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「ふ~ん。そういえば、あたしもその話聞いたことがある」
事務所に戻ると、古河原さんに聞いてみた。やっぱり知っていた。さすが、このマンションの情報女王。
「友達の女子高生が言ってたね」
「友達? 女子高生とも交友があるんですか?」
「うん。同じ棟の子だし」
話、合うのか? いや、なんか合いそうだな。
古河原さんの場合、中学生でも小学生でも仲良くなれそうだ。
「でもそれって、都市伝説の一種みたいなもんじゃなかったわけ?」
この人にしては、案外まともなことを言い出した。
「高校生の間で広まるのはともかく、現場のおっさんまで同じことを言い出すとなると、侮れないね」
ま、まあ、たしかにそうかも。
「インミン、行ってみたら? 今からでも」
「興味ありません。っていうか、まだ仕事中です」
っていうか、その変なあだ名はまだ自然消滅しないのか。
「いいじゃん。どっちみち開店休業だし」
まあ、雨で職人さんも帰ったし、所長も主任もいない。だから、こんな話をだらだらと事務所でしていられるんだけど……。
「じゃあ、あたしが行ってこよっかな?」
え? あんた、事務員だし、雨関係ないじゃん?
まあ、あたしにしろやるべき内勤の仕事はあるから、遊んでる場合じゃないんだけど。
「そういうところって予約とかいるんじゃないの?」
「そういえば、そんなことを聞いた気もする。ま、だめならだめでべつにいいじゃん?」
まあ、好きにしてください。
「というわけで、鬼村くん、インミン、あとよろしく~っ」
そういって、事務所を風のように去って行った。
やりたい放題だな!
鬼村さんはそんな古河原さんの態度に怒りもあきれもせず、むしろうるさいやつがいなくなったとばかりに、リラックスした態度で足を伸ばし、コーヒーを飲み出した。
完全にサボりモード。
まあ、そういうあたしも席を離れてぷらぷらしつつ、お菓子をあさったりし始めた。
そんなだらだらした時間がどれくらいたっただろう? トイレから戻ったとき、なにげなく鬼村さんのパソコンをちらっと見てみると、ワードでもエクセルでもなくウェブサイトが開かれていた。どう考えても、仕事と無関係のサイトだけど。
ぜったい遊んでるよ、これ。
かったるいけど、工程写真の整理でもしようかな。
なんとかやる気を奮い起こして席に着く。
「うひひひひひ」
なんか不気味な笑い声が……。
声の方向を見ると、鬼村さんは薄気味悪い笑みを顔に貼り付けながら、なにやらかしゃかしゃとキーボードを叩いている。
ぜったい仕事じゃないよね、あれ。
なんか壮絶にいやな予感がした。
こっそり立ち上がると、鬼村さんの机の後ろに回る。パソコンのモニターをのぞき込んだ。
「な、なにやってるんですかっ!」
どう見てもそれは某巨大掲示板。よく見ると、創作系のスレッドらしい。
『南ミンミンの「奥様は二丁拳銃」、電子書籍で絶賛発売中。作者じゃないけど、これすごくおもしろいよ。よろしく!』
の、のわぁあああああ?
「新作だろ、これ? 宣伝してやったから。ありがたく思え」
したり顔でいう鬼村さん。
「や、やめてぇえええ!」
こ、この男は、いくら暇だからといってとんでもないことを!
炎上したらどうしてくれるんだい!
案の定、モニター上では「自演乙」だの、「ここまであからさまな自演ははじめて見た」だの、さんざんな書かれようだ。
ははは。これであたしも自演女。
「これで印税アップ間違いなし!」
嘘をつけ。嘘を。これであたしの名前はブラックリスト入り間違いなし。
これで万が一あたしがプロデビューすることがあったとしても、のちのちまで「あいつはデビュー前、ネットで自演して宣伝してたやつ」という悪名を背負って生きていかなくてはならないのだ。
「これで、わざわざ占ってもらわなくてもよくなったな。どうすれば印税がアップするか?」
「大きなお世話ですっ!」
「定期的にやってやるから。そうすれば、もっと印税アップまちがいな……」
「ほんとかんべんしてください! まじで。お願いします」
ほんとにやりかねない。この男は。頼むから古河原さんを巻き込まないで。
じつはあっちのほうがさらにたちが悪い。
いや、どっちもどっちか?
まったく、この男に暇を与えるとろくなことにならない、ということが判明しました。早く帰ってこないかな、主任。
だが帰ってきたのは、主任ではなく古河原さんだった。
「あいつ、すげえ」
なんか呆然とした顔で、つぶやいた。
「え、あいつって?」
「決まってんでしょう? パーフェクト占い師よ」
そういえば、この人はそれに会うために、仕事をどうどうとさぼっていたのだ。
「どうすげえんだ?」
鬼村さんが反応した。
「ほんとに当てた。なにもかも」
そんな馬鹿な? いくらなんでも大げさに言ってるだけですよね?
「具体的には?」
なぜか鬼村さんはノリノリだ。
「まずあたしがここで働いていることを当てた」
それはたまたまこの事務所に用事でもあって、古河原さんの顔を見たんじゃ?
充分あり得ることだった。ここの居住者なら工事のことを聞きに事務所に立ち寄ることは、べつに珍しい話でもない。
「しかもあたしがここのマンションの住人であることも当てた」
それもたまたま知ってたんじゃ?
なにせ同じ敷地内に住んでるわけだから、どこかで顔を見ていたのかも。
まあ、人の顔を覚えるのが異常に得意な人もいるし、あり得ない話じゃない。
鬼村さんも内心あたしと同じことを考えているのか、不思議そうな顔をしていない。
「ま、まあ、そこまではあたしも、たまたまあたしのこと知ってたのかな? って思ったけど、なんとこの前の植木事件で、あたしが犯人に蹴りを入れたことまで知っていた」
う、う~ん? それは……。
それを知っているのは、この事務所の連中と、森さん、高中さん、あとは警察と犯人。こっから、……漏れる?
「それから、あたしの友達にネットで小説を書いてる子がいるってことまで当てた。しかもその名前はインミン!」
「嘘だ。それはぜったい嘘だ!」
いくらなんでもあり得ない。
「ま、まあ、インミンって名前を当てたのは嘘。だけど、小説書いてる友達がいるってのはほんとに当てたのよ」
ほんとかよっ!
「あと、あたしに現在恋人がいないとか、そのくせたいしてほしがってないとか、そういうことまで当てたんだから」
それは、なんとなく見た目から判断したんじゃないでしょうか?
「どうせ事前に下調べしたんだろう?」
鬼村さんが言った。あたしもそう思う。
「どうやって? あたし飛び込みで行ったんだけど」
「う?」
鬼村さんが詰まる。
そうだ。そういえばそうだった。
「でも予約がいるって話じゃなかったっけ?」
「普通はそうなんだって。だけど、たまたまキャンセルが出たんで、対応してくれたのよ。だからあたしが来ることを予想できたはずがないでしょ?」
たしかにそうだ。きょう、古河原さんがその占い師のところへ行くことは、きょうの午前中の時点では誰にも予想が付かなかったはず。当の本人ですら、そんなつもりはさらさらなかったはずなのだ。午後になるまでは。
……どういうこと?
「あれは占いってレベルじゃないね。超能力よ」
古河原さん、あなたいつからオカルトマニアになったんですか?
鬼村さんは、なんか渋い顔で考えごとをはじめた。
「ま、まあ、べつに超能力だろうが、パーフェクト占いだろうが、べつにいいじゃないですか。べつに誰も損してないことですし。まさか、古河原さん、なにか売りつけられたわけでもないですよね」
「え? 幸運を呼び寄せるペンダントなら買ったけど」
「買ったんですか!」
「だって本物だよ、あいつ」
そういってペンダントを見せびらかす。たぶん金メッキ。べつに宝石の類いはついていない。
「いくら払ったんですか?」
「五万」
鬼村さんが、馬鹿を見る目つきで、古河原さんを見た。
あたしもそう思ったけど、まあ、五万ならたいした被害でもないか。詐欺で訴えるにしろ、微妙な金額。たぶん、一回の利益を落として、数で勝負ってやつ?
「なんでそんなの買うんだよ? なんか今悩みでもあるのか?」
「うん。なんか最近ちょっとノイローゼ気味なのよ、ちょっと。なんかひとりでいるときも誰かに監視されてるような気がして」
え? それ誰の話ですか? まさか自分の話じゃないですよね? あなたがそんな繊細な神経しているとはとうてい思えません。
「気のせいだろ?」
鬼村さんは半ば呆れ気味の顔で言った。
「うん、占い師もそう言った。それ聞いて気が楽になったんだけど、それでもなんかね。厄除けの意味で」
そういうわりには、ぜんぜん悩んでるように見えないんですけど……。
「由美、おまえも行け」
「なんでですかっ!」
あたしを詐欺の餌食にする気満々だな、この人。
印税アップの方法を聞いてみろってギャグはもういいから!
「興味がある」
「だよねえ」
古河原さんが同意したけど、鬼村さんの興味はどういうインチキをしたかに決まっている。あたしを生け贄にして、必用なデータをとる気だ。
「自分で行ってくださいよっ!」
「俺みたいのが行ったら変だろうが。こういうのはとろそうな女が行った方が油断するって。だろ?」
なにげに人のこととろいとかほざいてるしっ!
まあ、それはともかく、鬼村さんが占い屋に行くのが変だというのは同意する。たしかに変だ。すっげえ変だ。違和感ばりばり。
「油断するって?」
古河原さんが不審げな顔で聞いた。対決する意思にあふれたこの単語の意味がぴんとこないらしい。
鬼村さんは無視してあたしに命令する。
「偽名で予約しろよ」
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