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「十万円、払いに来ましたぁ」

 あたしはシャンゼリーゼの玄関前インターホンを押すと、、そう言った。

『どうぞ、開いてるわ』

 スピーカー越しにシャンゼリーゼの声が聞こえる。

「失礼しま~す」

 遠慮なく玄関ドアを開けて、中に入る。後ろから鬼村さんと古河原さんも続いた。

 リビングに行くと、シャンゼリーゼは高級そうな机の奥で、椅子に座っていた。

「あらあら、皆さん、おそろいで」

「ああ、俺も幸せのペンダントとやらを買おうかと思ってね」

 鬼村さんが心にもないことを言う。

「素敵な冗談ですこと」

 シャンゼリーゼが笑う。

「ひどいじゃないですか? きょう代金を支払えば、災難はやってこないはずじゃないですか?」

 あたしは抗議する。

「あら、だってあなた、そこの彼氏と私を裏切る相談をしていたでしょう? だから、災難に見舞われたのよ」

「どうしてそんなことがわかるんですか?」

「私にはわかるの。神の眼があるのですから」

「神の眼? それはこれのことか? どっかというと、耳だろ?」

 鬼村さんはごく小さな機械を数個、彼女に放り投げた。

「ワイヤレスの超小型盗聴器だ。作業員詰め所、打ち合わせ室、事務所、けっこういろんなところに仕掛けたな。ご苦労なことだ」

 え、そんなものが仕掛けられてたの? 鬼村さん、知ってたんなら教えてよ。

 思わず鬼村さんを見てしまった。

 シャンゼリーゼはちょっと意外そうな顔をしている。

「とんだ言いがかりね。そんなものは知らないわ。だいたい私が占う相手すべてを、盗聴器で事前に調べていたとでも言うつもりなの? 馬鹿げている。そんなことができるわけないじゃない」

 たしかにそれはそうだ。彼女が占っているのはこの現場の人間だけじゃない。それにそもそもどうやって仕掛けたかという問題もある。

「それはそうさ。電話予約してきた客の家や職場にあらかじめ盗聴器を仕掛けて情報を収集するなんてことは不可能だ。そもそも予約した時点では、あんたはその客の住所も職場も知らない」

 そういえばそうだ。あたしも予約したとき、そんなことは聞かれなかった。そもそも名前も偽名だったし。

「ウェブサイトで広告を出しているし、手広く客を集めているように見える。だから事前に盗聴で情報を得るなんて不可能だと思ってしまう。俺も最初はそう思った」

 ええっと、つまり?

「客を限定すれば話はべつだ。あんたはこの現場と、ピカの高校に絞った。それ以外の客は忙しいからと断ればいい。そうすれば盗聴器も仕掛けられるし、誰かひとり仲間に引き込めればそこから情報を得ることもできる。現にピカの友達が何人もここの客になってることはピカから聞いてるし、現場の職人もそうだ。何人も客になってる。そしてそいつらから聞き出した話は新たな情報として蓄積される。あんたに心酔する人間が増えればそれだけで情報なんて勝手に集まってくる。詳しい情報さえ事前に入ってくれば、占いなんて当たるさ」

「つまり、あたしが偽名でここに来たのは、盗聴器で情報が筒抜けだったんですか?」

「そういうことだ」

 ひょっとしてこの人、はじめからわかってて、たんに確かめるためにあたしにあんなまねをやらせたんじゃないだろうな?

「もちろん、顔写真やプロフィールは事前に手に入れていた。たぶん、盗聴器を仕掛けたやつだ。途中から信者が増えるから協力者は次々出てくるが、一番最初は誰かスパイを使ったはずだ。まあ、これに関しては証拠はないが、たぶん蘭丸を誘った染谷とかいう若い塗装屋だろう」

 そうか。職人であれば、詰め所や打ち合わせ室はいつでも入れるし、現場事務所だってなんらかの用事があれば普通に入ってこれる。盗聴器は仕掛け放題だ。

 それに蘭丸君が言うには、染谷はいろんな客層がシャンゼリーゼを絶賛してたと言っていたらしいけど、そういう情報を流すことで、盗聴先を絞っていることを隠そうとしたのかも。

「で、でもちょっと待って。こいつは素性を当てたりするだけじゃなく、悩み事をじっさいに解決したのよ。それはどうやったのさ?」

 古河原さんは納得いっていないようだ。もっとも、あたしもそのへんのからくりはよくわかっていない。

「悩み事を解決? そうだな、たとえば蘭丸の場合、なくなった時計のありかを教えてもらったとかか? そんなのこいつの手先が時計を隠して、ありかを教えただけだろう」

 つまり染谷の仕業か?

「じゃあ、若いOLの彼女ができたっていうのはなんなのよ?」

「こいつはいろんな情報を握っている。彼氏のほしい女、彼女のほしい男。それぞれの趣味を考慮して、偶然を装い掛け合わせた。かなりの確率でカップルが成立するだろう?」

「だって鬼村君。あんたさっき客はこの現場とピカちゃんの高校に限定したって言ったじゃん? 蘭丸君の彼女はOLだし、あとは……たとえばピカちゃんの彼氏はイケメンの空間デザイナーだかなんだかでしょ?」

 そういえばそうだ。少なくとも、若いOLやビジネスマンにも客層を広げているはず。

「その若いOLっていうのがピカの友達で、空間デザイナーが蘭丸だ」

「はああああ!」

「裏をとった。蘭丸が白状した。ナンパしたとき、空間デザイナーって名乗ったってな」

 あの野郎。なにが空間デザイナーだ。それにイケメン? ピカちゃんの友達もけっこう見栄張りだな。しかも自分をOLだと偽ったのか?

「じゃあ、ピカちゃんの友達が暴走族にいじめられてたってやつは?」

「塗装屋の親方鴻上さんならそういう話を聞けば動くって思ったんだろうな。じっさい、そうなったし」

 おまけで古河原さんが付いてきたのは予測できなかったろうけど。

「じゃ、じゃあ、あたしが教えてもらった株が上がったのは?」

 古河原さんが聞く。

「そんなのあんたが株好きだって知ってたから、事前に上がりそうな株を調べておいたんだろう? たまたま予想が当たって上がっただけだ」

「そうなの?」

「じゃあ、さっきの植木鉢が落ちてきたのは?」

「とうぜん、こいつの仕業だ。もっともやったのはべつのやつだろう」

「べつのやつ?」

「手先だよ。俺の予想通り応援で入っていた塗装屋染谷なら、きょうはいないはずだが、一度現場に入っている人間なら、いても誰も不思議に思わない。まあ、親方の鴻上さんなら不審に思うはずだが、そういう人の前には姿を現さないだろう」

「あれはあたしを殺そうとしたんですか?」

「ちょっと脅すだけのつもりだろ? これ以上、余計なことを探られないように。もっとも当たったら当たったで構わないと思ってたかもしれないがな」

 殺す。この女殺す。

「動機はなんなの?」

 古河原さんが聞いた。

「そんな決まってるだろ? カモにインチキ商品を高く売って稼ぐためだ」

 ちなみにカモ一、古河原さん、カモ二、あたし。いや、蘭丸君とかピカちゃんとかもっといろいろいるな。

「なにか、言いたいことがあるか?」

 鬼村さんはシャンゼリーゼに詰め寄った。

「うふふふ。なかなかおもしろい話ねえ。だけど残念。なにひとつ証拠がないわ。詰めが甘いわねえ、名探偵さん」

「証拠? 証拠ならこの部屋の中にある。盗聴器を仕掛けた以上、レシーバーがあるはずだからな」

「あら、悪いけど家捜しなんか許可しないわよ。捜査令状持った警察なら仕方ないけど、あなたたちはただの素人。そんな権限はない」

 涼しい顔をしている。

 もう、こうなったら無理矢理探したらどうなの? 見つかったらそれこそ言い逃れできないだろうし。まあ、なにも出なかったら、大問題かもしれないけど。

 ん? ……待てよ。

「鬼村さん、もうそのレシーバーとやらは処分してるんじゃないですか? だって、鬼村さんがマイクを見つけて撤去したんでしょう? その時点で気づいてるはずですよ。きっと罠です」

 危ない、危ない。この女、なにも出ないことを知っていて、家捜しさせる気だ。こっちを悪者にするために。

「いや、それはないな」

「どうしてですか?」

「さっき盗聴器を見つけたと言ったのはブラフだ。あれは偽物だ。だから逆にこの女、盗聴器を仕掛けたのがばれたことに気づいていない。だからそのままきっとレシーバーも残してある」

 シャンゼリーゼの顔を見た。そのポーカーフェイスからはなにも読み取れない。

 鬼村さんの言うとおりなのか?

「ということで、レシーバーを探そう。古河原、邪魔されないようにあの女を組み伏せてくれ」

「ええ? なんか気が乗らないな。一応、株でもうけさせてもらったわけだし。それにか弱い女に暴力を振るうのもなあ」

「相手は女だし、俺が組み伏せるとなにかと問題が大きくなるだろ? それにあんた勘違いしてる」

「なにを?」

「あの株、きょうの夕方、暴落したけど」

「はあああっ?」

 ぎらっとした目で、シャンゼリーゼをにらんだ。

「知らないわよ。適当に言った銘柄がたまたま一時的に上がっただけだし」

 え、開き直った?

「だありゃああ!」

 古河原さん、ジャンプ。飛びけりがシャンゼリーゼを襲う。

 しかし古河原さんの蹴りが炸裂することはなかった。シャンゼリーゼが座った体勢から風のような動きでかわしたからだ。

「嘘?」

 驚愕する古河原さんにシャンゼリーゼの回し蹴りが飛ぶ。

 びゅわっ。

 風きり音がここまで聞こえた。

 スエーバックでそれをかろうじてかわす古河原さん。

 え、なにこの展開? なんかバトルがはじまったんですけど。

「舐めないでよね」

 シャンゼリーゼの前蹴り。するどい!

「上等」

 古河原さんが横に飛んでそれをかわすと、顔面に向けてパンチ。

 ブロックされる。

 互いにパンチの応酬。なんかふたりともすごい勢いでそれをたたき落とす。

「見とれてるな、今のうちに探すぞ」

 え、ほっといていいの?

 鬼村さんはシャンゼリーゼの机の裏にまわった。なるほど、あそこで情報を管理してるなら、レシーバーもそこにある可能性が……。

 シャンゼリーゼに隙ができた。鬼村さんを行かせまいと、古河原さんから目を離した。

 ばしーん!

 その瞬間、古河原さんの回し蹴りが炸裂。勝負は決まった。

 倒れたシャンゼリーゼを取り押さえる古河原さん。

「見ろこれを」

 鬼村さんに言われるがまま、机の裏にまわると、そこにはパソコンだの、隠しカメラのモニターだのが並んでいる。トランシーバーのようなものも複数あった。これが超能力の正体らしい。

「どうするんです?」

 警察に連絡するのはまずいんじゃないだろうか? どっちかというと家に押し入って張り倒したこっっちに非がある気がする。

「ずらかろう」

 鬼村さんは証拠になるパソコンを拝借すると、とっとと逃げ出した。

 あたしたちをおいて逃げるな!

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