9 第1話終わり

「おまえら、きのうなにやったんだ!」

 けっきょくあたしたちは、次の日、現場事務所で円山所長に怒られた。

 なにせ、現場の中に警察がやってきて、坂下さんの部屋やA棟の足場などを調べだしたわけだから。もちろん、所長や主任も事情聴取されたらしい。

 あたしたちは昨夜の時点で警察になにがあったか聞かれたけど、遅い時間だったこともあり、けっきょくきょうも刑事さんいろいろつっこまれた。

 というわけで、この日は一日仕事にならなかったわけだから、所長が怒るのも仕方がない。

「まあまあ、インミンたちは一般市民として、犯罪者逮捕に協力しただけですし」

 古河原さんが取りなした。というか、この人も張本人のひとりだけど。

 ん? っていうか、この人が一番暴れたんだけど……。

「ま、まあ、おまえらのおかげで森さんは無事だったわけだからしょうがねえか」

「そうです。やっぱり所長はものわかりがいい!」

「というか、真相がわかった時点で警察を呼ぶべきでした。自分らで処理しようとしたのは危険すぎます」

 べつの観点から苦言をいったのは主任だ。

「まあ、あの時点ではいっさい確証がありませんでしたから、警察も動きませんよ、たぶん」

 しらっとこういいきるのは鬼村さん。

「そういう台詞は、警察が動かなかった場合に言うべきですね」

「う、まあ、それはそうですが……」

「もし、古河原さんが殺されてたらどうするんですか?」

「い、いや……」

 鬼村さんもけっこう主任は苦手らしい。

 とはいえ、推理だけでなんの証拠も根拠もなかったわけで、たぶん警察も動きようがなかったんじゃないかな?

「すみません。説教中すみませんが、その三人お借りできますか?」

 話に割り込んできたのは、所轄の刑事さんだ。まだ聞き足りないらしい。もういい加減、勘弁して。

「ああ、いいですよ」

 ふり返りざま、あたしたちに言い放つ。

「次から気をつけろ」

 ようやく解放されたかと思えば、また警察の相手かぁ。

 あたしたちは事務所の外に出る。刑事さんは二人組。ふたりとも三十歳くらいで、あたしたちを連れ出した長身痩躯なのが、たしか細井巡査部長。いつもにやけた顔をしているちょっと残念なイケメン。

 もうひとりは女性刑事で大田原巡査。小柄で太った豆タンクといった感じ。顔のパーツひとつひとつは悪くないけど太りすぎのためルックスはよくない。

「けっきょく坂下は森さんちからなにを探し出そうとしてたんですか?」

 聞かれる前に聞いた。ちょっと気になっていたのだ。

「それだ。それがまったくわからないんだよ。坂下は口を割らないし、森さんもなぜか口を濁す。なんかすごい謎でも追ってるのか? 君らそのへんなにかこころあたりがあるんじゃない?」

 そんなものはあるわけないです。

 そう思いつつ、ちらっと鬼村さんを見た。もし、わかるとすればこの人くらいだ。

「見当も付きませんね」

 鬼村さんはそう答える。ほんとにそうなのか、とぼけているのか、あたしにもわからなかった。

「なんだ、冷たいな。ほんとは検討ついてんだろ、名探偵君。なあ」

 細井巡査部長が人なつっこい顔で、つんつん鬼村さんをつつく。

 なんかこの人の中では、鬼村さんは名探偵として認定されてらしい。

「いや、むしろわかったらぜひ教えてください」

「こらっ、隠すと為にならないぞっ」

 大田原巡査が甲高い声で言った。両手をぱたぱた振るいながら。

 なんか威厳ないんですけど……。

 その態度が滑稽なのか、古河原さんにいたっては吹き出しそうなのを必死でこらえてるような顔をしている。

「まあいい。地道にやつを落とすよ。それはそうと、なんか難しい事件が起きたら、相談してもいいかい?」

 刑事のプライドは?

 まあ、ミステリー小説に出てくる刑事は、だいたい探偵と相性が悪いものだが、この人は実利優先らしい。

「じゃ、そういうことでよろしく」

 不満気な大田原巡査を引き連れ、きびすを返した。

「よ、名探偵」

 古河原さんにいじられそうになったと判断したのか、鬼村さんはあたしに話を振った。

「ところで由美、昨夜、中途半端に寝たら起きれないと思って、寝ずにおまえのネット小説を読んでいたんだが……」

「え?」

 な、なにを言い出すんですか、この人は?

「おまえ、俺のこと小説に出しただろう。それも小悪党の役で」

 は?

 一瞬、なんのことかわからなかった。

 小悪党?

「俺を小説の中で殺したろう!」

 殺された小悪党?

 あれ、そういえば鬼村さんと同じ名前を使ったっけ?

 雑魚キャラの名前はそのときに気分で適当につけているので、忘れていた。

「い、いや、あの小説書いたのはこの会社入る前ですし……」

「嘘をつけっ!」

「ほんとですぅ」

「木村ならともかく鬼村なんて名字、偶然一致してたまるかっ!」

 そんなこと言われてもなあ。鬼村なんて、悪党にぴったりの名前だと思って……。

「なあに、インミンちゃん、説教された腹いせに鬼村君を小説の中でぶっ殺したわけ?」

 だからちがいます。

「いいって、いいって。そんなにむきになって弁解しなくてもさ」

 ああ、これは信じてもらえないパターンだな。

 もし、逆の立場なら、あたしは信じないだろうな、たぶん。というか、誰が信じるかっ!

「どうせなら、大悪党にしとけ」

「はいぃ」

 いいのか? 大悪党ならいいのか?

「あたしのことはミステリアスな美女っていうことで出しといてね」

 脳天気でいい加減だけど、めっぽう強いっていうキャラじゃだめですか?

 それはそうとして、今回の事件は小説のいいネタになりそうだな。しめしめ。

「なに笑ってんだよ」

 ネタができた喜びが顔に出たらしい。鬼村さんにつっこまれる。

「それはそうと、おまえ、森さんのバルコニーの植木、下ろしておけよ」

「え?」

「だってしばらくそれどころじゃないだろうからな、あの人。かといって、逮捕された坂下に頼むわけにもいかないし。おまえしかいないだろ?」

 マジですか?

「み、みんなでやりましょうよ」

 あたしはせいいっぱいほほえんだ。

「だって、俺は小悪党だからなぁ」

 そ、そうきやがったか?

「小悪党、小悪党だ」

 古河原さんが爆笑した。


第一話 終わり

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