第6話

 それでもジャージ姿はやめてもらいたかったが。

 神様は宙に浮いたまま、明瞭な声音で語る。


《暗雲の落雷や影人のせいで負傷者が出たかもしれんが……皆、大丈夫かね?》


『おおー!!』という雄叫びと、多人数が一斉に軍靴を鳴らす音が響く。どうやら武闘派も機甲派も損耗は軽微であるようだ。


《うむ。それはよかった》


 威厳を保ちながら、安堵するように頷く神様。立派な風格を保っている。繰り返すが、ジャージを着ていなければ、だが。


《時にクラノウチ・トウヤ殿、お加減はいかがかな?》

「え? あ、ああ」


 俺は自分の服装を見下ろした。


「大丈夫っぽいです。痛いところもありませんし」


 さっきはタメ口で喋っていたが、周囲の目もあるので敬語で答える。

 神様は大きく頷き、少し間を置いた。皆が、『神様はどんなことをおっしゃるのか』と、期待と不安の入り混じった表情で見つめている。

 すると神様はぱっと声を上げ、こう言った。


《トウヤ殿、君はどの勢力に加担したいかね?》

「は?」


『勢力』というのは、武闘派・機甲派・魔術派のどれかを指しているのだろう。しかしなあ。


「と、突然そう尋ねられても……」

《トウヤ、君の防御ステータスは絶対的だ。君に危害が及ぶことはなかろう。安心して選んでくれたまえ》


 いや、だからこそ悩んでるんだっちゅーのに。


「……」


 俺の発言を、サンもエミもオーラも、直立不動のまま待っている。

 一つ無難なのは、俺に戦闘ステータスがないことだ。喧嘩なんてしたことはないし、運動もからっきしダメダメだ。すなわち、俺がどの派に属しようと、結局は壁になるしかないわけで、俺が自分の手で誰かを死傷させる恐れは皆無。

 そこまで振り返って、俺はほっと息をついた。が、俺がどこかに所属することで、その派が有利になることには変わりない。


「うーん……」

《まだ決められんのか? 優柔不断だのう》


 あんたには言われたくないわ! というツッコミはさておき。神様も、それなりに考えがなかったわけではないらしい。


《ではこうしよう。各派から代表者を選出し、わしのところへ来たまえ!》


 すると、一気に周囲がざわついた。誰を代表者として、神様と俺に会わせるか、議論が始まったらしい。


《ううむ、すぐには決まりそうにないのう》


 神様は、先ほどのように長い顎鬚に手を遣りながら、下界を見渡している。


《では、トウヤ殿!》

「あ、はい」


 ぼんやりした返答をすると、神様はこう言った。


《一旦天界へ戻りたまえ! このままそこにいては、皆の混乱を深めるかもしれんからな》


 すると、魔術派のバリアの外に長い階段が現れた。神様の浮いているあたりにまで続いている。これで天界に戻り、待機しろと俺に言いたいのだろう。

 俺は大きく頷き、階段を上り始めた。後ろからオーラのもの言いたげな視線を感じたが、平等を期すために振り返ることはしなかった。


         ※


「で、どうっすか? 代表者は集まりそうですか?」


 俺は胡坐をかいて、ふわふわの絨毯の上でミカンを食べていた。向かいでは神様がテレビのリモコンをいじっている。何の向かいなのかと言えば、掘りごたつだ。

 俺が天界に戻った時、あまりの味気無さに呆れてしまい、神様にこたつ、テレビ、みかんを所望したのだ。するとそれらは、天井の見えないどこかから降ってきた。

 神様曰く、『その程度の物品の召喚など朝飯前じゃ!』とのことだったので、お言葉に甘えて準備してもらった。


「そうだのう」


 神様はホイホイとみかんを口に含みながら、『この時間はCMばかりじゃ』と呆れた様子。

 俺に向き直り、足をこたつに突っ込むと、猫のように背中を丸めて語りだした。


「誰を代表者にするか、地上界の者共も迷っているんじゃろうな。このようなケースは未だかつてなかったこと。少しでも自分たちが有利になるように、おぬしを勧誘したいのじゃろう」

「か、勧誘って……」


 部活やサークルじゃないんだから。


 内心ツッコミを入れた、その時だった。


「む! 来たようじゃぞ!」


 神様は立ち上がって振り返り、階段の登り口へと目を移した。三人の人影が、このフロアに足をかける。そこにいたのは――。


「機甲派代表、エミ・コウムラです!」


 ビシッと敬礼を決めるエミ。


「……魔術派代表、オーラ・ベリアル」

 

 三角帽を目深に被り、呟くように名乗るオーラ。


 そして謎なのは、彼らの横に立っている美女だった。

 まだ名乗ってはいない。だが、すっきりとした目鼻立ちと、薄着の上から察せられるナイスバディは、彼女の自信を強く押し出していた。そしてすっ、と息を吸い込むと、誰よりも明瞭な声でこう言った。


「武闘派代表、サン・グラウンズでーす! よろしくね、トウヤくん!」


 パチリ、と綺麗にウィンクを決めるサン。っていうか、サンってこんな美人だったのか。もっと武骨なイメージだったが……。かわいいというより色っぽい。年齢は俺より少し上だろう。そういう余裕もあってか、色気が倍増しているようにも見えた。胸当て以外の甲冑は身に着けておらず、薄いベールのような布をまとっている。


「あれあれ~? トウヤくん、ちょっと顔が赤いんじゃな~い? どうかしたのかな~?」

「え、あ、いや、その、お前、本当に、サン、なのか?」


 甲冑を身に着けて、颯爽とした所作を見せていたサン。そんな彼女がこんな甘ったるい勧誘を仕掛けてくるとは。っていうか、色仕掛けじゃねえか。

 俺はぶるぶるとかぶりを振った。雑念を追い払わねば……。と思ったのだが、軽く身を屈めて俺と視線を合わせてくるサンの視線から逃れられない。


 しかし、期せずして俺は彼女の弱点に気づいた。

 確かに、サンのプロモーションは美しい。しかしそれは全身のバランスが取れているからであって、結局のところ、胸がなかった。


 一抹の罪悪感と安堵感を覚えながら、俺はサンの視線から解放された。その真っ赤なルビーのような瞳から目を逸らし、エミの方へと向き直る。


「そ、それじゃあ、他の流派の人たちの話も聞かせてほしいんだけど……」

「あ、それもそうね」


 意外なほどあっさりと、サンは身を引いた。淡くて甘い残り香が消え去ったところで、俺の正面にエミがやってくる。


「あ、改めまして、わたくしは機甲派代表の、エミ・コウムラ、です」


 緊張しているのか、少しどもりながらも自己紹介を済ませるエミ。しかし、ちゃんと『階級は少佐です』と付け加えることは忘れない。まだ若い、というか俺と同い年ぐらいだろうに、随分出世しているものだ。

 サンが行ったのは精々自己紹介くらいのものだったので、俺もひとまずはきちんと相手の立場が分かった、という意味で『了解』と告げるに留める。

 するとエミもまたビシッ! っと敬礼を決めた。陸上自衛隊らしい、肘を張った見事な敬礼だ。

 こんなミリタリー少女がいるとは……。俺は色気にあてられたのとは別の感覚から興奮を覚えた――まさにその瞬間だった。

 バシッ! と強烈な一発が、俺の眉間を直撃した。防御スキル最強の俺には、痛覚としては全く感知されない。そう。そうなのだが、ここは目を逸らすべきだった。


「きゃっ!」

「あ」


 エミの迷彩服のボタンが一つ、弾け飛んでいた。それも、胸元のボタンが。

 

「ご、ごめんなさい!」


 慌てて自分の襟を掴み込むエミ。だが、今度は無理な姿勢を取ったためか、いっぺんに首の下あたりのボタンが連鎖的に弾けた。


バシン、バシン、バシン! 


「きゃあ! いや、待って!」


 どうしてこんなにも色っぽい声で慌てるのか。胸元を押さえるために、両腕で胸を左右から挟み込む。ただでさえ隠れ巨乳気味だった胸が、余計に強調して俺の眼前を埋め尽くす。


「ぶはッ!!」


 俺は鼻血を噴出させながら、後方に、仰向けにぶっ倒れた。


「あ、ボタンが……。って、トウヤさん!?」


 ボタンを拾い上げていたエミは、回収作業をやめて俺のそばに膝を着いた。両腕を胸から離し、俺の頭の両脇に片手をつく。

 

「ちょ、えみ、まずばぼだんぼ……」


『まずはボタンを留め直してくれ』と告げたかったのだが、鼻血の逆流などもあって呼吸すらままならない。外からの攻撃に対する防御スキルは高い俺だが、自分の感情に基づくダメージは被るらしい。


「お気を確かに! トウヤさん!!」


 俺の両肩を掴み、揺するエミ。それに合わせて、彼女の胸が上下する。幸い下着を着けていたからといっても、思春期の少年には刺激が強すぎる光景だ。


「ほ、ほえ~……」


 朦朧とした俺の意識を現実に引き戻したのは、軽い電流が脳に走るような感覚だった。


「ひゃっ! オーラ、あなたなんてことを!」

「ボクの番。エミ、どいて」


 バチバチと雷撃の跡のようなものが視界に入った。悲鳴を上げたのはエミで、自分の番を主張したのはオーラらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る