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けっきょく、あたしは予約する羽目になった。名前は東野あさひ。偽名がとっさに思いつかないといったら、鬼村さんが適当につけた名前だ。
ちなみにこの占いの店の名前は「神の眼」。占い師の名前は「シャンゼリーゼ神谷」。どんだけ神が好きなんだよ。っていうか、ハーフの人?
さすが神に愛されているらしく、スケジュールがいっぱいとかで、予約が取れたのは三日後。ほんと繁盛してるよね、この詐欺師。
鬼村さん曰く、その三日間で過去に占ってもらった連中に話を聞きまくり、ある程度、トリックに見当をつける。
というわけで、きょうは昼休みを利用し、塗装屋さんの若い衆を打ち合わせ室に呼んで事情を聞いている。その子はまだ十八歳でまだ見習いってところ。名前は飛田蘭丸。ちなみにこっちはあたしと鬼村さん、古河原さんの三人だ。
「で、おまえの場合、どんなやりとりだったんだ?」
鬼村さんが聞いた。鋭い目つきがほんのちょっと緩んでいる。本人としてはフレンドリーに接しているつもりらしい。
「ええっとですね。まず部屋に入ると、シャンゼリーゼさんが言ったんです。あなたは塗装の職人さんですねって。いきなりびびったっす」
まさか、ペンキの付いた作業着で行ったんじゃないだろうな?
同じことを思ったのか、鬼村さんの笑みがかすかに引きつった。
「あ、もちろん私服っすよ」
蘭丸くんは慌てて付け加えた。
「それで?」
服装で判断したわけではないらしいことで、鬼村さんが真顔になる。
「ちなみに、顔や手にペンキが付いていたっていうオチじゃないよね?」
一応、念のために聞いてみた。
「ひでえっすよ、由美さん。俺、バカっすか?」
まあ、見えないこともない。ぜったい口にはしないけど……。
「っていうか、俺これでもファッションには気を遣ってるんすよ。だから帰るときはちゃんと鏡で全身をチェックしますから。顔や手にペンキなんてあり得ないっす」
それもどうかって思うけど……。まあ、ちょっとはイケメンだからな、蘭丸くん。
「わかった。わかった。で?」
鬼村さんが一瞬あたしをにらんだあと、蘭丸くんを促す。
「すげえええ、って思いました。この人、マジ超能力者じゃないのかってほんと思いましたよ。美人で超能力者ってすごすぎっすよね?」
美人? シャンゼリーゼは女だったか? あたしが電話したとき出たのは、受付かと思ったけど、あるいは本人? まあ男だったらシャンゼリーゼなんて名乗らないか?
「だよねえ。あの人、ほんと美人。ちょっとうらやましいくらいに」
これは古河原さんの弁。っていうか、あんたが「あいつ」呼ばわりしてたから、てっきり男だと勘違いしてたんだけど。
「あんたはちょっと黙っててくれ。今はこいつの話が聞きたい」
古河原さんはちょっとふくれっ面をした。
「で、そいつは他にもなにか言い当てたのか?」
「そうなんすよ。ほんと驚きました」
「具体的にはどんなことを?」
「ええっと、……忘れました」
あたしは思わずずっこけた。鬼村さんはなんとか持たせたみたいだけど。
「ああそう、シャンゼリーゼさん、俺がきわめて優秀な塗装職人だって当てたんすよ」
それは当たってるのか?
「親方のことも褒めてました。短期間で俺をそこまで仕込むなんて、すごい親方に違いないって」
ええっと、それはたぶん社交辞令だと思うよ。
「まあ、俺、今は仕事命っすから。それ以外のことには興味も湧かないくらいっす。すぐに親方も超えて見せますよ。はっはっは」
ほんとかよっ!
「それぐらいか?」
「ん、まあ、そうっすかね」
「で、おまえはなにを占ってもらったんだ?」
「もちろん、どうすれば彼女がゲットできるかっすよ」
今は仕事以外興味ないんじゃないのかっ!
「で、シャンゼリーゼはなんと?」
「ナンパしろと」
身も蓋もねえなっ!
「いつ、どこでどんなやつに声かければいいか、教えてくれたんっすよ。その通りにしたら彼女がゲットできました!」
え、マジ? マジっすか、それ?
「俺今超幸せっす。高校卒業したての若いOLさんで、すっげえかわいいんす。もう、彼女のこと以外どうでもいいっす」
「仕事は?」
思わず口を挟んだ。
「どうでもいいっす!」
こいつのことは二度と信用しねえ!
「なるほどね。それだけ?」
鬼村さんが質問を続けた。
「あと、俺がなくしたものを見つけてもらったんすよ」
「なくしたもの?」
「ええ、じつは数日前に車の中に置いておいた時計がなくなったんすよ」
そういえばそんなことを言っていたな。外部駐車場のことだったんで、現場としてはとくになにも対応しなかったけど。
「車が荒らされた形跡もなかったし、どこかに忘れたのかと思ってたんすが、どうしても見つからない。それがシャンゼリーゼさんのお告げで見つかったんす。なんと、資材倉庫の棚の奥に落ちてました」
「ええ、それって占い師が当てたの?」
「そうっす」
あとで時計が見つかったとはたしかに聞いた。ただ、その件に占い師が絡んでいたとは初耳だ。
「なんでそんなところに落ちてたんだ?」
「シャンゼリーゼさんがいうには、倉庫の材料をとろうとしたとき、はずれて落ちたんだろうと。まあ、じっさい、ほかに考えられないですしね」
「つまり車に置いていたっていうのは勘違いなのか?」
「うん、まあ、そういうことなんでしょうけど」
そのあたりは蘭丸くんも完全に納得している感じではなかった。他に考えられないからそうなんだろうなっていう感じか?
「あとは?」
「それくらいっすよ」
「なんかそいつから買った?」
「あ、買いました。なんか幸福のアイテムってやつ」
こいつもか!
「これっす。かっこいいでしょう?」
蘭丸くんが見せたのは、腕に嵌めていた金のブレスレット。例によってたぶんたんなるメッキだ。
「……いくらした?」
「五万っす」
ああ、あたしのまわりは馬鹿ばかりだ。
「あ、疑ってるっすね? だけど本物っすよ。だって、これつけていったら彼女がゲットできたんすから」
「だよねえ。やっぱ、本物だよねえ」
ついに我慢できなくなったのか、古河原さんが絡んできた。
「シャンゼリーゼさん、最高!」
びしっと右手を突き出し、サムアップする蘭丸くん。
古河原さんも両手でサムアップして応じる。
「ちなみに古河原さん、なんか監視されてるような気配はどうなったんですか?」
「あ、やっぱり気のせいだったみたい。このネックレスをしたらぜんぜん気にならなくなった」
なんの宣伝ですか、それっ!
もともとそんなことに気を病むのはあなたには似合いません。
「それ以外にもなにかいいことあったんですか?」
「え、べつになにもないわよ、インミンちゃん」
そういうけど明らかに態度が不自然だった。
同じように彼氏をゲット? いや、この人の場合、それはないな。
「……なんかお金関係ですか?」
「まさか、上がる株を教えてもらったとかじゃないよな?」
「え? なんでわかるの鬼村君」
「で、それ、じっさいに上がってるのか?」
「それが上がってるのよ」
古河原さんがうれしそうに言う。
いったいいつの間に……。
そういえば、株って証券会社と取引してれば、電話一本で買えるんだっけ? この人は前から株の売買やってたしな。
「根が深そうだな」
鬼村さんがため息をつく。
ん? どういう意味だろう。
「じゃあ、最後にひとつ。おまえ、いったいどうしてその占い師のところに行った?」
「いや、聞いたんすよ。なんでもかんでも完璧に当てる占い師が、ここのマンションに住んでるっていうのを」
「聞いたって、誰に?」
「この前、うちに応援に来てた塗装屋っすよ。染谷っていう俺と同い年のやつっす」
「そいつ今もいる?」
「いや、数日応援に来て、今は自分の現場に戻ってますけど。そいつが言うには、客層はサラリーマンから主婦、女子大生、女子高生、自営業まで幅広くて、いろんな方面から絶賛されているとか。有名人の常連もいるらしいっすよ」
「ふ~ん、わかった。昼休み中、つきあってもらって悪かったな」
「いえ、ぜんぜんだいじょうぶっすよ。じゃあ、失礼します」
蘭丸くんが出て行くと、鬼村さんは古河原さんに話しかけた。
「あんた、女子高生の友達がいるって言ってたよな。しかもそこから占い師の話を聞いたって」
「うん、そうだよ」
「その子に会わせてくれないか?」
「ええ? 鬼村君ロリコン?」
「ちが~う!」
古河原さんの頭をひっぱたいた。
「冗談よ、冗談。だけどそんなことしても、ますますあいつのすごさを思い知るだけだと思うけど」
古河原さんはシャンゼリーゼに心酔したらしい。
そのわりにはなぜか「あいつ」呼ばわりだけど……。
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