第2話 お客様、占いを信じるにもほどがあります
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建物の大規模修繕工事では、新築工事同様、朝礼から始まる。朝八時十五分からラジオ体操をおこない、その日の作業内容を各業種ごとに発表し、作業箇所の重複や上下作業による危険がないか確認する。さらに所長や主任の安全訓話がおこなわれるわけだ。
朝礼後は各業者が個別にミーティングを行い、その日の作業の確認、どういうことが危険かなどを話し合い、それから作業にかかる。
そして昼食後、一時からは各業種の職長を集め、次の日の作業内容を確認し、調整を行っていく。これは昼の打ち合わせとか、昼礼などと呼ばれている。
あたしは昼礼のため、ミーティングルームに行った。
所長は普段からこのミーティングには出ない。主任はきょう、他の用事で欠席のため、出席者は鬼村さんとあたし、あとは各職長さんだ。
なんか鬼村さんがにやにやしている。超絶いやな予感がした。
それどころか、職長さんたちも顔にうすら笑いを浮かべている気が……。
「なんかおもしろいことでもありました?」
「おもしろいこと? ああ、そうかもな」
鬼村さんはさらににやつく。
ぜったいなんか企んでる。それもろくでもないことを。
過去何度、この鬼村さんや、事務の古河原さんに悪戯を仕掛けられて遊ばれたことか。「由美、なんか気づかないか?」
なんか? とくに違和感はないけど……。
そう思いつつ、あたりを見回してみる。
んん? 壁になんかポスターのようなものが貼ってある。A4くらいの大きさのカラーで華々しいものが……。
それは通常現場に貼る安全関係のポスターなどではなかった。なんせいわゆるアニメ絵が描かれたあったからだ。ドーベルマンとチワワと柴犬を引き連れたツンデレ風女子高生の絵が。
「おおお?」
思わず声に出た。なぜならそのポスターのようなものには、「イヌイヌ探偵団」と書かれてあったからだ。
これはあたしが電子書籍として売り出している「イヌイヌ探偵団」の表紙。ネットで知り合ったラノベ絵師、AKANEちゃんに頼んで描いてもらったものだ。それを拡大コピーして貼ったらしい。
しかもよく見れば一枚だけじゃない。
あっちにどどーん。
こっちにばばーん。
「いったい何枚貼ったんですかっ!」
「え? さあ、覚えてない。数えてみれば?」
目眩がした。数える気力もないほど、たくさん貼ってあったからだ。
それどころかよくよく見れば、切手大の小さいやつまである。それがペン立てやら、書類入れやらにぺたぺた無数に貼ってあるではないか?
これはぜったいひとりの仕業じゃない。小河原さんも絡んでる。
「ここまでやるっ!」
あたしがにらむと、鬼村さんはちっとも悪びれずに言った。
「なんだよ、怒るなよ。宣伝だよ、宣伝?」
「宣伝?」
「だっておまえ、これ電子書籍として売ってるんだろ? だけど印税が少ない少ないって嘆いてたじゃないか?」
嘆いてたっけ? いや、そんなことはしてない。ましてや買ってくれなんてお願いした覚えは絶対にない。
「だから、こうして宣伝して職人さんたちに買ってもらおうと、涙ぐましい努力を先輩の俺がしてやってるっていうのに、なんだその態度は?」
「大きなお世話です」
「そう言うなよ。ということで、職長の皆さん、買ってやってください」
「了解!」
そういってグーサインを出したのは、塗装屋の職長、鴻上さんだ。
「水くせえな、由美ちゃん。最初から言ってくれよ。そしたらうちの職人全員に無理矢理買わせたのによ」
無理矢理買わせないでください。
この人はいわゆる昔気質の職人で、気っぷはいいが筋の通らないことをやると、相手が監督だろうが居住者だろうが噛みつくタイプだ。六十を超えてるから髪も白くなっていて、顔はちょっと……というかかなり強面でヤクザと間違われる。大柄ですこしでっぷりしてるがその分怪力。そのくせすごい身軽だ。
「そういうことなら俺も買うよ」
シール屋の職長、坂巻さんも乗ってきた。
こっちはまだ若くて三十代。なかなかのイケメンで細身。けっこう負けず嫌いらしい。
「まあ、そんなことより、打ち合わせを進めないとな。遅れちまったぜ」
あんたのせいだろうがっ!
もっとも鬼村さんに、そういう意識はまるでないらしい。当然のことをやって、その結果、打ち合わせの開始がちょっとだけ遅れた。それくらいに思ってそう。
その後、鬼村さんの司会により、普通に打ち合わせが始まり、とくに問題なく終了した。
さあって、打ち合わせも終わったことだし、さっそくこいつを剥がそう。
「おっと、由美。そいつを剥がしたら、あしたには倍の数、貼っとくぞ」
「ええええ!」
なにそれ? すごいパワハラですよ。
「ま、由美ちゃん、宣伝のため、もうすこし貼っておけよ。な?」
鴻上さんに肩を叩かれた。
この人は好意で言ってくれてるんだろう。……たぶん。
「そういえばよ、ちょっと小耳に挟んだんだが……」
なんか雑談モードに入りそうな雰囲気。
「もう、鴻上さん、仕事はいいんですか?」
「だから、今打ち合わせでも言っただろ? 午後からは店じまいだ」
そういえばそうだった。昼前から降ってきた雨のせいできょうはもう仕事にならないらしい。ほんとは午後三時くらいから降るはずだったのに、予報もいい加減だ。
なんにしろ、雨が降っては仕事は無理。それは塗装だけでなく、シール、防水、ぜんぶだめ。とくにきょうは雨がかからない箇所での仕事もないからしょうがない。
「なんかここのマンションの中に、すげえ当たる占い師がいるらしいな」
「すげえ当たる占い師?」
ここにはマンションが数棟あるため、住戸数でいうと千を超える。中にはそういう商売をしている人もいるかもしれない。あくまでも集合住宅なんで、店舗として看板出すのは難しいかもしれないけど、これだけネットが発達しているなら、宣伝はWEBでおこない、個人の部屋に客を呼ぶシステムにすれば、マンションでも商売が可能だ。
「うちの若いのが行ったんだが、仕事の悩みから私生活の悩みまで、こっちが言うまでもなく、当てられたとか」
ええ? なんかうさんくさいんですけど。
「その話、俺も聞いたことがある」
坂巻さんまでそんなことを言い出した。
「なんでもパーフェクト占い師って言われてるそうじゃないか?」
ますますうさんくせえ!
「ふ~ん? で、それってどの部屋?」
鬼村さんが聞いた。興味あんの?
「D棟の202号室って話だけど」
D棟。そこはまだなんの工事も手をつけていない。だから中に入ったこともなかった。
「由美、おまえ行ってきたら?」
「興味ありませんよ、占いなんて」
「変わった女だな。そういうのって女なら興味津々だろ?」
「人それぞれです」
まあ、友達にも占い好きな子はけっこういたけど、あたしはそうでもなかった。だってぜんぜん信じてないもん。遊びの一環でやるならまあいいけど、お金を払ってまで見てもらいたくはない。
っていうか、変わった女とか言うなっ!
「人のことより、鬼村さんこそ興味あるんですか?」
「だってパーフェクトだぞ。あり得ねえけど、だからこそミステリー的にちょっと興味がある」
つまりからくりがあるはず。どんなインチキをしているか興味があるってことですか?
そういう意味なら、あたしもちょっとだけそそられるかもしれない。
だけどどうせ、塗装屋さんやシール屋さんの若い子が、大げさに言ってるだけだろうし。「由美、おまえ占ってもらえばいいじゃん? どうしたら印税たくさん稼げますかって?」
それが言いたかっただけだろっ!
案の定、鬼村さんはげらげら笑い出した。
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