ジャンボエビフライ

何故ならば、ジャンボエビフライなのだ

とあるお笑いタレントの発言で名古屋人はエビフライが好きな人種だと思われているようだが、実際はそんな事は無い。


あれは名古屋の文化をネタにしたいじり芸の中の発言であり、名古屋人に

『エビフリャーって言うんでしょ?』

と訪ねると確実に嫌な顔をされるので止めたほうがいいだろう。場合によっては刀傷沙汰に発展する。

年配の名古屋人の中には今でもあのお笑いタレントを名古屋の品格を貶めた重罪人として扱う者も居て、平日と日曜の昼間に顔を見なくなってせいせいしたと言っているぐらいだ。

あのお笑いタレントが名古屋をネタにする事を止めて暫く経つが、未だに勘違いする人が居て困っているとも言っていた。

名古屋人は特別エビフライが好きな人種なわけではない。そこははっきりさせておかなければならない。



何故ならば、ジャンボエビフライなのだ。

名古屋人はエビフライではなく、ジャンボエビフライが好きなのだ。



ジャンボエビフライ。

それは読んでその名の通り、ジャンボなエビフライだ。

通常のエビフライは15cm程度だが、ジャンボエビフライは25cmはある物が好ましいとされている。

中には尾頭付きの30cmを超えるジャンボエビフライもある。器からはみ出すのは当たり前で、その豪快さがジャンボエビフライの売りの一つだ。

しかし、店によっては二本の海老を繋げてジャンボエビフライと言い張る所もあるので注意して欲しい。太くするために重ねるのは許してもいいが、太さそのままで長くするためだけに連結するのはマナー違反だと思う。


このジャンボエビフライは単独でも十分に魅力があるのだが、そ名古屋ではそれだけでは収まらない。

引き立て役を従える。エビフライから更に加工する。と、魅力を限界まで引き出すのが名古屋流だ。


洋食屋のミックスフライはジャンボエビフライが主役だ。

ミックスフライのジャンボエビフライはホタテフライやヒレカツを押しのけ、悠々と真ん中にドーンと構えている。

フライの王様はジャンボエビフライであり、その他のフライは有象無象のジャンボエビフライを盛るための土台でしかないという、とてもエビフライ力高い意識を持っている。


喫茶店ではサンドイッチにジャンボエビフライだ。

パンに三本もジャンボエビフライを載せ、玉子焼きとキャベツも一緒に挟み、特性のソースを塗ってエビフライサンドにする。

名古屋ではこのサンドイッチを商談の時の手土産にすれば必ず商談が成功すると言われていて、営業に向かうサラリーマンがこぞって購入して行く。先方の事務所の従業員の人数分買うというケチケチしないのがコツだ。


その他に、ジャンボエビフライは冠婚葬祭にも使われる。

披露宴の食事で新郎新婦を祝いながらジャンボエビフライを食べ、葬儀の後の精進落としで故人を慈しみながらジャンボエビフライを食べる。

ジャンボエビフライは縁起が良い食べ物であり、名古屋の人間は人生の節目節目にジャンボエビフライを食べている。

名古屋人はエビフライではなく、ジャンボエビフライが好きなのだ。



何故、名古屋人はここまでジャンボエビフライが好きなのか。

その理由には紆余曲折あるあるのだが、主流な説として『ジャンボエビフライを名古屋城の金のしゃちほこに見立てている』という物がある。

普通のエビフライではなく、ジャンボな所が天守閣に鎮座するしゃちほこたる由縁だろう。


名古屋城とは名古屋市中区にある名古屋の象徴であり、その周りは名古屋市役所や愛知県庁が建っていて、今でも行政の中心区として扱われている。

最大の特徴は別名『金鯱城』と呼ばれる理由の天守閣の屋根に鎮座した金のしゃちほこで、表面が本物の金で出来ている。

この金のしゃちほこはジャンボエビフライだけでなく、名古屋中の様々な物のモチーフにもなっている。

サッカーのチーム名、アイドルのグループ名、芸妓の伝統芸、遊覧船の形、変身ヒーローの姿、名古屋の様々な物がこの金のしゃちほこを元にしている。

名古屋に住む人達は皆、金のしゃちほこを誇りに思っているのだ。


しかし、実はこの金のしゃちほこは戦争中に空襲を受け、名古屋城の天守閣と共に焼失している。

その残骸は名古屋市旗の冠頭と金の茶釜に加工して保存してあり、現在の名古屋城にある金のしゃちほこは復元されたレプリカなのだ。

金を使っているので金のしゃちほこには違いないが、300年もの長い間、名古屋を天守閣の上から見守っていた金のしゃちほこでは無くなってしまっている。

名古屋城の守り神はその役目を終え、世代を交代したのだ。




『この世の物はどれだけ大事にしていてもいずれ無くなってしまう。』


名古屋の人間はこの事をよく理解しているのだろう。

地域性として『名古屋の人間はケチ臭い』と言われる事があるが、これは少し違う。

普段は節約している分、金も物も使う時べき時に派手に使うのが名古屋人だ。

家が傾くほどの豪華な結婚式も、新規開店した店舗の花輪の花の配布も、この派手に使うという考え方の現れだろう。

江戸っ子のように宵越しの銭を持たない主義ではなく、大阪人のようにガメついわけでもなく、使いどころを見極めているのだ。


そんな名古屋人の金のしゃちほこに対する誇りと、派手にする時はとことん派手にしろという考え方が、名古屋独特のジャンボエビフライ文化を産んだのかもしれない。

丼によそったご飯の上にジャンボエビフライを二本挿し、上からデミグラスソースをかけたしゃちほこ丼というメニューがあるぐらいだ。

味が微妙でいまいち人気は無いが、なんだかんだでメニューから消えていないという事はそういう事なのだろう。

金のしゃちほこは名古屋の守り神だ。しゃちほこ丼がどれだけ微妙な食べ物でも粗末には出来ない。


こんな考え方があるからこそ、年配の名古屋人が例のお笑いタレントの事を許せないという気持ちをファンの方は理解して頂きたい。


名古屋人はエビフリャーなどとは言わないし、エビフライが好きなのではない。


ジャンボエビフライが好きなのだ。

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