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「おまえらのおかげで、自殺者は死なずにすみ、子供は虐待から救われた」

「おまけに幽霊が存在しないこともわかり、あの部屋の管理会社も大喜びです」

 一夜明け、きょうも所長と主任から小言を言われるかと思えば、珍しく褒められた。

 なにせここしばらく、事件の後現場に来ると、おまえらは居住者を捕まえるのが趣味なのか? と言わんばかりだったから。

 それが終わると、古河原さんから質問攻めを受け、鬼村さんがしぶしぶきのうと同じことを説明する。

「なあるほどねえ。幽霊じゃなくてほんとよかったよ」

 まあ、あたし以上にびびってたからね、この人。

 そうこうしているうちに、例のごとく、刑事ふたり組があたしたちを訪ねてやってきた。

「なんでも聞いてやってください」

 所長はそういいつつ、あたしたちを公権力に差し出した。

 まあ、あたしも彼らに聞きたいことはあったし、鬼村さん、古河原さん、刑事二人組とともに打ち合わせ室に行った。

 細井巡査部長が話しだした。

「一応報告しておこうと思ってね。まず、来栖さんの娘、亜里砂ちゃんだが……」

 あの子、そんな名前だったんだ。

「親戚の家に引き取られることになったようだ。虐待が明らかになった以上、仕方がないだろう」

「まあ、妥当だろうな。あの母親の下じゃ、いつか殺されるかもしれない」

 鬼村さんがうなずく。

 あたしも安心した。それが一番の気がかりだったから。

「その母親だが、どうやら多重人格と思われる。別人格が娘を虐待していたらしい」

 やっぱり。

「そっちの病院に入院することになった」

 細井さんは来栖さんが話してくれたことを、あたしたちに説明する。それは鬼村さんが推理したことと、同じことだった。

 半分、勘とかいってたけど、やっぱりこの人はすげえ。

「まあ、探偵君。君はやっぱりすごいな。なにがすごいって、死人が出ないことだ。今回だって、前回だって死人が出ても不思議はなかった」

 言われてみればその通りだ。森さんの事件のときも森さんが危うかったし、シャンゼリーゼのときは、あたしが危なかった。そして今回、自殺が未遂に終わった上、虐待されていた女の子が救われた。

「さんざん殺されたあとようやく事件を解決し、あげくに犯人に自殺されるミステリーの名探偵とはえらい違いだよ、じっさい」

「買い被りですよ。少なくとも連続殺人につながるような事件には遭遇してませんから」

「ちょっと鬼村ぁああ。なに、かっこつけてんのよ?」

 いきなり打ち合わせ室のドアが開き、飛び込んできた人がいる。

 森さんだ。ひょっとして立ち聞きしてた?

「虐待の原因が、母親の多重人格であることを看破したのはあたしですからねっ! そして他人格を植え付けたのがシャンゼリーゼ神谷であることを見抜いたのも」

 森さんのいきおいに押されつつ、細井さんがつぶやいた。

「なんだ、被害者だった人じゃん」

 もっと言ってやってください。

「なんですってぇえ!」

 森さん、こう言っちゃなんですけど、誰もあなたのこと探偵だなんて思ってないですから。あなたはせいぜい記述者にしかなれません。あたしと同じように。

 シャンゼリーゼ黒幕説なんて、誰ひとり信じてませんから。証拠どころか、論理的な根拠すらないし。

「よう、また事件解決したって?」

 厳つい顔をした新たな闖入者が。

 塗装屋の鴻上さんだ。

「すげえよな、鬼村さんはよ。だから言ったんだよ、俺は。幽霊なんかいるわけないってな。わははは」

 言ってたっけ、そんなこと?

「これでお祓いも必要ねえな」

 いっしょに鳶の三鷹さんも来ていたらしい。

「まあ、巫女さんのお祓い姿を見たかった気もするが」

 え、あんたそういうキャラだったんですか? 元やくざの鳶職が巫女さん萌え?

「アヤちゃーん。聞いたよ、聞いた。いえーい」

 いきなり飛び込んできた女子高生。もちろんピカちゃんだ。笑顔で古河原さんとハイタッチ。

「でもアヤちゃんは今回びびってなにも活躍しなかったんだって?」

 古河原チョップがピカちゃんの頭に炸裂した。

 きょうはいったいなんなんだか?

 あたしは内心呆れだした。でもなんだかんだいって、幽霊騒動はみな気にしていたらしい。それが解決して、みんな興奮してるんだろう。

「もう、うるさーい」

 豆タンク大田原巡査が金きり声を上げるが、誰も聞いてない。

「ところで探偵君。三年前の事件なんだが、あれってあのままの事件なの?」

 些細でいた面々が静かになる。どうも、みんなそれも気にかかっているらしい。

「つまり、ほんとは親子心中なんかじゃなく、第三者による殺人じゃないかってことですか? つまり密室殺人だったんじゃないかと」

「おお、ずばりそうなわけ?」

「さあね」

 鬼村さんは首をすくめた。

「興味ありませんし」

 え、あんだけ興味津々だったくせに。どんだけ頭をひねっても、密室殺人には仕立て上げられなかったってことか?

「またまたあ」

 細井さんがつんつんし出す。

「たぶん、そのままの事件ですよ、あれは」

 鬼村さんがそういうと、細井さんは明らかにがっかりしていた。そんなに事件に飢えてるの?

「そりゃそうよ。だってあの事件で四谷さんはシャンゼリーゼに洗脳されていて……」

 細井さんもスルーした。

「じゃあさ、あの変な噂は? 廊下に女の子が立っていたとか、斧でドアを叩き破る音がしたとか」

 古河原さんが聞く。

「それって、あんたが流したんじゃないのか? おもしろおかしい記事を書くために」

 鬼村さんは森さんに聞く。

「冗談でしょ? あたしがそんなことするわけないじゃないっ!」

 どうだか? 言われてみれば、一番怪しい人間だ。もっともなんの証拠もないけど。

「ごめーん、それあたし。『シャイニング』って映画見て……」

 おまえか? ピカちゃん、おまえがその噂を流した犯人か? びびらせやがって。

「ほうら、見なさい。あたしがそんなせこい真似をするとでも」

 胸を張って威張る森さん。

「へいへい、すみませんでしたね、それは」

 鬼村さん、棒読み。

 ええっと、なにげに失礼ですよね。一応お客さんですけど、その人。

 そして最後にがらりと部屋に入ってきたのは、所長だった。

「おまえらいい加減に仕事しろっ!」

 はい、すみません。


第三話 終わり

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お客様、工事現場での推理は天候に左右されます 南野海 @minaminoumi

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