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 夜の十一時、あたしと鬼村さん、古河原さんはA棟の六階にいた。といっても共用廊下にずっといると不審者と思われるので、外部階段の踊り場にいる。早い話が外壁がない。風も吹いている。

 夏だからいいけど、これが冬だったら拷問だ。

「もう帰ってもいいですかぁ? きっとなにも起りませんよ」

 つい、そう言ってみたくなる。

「根性なし」

 そういう古河原さんはなぜかシャドーボクシングを開始し、たまに足もふり上げている。なんか戦う気満々。

 なんか楽しくて仕方がないって感じ。っていうか……。

「なんか堂に入ってますね」

「あれ、言ってなかったっけ? あたしキックボクシングのジムに通ってるって」

 知らんわ、そんなことっ! あんたの趣味は財テクじゃなかったのかっ!

「はっきりいって、そこらの男よりぜったい強いから」

 にっと笑う小河原さん。ほんとに強そうなんですが……。

 ひょっとして鬼村さんはそのために古河原さんを連れてきたんだろうか?

「だいたいなにが起るって言うんですか?」

「俺にもわからん」

 わからんじゃねえっ!

 なんて無責任なんだ、この男は。そんないい加減な予感みたいなもので、うら若き女性を夜遅くまで残すとは。それも仕事でも遊びでもないのに。

 そう考えると、ほんとなんのために残ってるのか、まったくわからなくなってきた。

「だがなにかが起る。たぶん、今夜だ」

 ええっと、なにかとか、たぶんとか、やめてほしいんですけど。

 そのくせ、なんかえらい自信満々の顔つきだ。

 今後、この人がなんか確信を持ってる感じでなんか言っても、信じるのは一切やめよう。たぶん勘がすべての根拠だ。

「ねえ、鬼村さん、あたしいてもなんの役……」

 鬼村さんのケータイが鳴る。取り出してモニターを確認した。

「ねえ、鬼村さん……」

「しっ。だまれ」

 もう、この男はっ!

 鬼村さんは、そのまま足音を立てないようゆっくりと、森さんの部屋の前に近づいていく。思わず、あたしは古河原さんと顔を見合わせた。

 一応、ならって忍び足で鬼村さんの跡を追う。

 なに? なにが起きたっての?

 なんか鬼村さんの自演のような気がしてならない。

 かしゃ、かしゃ。

 かすかに誰かが足場を上るような音がした。もちろん、もう作業員は誰も残っていない。

 え、どういうこと? 泥棒?

 しばし沈黙、耳を澄ます。

「きゃあ」

 叫び声。たしかに聞こえた。森さんの部屋の中からだ。

「行くぞ」

 鬼村さんが叫ぶ。

 行くぞったって、玄関は鍵がかかってますよ、たぶん。

 案の定、古河原さんが玄関ドアを開けようとしたけどびくともしない。

 しかし鬼村さんは最初からドアは頭になかったようだ。廊下に面した窓に向かう。

 で、でも面格子が……。

 そう、共用廊下に面した窓には、侵入防止のため、アルミの面格子が付いている。つまりガラスを割っても入れない。

 鬼村さんは、百も承知とばかりにポケットからカワスキ(ええっと、フライ返しみたいな工具です)を取り出すと、面格子の止め金具、片面につっこみ、横から拳でがんと叩いた。それを上下で二回。

 面格子は片面が外れ、ぶら~んとなった状態。鬼村さんはそれをこじ開け、さらにポケットからハンマーを取り出すと、窓ガラスをたたき割った。

 割れたところから手を突っ込み、鍵を開ける。

 その間、たぶん十五秒。

 窓を開けると、そこに飛び込み、あたしたちに指示を出す。

「玄関扉前にいろ」

 言われるがままにすると、すぐにドアは開いた。

 すげえ! ってか、この人プロの泥棒なんじゃ?

「出番だ、古河原!」

「アイアイサー」

 意気揚々と乗り込む古河原さんの後に続く。

 そのまま、あたしたちは奥の部屋になだれ込んだ。

「助けてっ!」

 床に倒れている森さんの上に目出し帽を被った男が馬乗りになっていた。

 レイプしようとしている?

 よくわからないが、そういう風にも見えた。きっと古河原さんも同じだったのだろう。

「でや~っ」

 と叫ぶと、はげしくジャンプ。そのまま覆面の男に飛びけりを食らわした。

 男の体はぐんと起き上がり、そのまま後ろの壁に激突。

「くそぉ」

 男はふらふらになりつつ、ポケットからバタフライナイフを取り出し、ちゃらちゃら振り回した。

 ぎゅおっ!

 異常な風切り音とともに、古河原さんの回し蹴りが腕に炸裂。そいつがもてあそんでいたバタフライナイフが飛んでいった。

 どすっ。

 ナイフは壁に突き刺さる。

 っていうか、あたしの目の前を横断したんですがっ!

 古河原さんはそんなことに一切かまわず、笑い出した。

 笑いながら、男を蹴る。殴る。蹴る。殴る。

 どう見ても正義の味方にはほど遠いな。

 ついに逃げ出そうとする男。あたしめがけて突進してきた。

「ぎゃああああ」

 しかしそいつはあたしにたどり着けなかった。脇から鬼村さんがタックルを仕掛けたからだ。

 ふらつくそいつは鬼村さんに腕を極められた。

「ぎゃああ」

 鬼村さんは叫ぶ男をそのまま床に組み伏せると、腕を固めた。

 古河原さんが腹ばいに押さえ込まれた男の目出し帽をむんずとつかむ。

「誰だ?」

 そのまま引っ張り上げ、男の素顔を晒す。

「え? えええええっ!」

 あたしは思わず叫んだ。

 なぜなら、そこに顔を現したのは、森さんの彼氏、坂下さんだったからだ。

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