きしめん
きしめんを食べなければ名古屋から出る事は許されず、入る事も許されない
どれだけ車社会になろうとも、明治時代から続く日本の交通の要とされている鉄道。
その鉄道の中でも日本の最先端の技術の塊でもあり、続々と新しい車両や線路が作られているのが新幹線である。
新幹線は日本にとって他に変える事の出来ない乗り物であり、海外でも日本の新幹線は高速鉄道のシンボルとされている。
その新幹線の駅の中でも特に重要とされているの駅が、日本の真ん中に位置する我らが名古屋駅だ。毎日数え切れないほどの多くの人が利用している。
日本の西から東へ、東から西へ、どちらへの利用でも必ず名古屋駅を通過する。名古屋駅が無ければ日本の新幹線はこれ程までに発達しなかったと言っても過言ではないだろう。
利用者の間には知らない人も居るが、JRの乗車券は走行距離が101kmを超える場合は宿泊用に途中下車をしても乗車券が有効であり、これを利用して名古屋駅で途中下車して宿泊したり食事をしたりする出張サラリーマンは多い。
宿泊用の日数は距離に比例して増え、この制度を上手く活用して目的の駅までの間で幾度か途中下車をして観光地を巡る者も居る。
だが、途中下車は乗車券に付いている権利であり、新幹線や一部快速車両の特急券には付いていないので注意して欲しい。特急券はその車両に結びついているので一度の下車で効果が消失してしまう。
『東京-大阪』という利用ならば『東京-名古屋』と『名古屋-大阪』という二枚の特急券を用意するのが必要だ。
そして、名古屋圏に住む人間の間では乗車券や特急券を用意する他に、新幹線を利用して名古屋駅から愛知県外に行く時と、愛知県外から名古屋駅に来た時、この両方で出国手続き・入国手続きとして必ず行わなければならない儀式がある。
その儀式とはきしめんを食べる事。
昨今の名古屋駅のきしめん報道で新幹線の発射時刻までに食べ終える事が難しくなったが、それでもきしめんを食べなければ名古屋から出る事は許されず、入る事も許されない。
新幹線を利用するためには名古屋駅できしめんを食べなければならないのだ。
きしめんはうどんの一種であり、パスタではフェットチーネと呼ばれる厚みの少ない幅広麺の事だ。
うどんに比べてコシは無いが、それでもつるりとした表面で幅広のため喉越しが良い。うどんは噛まずに飲むのが正しい食べ方だと主張するタイプの人ならば必ず好きになれるだろう。
食べ方はうどんや蕎麦とほぼ同じだ。丼に入れてから温かいめんつゆをかけ、上に油揚げ、葱、かまぼこ、茹でたほうれん草を乗せた物が基本とされている。
このめんつゆは鰹節以外にムロアジと呼ばれる魚の節を使っており、鰹節だけの出汁よりもまろやかでさっぱりとしている。
夏に平たい器で冷たいめんつゆをかけた冷やしきしめんを出す店もあるが、上に乗せる具は変わらない。
ここにかき揚げや卵を追加で頼んでかき揚げきしめんや月見きしめんにする人も多い。
店によっては味噌煮込みきしめんやカレーきしめんを出す店もあるが、やはりムロアジを使っためんつゆで食べるのが一番美味しいだろう。
きしめんが広まったのは江戸時代頃とされているが、実は詳しい事は分かっていない。
愛知県内のきしめん屋でよく語られている説として、
『雉の肉を使用していた雉麺という料理がきしめんに変化した』
『紀州から伝わった料理で、紀州麺からきしめんに変化した』
という説があるが、これだと形の説明が付かず、
他には
『江戸時代に芋川と呼ばれる今の愛知県刈谷市にあった町が平たいうどんを作って食べていた』
『戦国時代に信長がうどんを早く茹でれるように押しつぶして作らせた』
という説もあるが、これだと名前の説明が付かない。
それぞれの説が複合して今の『きしめん』が出来上がったという可能性もあるが、そもそも殆ど口伝で残っているのみであり、しっかりとした資料は無い。
中には室町時代の庭訓往来という寺子屋の教科書のような物に
『小麦粉を練って薄く板状にし、細い竹筒でくり貫き、茹でて黄な粉を塗して食べる中国から伝わった点心がある。それは碁石のような丸い形をしているので、碁石を意味する
という記述があり、これがきしめんの元ではないかという説もある。
しかし、庭訓往来は室町時代から江戸時代まで長く使われた物で、何度も改訂がされているようで確定するには信憑性が薄い。
名古屋市内にはこの説から『きしめん』を漢字で書いた『碁子麺』を採用してメニューに記している店もある。
そもそも、幅広麺が広まったのが江戸時代なだけで、それ以前から食べられていたという可能性は高い。
江戸時代の前の戦乱の時代は戦う事に忙しくて食については二の次とされていて、各地の食文化が纏められて広まったのは落ち着いた江戸時代からだからだ。
だが、多くの名古屋人はそんなきしめんの謎については気にせず、ただ昔から食べられている伝統的名食べ物であり、ハレの日に食べるなんとなく目出度い食べ物だと思っている。
新幹線を利用する際の手続きとして食べるだけでなく、年越しにきしめんを食べたり、大きな商談の前にきしめんを食べたりするのだ。
これは日本三大神宮の一つとして有名な熱田神宮をきしめん発祥の地としている説のせいでもあり、今も熱田神宮の境内できしめんを食べる事が出来るからである。
発祥かどうかは定かでは無いが、熱田神宮からきしめんが広まったというのは正しいのだろう。
江戸時代に東海道を渡って来た人達がこぞって熱田神宮に旅の安全を祈願し、そのお参りの後に当時の名古屋めしを食べていたのだから。
つまり、東海道を渡るものはきしめんを食べていたという事だ。
だからこそ、名古屋人は東海道新幹線を利用する際に旅の安全を願ってきしめんを食べるのだろう。
古来より続く伝統的な儀式だ。
新幹線だけでなく、車でも名古屋に来る事があればきしめんを食べるのをお勧めする。勿論、帰る前にもきしめんだ。
ちなみに、名古屋駅の新幹線のホームの立ち食いきしめんが有名になってしまっているが、実はその有名店の系列店が千種駅の構内にも存在する。
新幹線よりも人の出入りが少ない在来線のホームだからか、味は同じでも千種駅のほうがメニューの種類が豊富で落ち着いて食べる事が出来る。
有名店の味を確かめるために名古屋に来るのならば、新幹線のホームよりも千種駅のホームのほうがいいだろう。
お勧めはもちの入った力きしめんだ。これは名古屋駅のほうの店には無い千種駅オリジナルのメニューで、ムロアジ節の出汁で食べる餅がとても美味しいのだ。
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