第29話

「で、どうしたんだ、トウヤ?」


 バリアに入ってきたサンは、すぐにテーブル手前の椅子に腰を下ろした。今は運命共同体とはいえ、あれほど敵視していた相手の本陣に乗り込むとは。たいした度胸だな。それはエミにも言えることだけれど。


 するとオーラが、微かに肩を震わせた。


「オーラ?」


 その顔は蒼白で、今すぐにでも倒れかねない状態に見える。

『大丈夫か?』と尋ねかけた俺。しかしそれより、サンが愛用の日本刀を腰から抜く方が早かった。立ち上がり、すぐには自分の手の届かないところ、バリアの内側に立てかけたのだ。

 あれほど戦いにプライドをかけていたサンのことだ。丸腰になるには随分と勇気のいることだっただろう。だが、そうでもしなければオーラは落ち着いていられない。エミもまた、自動小銃にセーフティをかけ、バリア内を横切って箪笥のそばに置いた。ホルスターからも拳銃を抜き、並べて置く。


「さて、俺が三人に決めてほしいのは、作戦なんだ」

「作戦?」


 サンが腕を組みながら尋ね返す。

 俺は、落下している間に目に入った光景を思い出しながら、言葉を続けた。


「影人の連中は、だんだん散らばりながらも静かの森に向かっている。このままでは民間人に被害が出るだろう? 逆に言えば、民間人を守ろうとしている味方と一緒に影人を挟み撃ちにできれば、かなり有利に立てるんじゃないかと思う。制限時間もあるし、味方の損耗状況もある。どうだ? 一口乗らないか? 三人共」

「異論はありません」


 即答したのはエミだった。が、『しかし』と言葉を続ける。


「我々の攻撃は、おもに遠距離物理攻撃です。敵にこちらの作戦が気づかれたら、挟み撃ちにするつもりが同士討ちになってしまうかもしれません」

「確かに」

「うん」


 サンとオーラも頷いてみせる。

仕方がない。こうなったら、俺が一皮脱ぐしかあるまい。


「だったら、俺が目印になろう」


 皆が『?』を頭上に浮かべながら、俺に振り向いた。


「オーラ、俺を目立つように魔術をかけてもらえるか?」

「トウヤ、どうするつもりなの?」


 首を傾げるオーラを見、ぐるりとサン、エミの顔を見つめながら、俺は言った。


「俺が囮になる。弓矢も機銃弾も魔弾も全部、俺を狙ってぶち込め。俺は影人の間を跳び回るから、目印になるだろう?」

「そのために、自分が目立つようにと考えたんですか、トウヤさん?」


 不安な胸中を表情に滲ませながら、エミが問いかける。俺は大きく頷いてみせた。


「でも、スタミナはもつんですか?」

「あ」


 てっきり忘れていた。しかし、俺は今までの、防御スキルが高いだけの俺じゃない。コミュ障ニートの俺じゃない。誰かを守りたい、戦いたい――そんな人間にこそ俺はなったのだ。スタミナだって、上がっているに違いない。

 自画自賛? 知ったことか。中二病とでもなんとでも呼べばいい。

 俺は戦い、戦い、戦って、こいつらの世界を守ってやりたいのだ。いつの間にか俺には、そんな心境が芽生えていた。


 残り時間は、約三時間三十分。


「各自、自軍の指揮を執ってくれ。オーラ、俺に魔術を」


 こくりと頷いたオーラは、右手の人差し指で俺の身体の輪郭をなぞった。すると、金色の光に俺の身体は包まれた。


「おおっ」


 俺は思わず瞼を下ろした。ゆっくりと開いていくと、過度な発光がゆっくりと収まっていくところだった。これだけ眩しければ、誰がどこから見ても、俺を把握できるだろう。


「よし! 皆、行くぞ!」

「おう!」

「了解!」

「うん!」


 三者三様の応答を聞きながら、俺は唇の端が上がるのを止められなかった。


         ※


 俺は疾走した。バリアの展開された丘の下から、一気に駆け上がる。


「うおおおおおおお!!」


 俺の雄叫びに怯んだのか、影人たちはさっとこちらに顔を向けた。相変わらずのっぺらぼうだったけれど。

 俺は右腕に拳銃を、左腕に新調された刀を握って、一気に突っ込んだ。ある一体に向け、身体の軌道を修正。こいつから仕留めてやる。ブレる視界の中、俺は自分の腕に懸けた。

 二発発砲。眉間と喉元を捉えた。人間であれば即死するところだが、どうやら影人も同じらしい。

 両腕のうち、どちらにどの武器を握るかは決めている。右腕の方が精密な動きができるから――というより単に俺が右利きだから、という理由で、拳銃は右腕に。腕力がより強い、という理由で刀は左腕に。


 射殺した影人の遺体を蹴り飛ばし、別な影人に叩きつける。敵が体勢を崩した隙をついて、刀でバッサリと腹部を横薙ぎに。

 よし、まずはこんなところだろう。


「ふっ!」


 俺は軽く屈伸して、思いっきり跳躍。見下ろすと、弓矢や迫撃砲、弧を描く軌道の魔弾などが目に入った。

 次に影人が固まっているのは――。


「そこだッ!!」


 俺は再び斜め下方へつま先を突き出し、そのまま踏みつぶすようにして影人の頭部を破壊する。再び周囲を影人に包まれる形になったが、心配はない。取り敢えず跳躍に必要なスペースが手に入ればいいのだ。

 俺は左腕の刀を、アクション俳優を思い出しながら振るった。一番近くにいた敵をぶった斬る。背後に殺気を覚えた俺は、感覚の訴えるがままに数発の弾丸を撃ち込んだ。これで、着地してから三体は倒した。


 倒れ込んだ敵が俺に手を伸ばしてくるが、俺は膝をぐっと上に引いて、その腕を思いっきり踏みにじった。悲鳴にならない呻き声がする。これが、影人の声か。

 俺は、間髪入れずに敵の頭部を思いっきり蹴り飛ばした。


「ちょっくら寝てろ!」


 前方から迫撃砲の砲弾が飛んでくる。それを確認した俺は、そのまま真後ろに極大のバックステップを取った。直後、地震を伴って砲弾が影人に着弾し、影人たちを一斉に吹き飛ばした。真っ赤な炎が噴き上がる。

 俺は『跳躍』『一暴れ』『跳躍(回避)』を繰り返した。その度に、弓矢、砲弾、魔弾が一部の隙もなく叩き込まれる。皆の士気が高いのは分かる。だが、皆の体力がもつといいのだが。


         ※


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 残り時間、三十分。夕日が丘や森を照らし出す中で、俺たちは残る十体の影人を包囲していた。その輪の外側には負傷者が寝かされ、魔術派の治癒魔法を受けている。

 俺はと言えば、残念だが無傷、とはいかなかった。同士討ちは避けられたものの、掠り傷は数え切れない。致命傷はないにしても、スタミナの損耗も激しい。味方は皆、そんな様子だった。

 俺は、拳銃も刀を放り出して、自動小銃で戦っていた。拳銃より威力があると言っても、敵の眉間を破壊できなければとどめを刺したことにはならない。

 いい加減観念しろよ、親父。


 俺がそんなことを考えた、その時だった。十体の影人に動きがあった。

 地面に跳び込んだのだ。いや、違う。自分の身体を液状に変化させ、先に液体になった者に自分も融合しているのだ。


『撃ち方待て!』というエミの声がした。

 十体目の影人が、その真っ黒な液体に跳び込み同化する。次の瞬間、一陣の強風が時計回りに吹きわたった。


「うおっ!!」


 俺は咄嗟にしゃがみ込み、強風の影響を最低限にする。そして目を上げると、そこには一本の柱が立っていた。

 色はやはり真っ黒で、木の枝のようなものが不規則に生えている。どうやら歩いたり、移動したりするつもりはないらしい。


 皆が顔を上げた頃には、高さは約二十メートルほどになっていた。


「怯むな! かかれ!」


 サンが声を上げる。それに応じて、武闘派の連中が一気に突撃した。


「ボクたちは武闘派を援護する! 遠距離魔弾班、味方に当てないでよ!」

「総員、射撃再開!」


 凄まじい光の奔流と、とんでもない数の機銃弾が柱の中間あたりに集中する。しかし、俺には見えた。そのことごとくが、呆気なく弾き返されるのが。

 そして、はっとした。


「お前ら! 突っ込むな! 戻れ!!」


 直後、誰もが声を失った。

 目にも留まらぬ速さで、柱から槍が繰り出されたのだ。柱の側面から、三百六十度、円を描くように。

 突撃した武闘派の連中は、腹部を貫通されたり、首を斬り落とされたり、肩口から先の腕を斬り飛ばされたりした。いずれも致命傷、いや、即死の方が多いかもしれない。


「畜生!!」


 他人のことはまだ冷静に、否、冷めた目で見ていられたのかもしれない。

 しかし、異世界に来てから俺は変わった。そして自分の変化に、俺自身はついていけていない。自分を客観的にコントロールできないのだ。


 早い話、俺にはこの柱状になった影の塊をへし折ることしか頭になかった。右腕で鉄拳を繰り出すのは、今しかない。これ以上犠牲を増やすわけにはいかない。


 俺はなんのバックアップもなく、特攻した。一度しか使えないはずの、右の拳を伴って。

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