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 あたしたちは夕方、坂下さんを訪ねる前に、植木置き場を確認することにした。この現場は敷地が広いため、何カ所か設けているが、A棟用のはここ一カ所しかない。もっとも距離的にもわざわざ遠いところへ持って行く人はいない。

「まだ余裕があるな」

 鬼村さんが言うとおり、まだいくつか植木を置くスペースは棚にも、その脇の地面にもあった。これがぜんぜん隙間なく埋まっていたら、坂下さんに、きのうどこに置いたんですかって突っ込めるのに。

「しかもこの辺はけっこう汚れてる。昨夜、いったん置いたあと、誰かが持って行ったと言われても違和感はないな」

 え~っ、そうかなあ。と思いつつ、そこを見てみると、たしかに土ですこし汚れている。でもこんなの、誰かがいったんここに置いたあと、やっぱりこっちがいいと、べつの場所に置いただけかもしれないし、なんともいえない。

「考えすぎですよ。もっとも空きスペースがあるのが残念ですけど。ここに置いたって言われちゃいますからね」

「まあな。そして昨夜ここに坂下さんが植木を置いたって証言する人もいないだろうな。夜中にこんなところをチェックする人はいないだろうからな」

「当たり前です」

 もし、仮に、森さんの言っていることが本当だとしたら、植木はきのうの真夜中に、ここに運び込まれ、今朝、早いうちにふたたび森さんのバルコニーに運び込まれたことになる。常識的に考えて、ここに森さんの家の植木が置かれているのを見た人はまずいないはずだ。

 もっとも夜中にここを見る人がいるかどうか以前に、そんなものは置いてなかったに違いない。そこは譲れない。

 六時になった。

「ちょっと行ってみるか」

「わかりました」

 六時じゃ、普通のサラリーマンならまだ帰っていない。もっともフリーターらしいから、訪ねてみる価値はある。

 鬼村さんはA棟のエントランスまで行くと、そこにある集合インターホンのテンキーで302を押す。そのまま、マイクに向かって言った。

「すみません。工事のものですけど、坂下さんいらっしゃいますか?」

『……なに?』

 お、いてくれた。

 インターホンのスピーカーから返答がきた。

「ちょっと工事のことでお願いしたいことがありまして。今から伺ってもよろしいですか?」

『……どうぞ』

「はい、今から行きます」

 中から操作してくれたらしく、エントランスの共用扉が開く。

 あたしたちはそこから中に入ると、エレベーターで三階まで上がり、坂下さんの部屋の前でふたたびインターホンを押す。

 数秒待つこと、玄関ドアが開いた。

「なんだろう?」

 中にいたのはまだ二十代のがっしりした体格の男。酔っ払った森さんにいいように使われたことから察して、もっと気の弱そうな男を想像していたけど、けっこう鋭い目つきをした、ある意味鬼村さんに似たタイプだった。

「すみません、ちょっとおたずねしたいことがありまして」

 鬼村さんは手もみでもするかのいきおいで、へらへらと話しかける。

「だから、なに?」

「昨夜、森さんの部屋から、バルコニーの植木鉢を下に運ばれました?」

 坂下さんは一瞬黙った。

 この男の狙いはなんだとばかりに鬼村さんを睨み付ける。ちょっと違和感を感じた。

「なんでそんなことを聞くの?」

「いえいえ、ちょっとした確認です。じつは森さんがおっしゃるには、昨夜バルコニーから下ろした植木鉢がふたたび誰かにバルコニーに戻されたっていうことなんですが、さすがにそれはあり得ないだろうと思いましてね。だとすると、きのうじっさいには植木鉢を下に運んでないのではないかと思いまして」

「下ろしたよ」

「え?」

「だから下ろしたよ。めんどくさかったけど、エレベーターで下ろして、外の植木置き場まで運んだ。間違いない」

 やっぱり、古河原さんの言ったとおりだ。ちょっとだけ、「そうなんだよ。頼まれたけど、めんどくさいからやったことにしちゃった」とか言ってくれるのを期待してたんだけどな。

「あれだけの数の植木を、ひとりでですか?」

「そうだよ。悪いか?」

「いえ~っ、大変だったろうな、と思って」

「ああ、大変だったよ。だけどやったんだ。しょうがないだろう。一応台車はあったからできなくはなかった」

「じゃあ、誰かがまたもとに戻したと?」

「そうなんだろうな。誰かしらないけど」

「どうやって?」

「そんなこと俺が知るかっ!」

 坂下さんはドアを閉めた。

「あ~あ、怒らせちゃいましたね、鬼村さん」

 お客さんに対してなにげに失礼なのは、じつはあなたなのでは?

「ふん。というか、あいつはなんであんなに怒ったんだ?」

 そういえばそうだ。怒らせるようなことは言ってないはずだけど。

 まあ、はなから疑ってるっていうのが態度に出てたのかもしれないけど、あまりに嘘くさい話なんだから疑うなというほうが無理だって。

 あの人はきっと嘘をつくとき、おどおどせずに、相手を威圧して乗り切ろうとするタイプなんだろう。

「インミ~ン、き~むら君」

 後ろから脳天気な声が聞こえた。

 振り返ると古河原さんがいる。すでに私服に着替えていた。

「え、もう帰りですか?」

「あったり前じゃない。もう六時十五分だよ。いい女は、仕事とプライベートを割り切るの」

 そのわりにはよく住んでるところを工事する現場で仕事してますね。

「ちなみにどうだった?」

「古河原さんの言うとおり、森さんの言ったこと全面肯定ですよ。しかも、なんか感じ悪いの」

「ちょっと離れよう」

 鬼村さんに言われて、あたしたちは坂下さんの玄関前から離れた。たしかに玄関の目の前でそこの居住者の悪口をいうのはリスクが高すぎる。

「なあ、古河原、あんたこのA棟にも友達いるって言ったよな。会えない?」

「お、なにがなんでも植木を運んでないことを立証する気ね?」

 古河原さんがなぜか楽しそうにいう。

「いいよ、ちょっと待って」

 スマホを取り出すと、電話した。たぶんその友達にかけてるんだろう。

 しばらく話したあと、通話を切った。

「今いるって。行く?」

「ああ、頼む。どこの部屋?」

「502号室」

「マジで?」

 つまり森さんのちょうど下の部屋? なんという偶然。しかもそこなら上の様子がわかるかもしれない。ラッキー。

「おまえ、そういうことは早く言え」

 鬼村さんにいわれ、古河原さんは舌を出す。

「カモン」

 あたしたちは古河原さんに連れられ、五階に行った。

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