐阜でも名物にしようという働きがあったらしい。

しかし、羊の畜産は思ったよりも続かずに廃れたてしまい、ジンギスカンの食べ方の肉に下味を付けておくという調理法のみ残る事になる。

暫く後、今度はブロイラーで鶏を畜産する事を始め、鶏肉の供給が安定した事で鶏肉でジンギスカンの食べ方を行うようになり、岐阜でジンギスカンを真似たけいちゃんが生まれたのだとされている。

そしてけいちゃんが名古屋にも伝わる際、愛知で豚の畜産が盛んだった事からとんちゃんに変化したのではないかという話だ。

尚、けいちゃんの『ちゃん』は北海道の『ちゃんちゃん焼き』から取っていると言われている。


ちなみに、岐阜県はジンギスカンを流行らせようとはしたもののジンギスカン鍋は用意できなかったらしく、けいちゃんは鉄板や陶板で作られる。

そのため、名古屋でも味噌とんちゃんは鉄板で作る鉄板料理となっていたが、最近では焼肉のメニューの一つとなっていて網で焼く場合が多い。


味噌とんちゃんはホルモンから出る脂を野菜と絡めるために鉄板で焼くのだが、焼肉では逆に網で焼く事でその脂を落としている。

勿体無い事をするもんだと思うかもしれないが、ホルモン単品で食べるのならある程度脂を落としたほうが食べやすいのと、直火で焼く事で味噌ダレが焦げて香ばしさが増し、この焼き方でこそ食べれる美味しさという物が出る。

味噌ダレは直火で焼く事で表面が焦げて固まり、乾燥した味噌がホルモンの脂を吸う。そしてその脂が火で炙られて蒸発し、脂の風味は消えずに焦げた味噌ダレに残る。

あまり焦げすぎると苦くなってしまうので注意が必要だが、味噌とんちゃんは焼けば焼くほどにホルモンの脂の風味が味噌ダレに残り続けるのだ。

網で焼く事でホルモンの脂を落として食べやすくしつつ、その脂の風味は逃がさずに閉じ込めるという、味噌とんちゃんはホルモンを食べる上で最適な味付の仕方となっている。

これは表面が焦げるだけの醤油ダレや塩ダレには出来ない、味噌とんちゃんだけの食べ方だ。

この味噌とんちゃんの食べ方は他に変えられないほどに美味しい。

ホルモン焼きを食べる上で、一度は味噌とんちゃんを経験しておくべきだろう。



このように、味噌とんちゃんは肉の脂を楽しみつつ野菜と一緒に食べる方法と、肉の脂を味わいながらも脂っぽさを減らす方法の二つの方法が楽しめる珍しいご当地ホルモンだ。

内蔵の味は一度ハマると病み付きになる物で、中でも特に網焼きの味噌とんちゃんの味は抜け出すことが難しい。

肉の食べ方として脂身の多い肉から赤身の多い肉を食べるのに移行している現代だが、ここでもう一歩踏み出し、ホルモンに手を付けてみるのも面白いのではないだろうか。

脂身でも、赤身でも無く、ホルモンだ。

ランク付けされた肉から離れ、味噌とんちゃんで新しい肉食文化を始めよう。

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