小倉トースト

あんパンよりも小倉トーストなのである

今では全国区となって久しい、パンと餡子を組み合わせたあんパン。

小豆の餡子だけでなく、白インゲン豆で作った白あんや枝豆から作ったウグイスあんのあんパンも存在し、日本の代表的な菓子パンとして君臨している。


あんパンのような小麦粉と餡子の組み合わせは室町時代からあるのだが、明確にパンと餡子を組み合わせた物が出来たのは明治時代とされている。

明治時代初期の東京。当時まだ一般的ではなかったパンをなんとかして日本に広めようと考えている人物が居た。

彼は酒饅頭を元にした酒麹を使った生地の中に餡子を入れるという方法で日本人向けのパンを作り、あんパンと命名した。

これは当時の東京で大人気の製品となり、僅か一年で宮中御用達の茶菓子になったと言う。

そのパン屋は今でも続く老舗パンメーカーとなっており、今でもあんパンを主商品として扱っている人気店だ。


そして、奇しくもあんパンがこの世に産まれた数年後の名古屋にて、あんパンとは全く違う方法でパンと餡子が組み合わさった食べ物が発明された。

その発明に至る経緯とあんパンの発明された時期と普及の具合からしてあんパンを参考にしたわけでは無いだろうが、近い年代に似たような物が産まれているのは奇遇である。


それは、今ではあんパン発祥の店に逆輸入もされた、名古屋の喫茶店から産まれたバターと餡子の新境地。

あんパンのように中に包むのではなく、トーストにバターと小倉あんを載せた小倉トーストである。



小倉トーストは名古屋市の中区の栄町という、名古屋の中心部の繁華街にあった喫茶店で産まれた正真正銘の名古屋めしだ。

名古屋は武将の間で流行っていた茶の湯文化が庶民の間に残っていて、喫茶店の数が他の地域に比べて多い。

喫茶店と言えば『煙草を吸う不良の溜まり場』のようなイメージを持たれがちだが、当時はまだそのような西洋式の喫茶店は少なく、殆どの店が団子や抹茶を出す和菓子屋やお茶屋の休憩所の延長だったらしい。


そんな中、ある喫茶店が当時のハイカラブームに乗っかってメニューにバタートーストを載せたところ、現在の名古屋大学の前身の第八高等学校の学生達がバタートーストをぜんざいに浸して食べ始めたらしい。

その食べ方を見ていた店主夫人が『餡子とバタートーストを合わせよう』と考え、小倉トーストを産み出したのだ。

学生の食べ方から産まれた小倉トーストはハイカラな食べ物として名古屋中に広まり、どこの喫茶店でも出される当たり前のメニューになった。


小倉トーストはバターを塗ったトーストの上に小倉あんを載せた物がスタンダードとされているが、

二枚のトーストの間にバターと小倉あんを挟んだ小倉サンド

ホイップバターを小倉あんの上に載せたホイップ小倉トースト

一斤のトーストの上にソフトクリームと小倉あんを載せて蜂蜜をかけた丸ごとハニー小倉トースト

熱々の鉄板の上にバニラアイスと小倉トーストを載せて上から珈琲シロップをかけた鉄板小倉トースト

という、変わり種の小倉トーストも存在する。

これはトーストと小倉あんを使っていればバターがマーガリンやバニラアイスや生クリームになっても小倉トーストとして判断されるためであり、名古屋中の喫茶店が切磋琢磨してオリジナル小倉トーストを目玉商品として売りだしているからである。


ところで、この小倉トーストの名前にも使われている『小倉あん』だが、普通の粒あんやこしあんと違う物というのは知っているだろうか?

粒あんは小豆を砂糖で煮て餡子にした物で、小豆の粒が残っている状態の物。

こしあんは粒あんを潰してから布や濾し器で裏濾しして皮を取り除いた状態の物。

小倉あんとはこのどちらでもなく、粒あんをこしあんにした後、そこに大納言小豆の蜜煮を加えたものなのだ。

一部では粒あんを潰した『つぶしあん』を小倉あんとして扱っている店もあるが、小倉あんとは粒あんでもこしあんでも無く、手間のかかっている特別な餡子なのだ。


この手間のかかっている小倉あんを使うからこそ小倉トーストは派手好きの名古屋人の間で流行り、あんパンとは違う餡子を使ったパン料理として名古屋中に広まったのだ。



名古屋人の小倉トースト好きは目を見張る物がある。


まず、前途の通りに色んな種類の小倉トーストが存在するのだが、その中でもコストが安く作れる小倉とマーガリンを使用した菓子パンを愛知県に本社のあるパンメーカーに作らせ、東海中に流通させている事。

地元のコンビニやスーパーだけではなく個人商店にまでも小倉マーガリンパンを普及させており、東海ではあんパンよりも小倉トーストの派生の小倉マーガリンオアンのほうが一般的になっている。

値段もあんパンより安く設定されており、食べた事は無くとも『小倉マーガリン』と言えば誰もがあの細長いパンを思い浮かべるだろう。


次に、トーストと言えば学校給食にも出ただろう、二つに折り曲げて中からジャムとマーガリンを出す使い切りの容器だが、名古屋にはあれの餡子&マーガリンがある事。

始めて見た時は私も目を疑ったが、ちゃんと中に粒も入っている本格派だ。

流石に学校給食では使われていないらしいが、名古屋駅のパン屋には置いてあった。恐らく、名古屋から外に出る時の緊急用なのだろう。急に小倉トーストが食べたくなった時に重宝する。

これがあればあとはパンを買うだけでどこでも小倉トーストが食べられるという便利アイテムであり、名古屋市内ならばパン屋や業務用スーパーだけでなく、百円均一でも購入する事が出来る。

元々がジャムとマーガリンの入れ物なので、餡子を小豆から作るジャムと考えればおかしな事では無いな。


そして、様々なお菓子の小倉トースト味がある事。

色んな企業が作るお菓子のバリエーションで小倉トースト味が作られているのはまだ普通だが、ビスケットに粉状にしたぜんざいを挟んだお菓子が存在する。

名前は小倉トーストを連想する名前では無いが味はかなり近い。というか、小倉トーストを食べている名古屋人をターゲットとして作られているので、ほぼ小倉トーストと言っていいだろう。

その会社の役員がそういっていたのだから間違いない。

これらの小倉トーストの味のするお菓子は勿論人気商品であり、わざわざマーガリンを追加で塗って食べる物も居る。


極めつけは小倉コーヒーだ。

とある喫茶店が正式メニューに加える前から存在する飲み方で、その名の通りコーヒーに小倉あんを入れる。

これは小倉トーストが提供されるのが喫茶店という事もあり、その小倉トーストに載っている小倉あんを砂糖の替わりにコーヒーに入れたのが始まりだ。

わざわざ別に小倉あんを出して貰わずに、小倉トーストの上のバターが混ざった小倉あんをコーヒーに入れるのが良いとされている。

バターの乳性分と小倉あんの甘さの加わったコーヒー、そしてコーヒーを吸った小豆の二つが楽しめる。


このように、小倉トーストは名古屋人にとって当たり前の食べ物であり、あんパンよりも小倉トーストなのである。

当たり前すぎて名古屋圏外には広まって無い事を知らず、名古屋めしと認知していない人も多い。

名古屋人がこれ程までに愛する小倉トースト、一度食べてみてはどうだろうか?

パンとバターと餡子があれば自宅でも作れるお手軽名古屋めしだ。

是非ともその魅力に気付き、本場の小倉トーストを食べに着て貰いたい。

あんパンとは違う、バターと餡子の新境地のパンを味わえるだろう。

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