第28話

 俺の立ち位置は、今までの戦闘とは全く異なるポジションだった。互いに一直線上で戦ってきた、俺たちと影人。だが、今の俺は影人たちに三百六十度を包囲されている。四面楚歌もいいところだ。早く武闘派と合流し、互いの背後を守ることのできる陣形を整えなければならない。


「騎馬隊前進!! トウヤを援護しろ!!」


 凛とした声が響き渡る。サンが俺を迎えに来てくれたのだ。爆風による土埃が収まった時、目の前には、さらさらと消え去っていく影人の死体があった。その先には、頑強な馬の脚部が垣間見える。


「無事か、トウヤ!」

「お、おう!」


 俺は右腕を差し出そうとして、慌てて引っ込めた。サンが目を見開いたからだ。


「トウヤ、どうしたんだ、その腕は!?」

「あ、今まで戦う間に、ちょっとな……」

「ちょっとじゃないだろう、ちょっとじゃ! 魔術派の力を借りて、治癒してもらえ! そこまでの道のりは我々が援護する!」


 そう言いながら、サンは迫りつつあった影人の首をあっさり斬り落とす。全く頼れる奴だ。


「しばらく私の背後を守ってくれ!」

「了解だ!」


 振り返り、互いに背後を任せ合う。


「皆、聞いてくれ! これからトウヤを魔術派陣地まで連れていくぞ! 道を開いてくれ!」


『おう!!』という威勢のいい声が上がった。いかにも武闘派の連中らしい。また一段と士気が上がったようで、各自が剣や槍、盾までもを使って影人を追いやっていく。それを頼りに、俺は自分の前方から迫ってくる影人に斬撃を喰らわせ続けた。


「トウヤ殿! サン様のすぐ後にお付きください! しんがりは我々が務めますゆえ!」


 いつか俺に助言をくれた老兵が、他数名と共に俺と影人との間に割り込む。


「分かった! 頼むぞ!」


 再び『おう!!』という声が上がるのを聞きながら、俺はサンの左脇についた。彼女は右利きなので、右側の敵の接近を警戒している。俺が左方防衛の任に就き、武闘派の進軍は再開された。

 あちらこちらから、鍔迫り合いや空を斬る擦過音が響き渡る。


「もう少しだ! あと少しで魔術派の陣地に着くぞ!」


 サンが叫びながら、影人に突き刺した剣を引き抜く。ちょうどその時だった。

 雷撃が、俺たちの周囲に突き刺さった。影人共が怯み、道を開ける格好になる。


「走るぞ、トウヤ!」

「ん!」

「道を開けろ! 側面を守るんだ!」


 サンの指示に、武闘派の猛者たちは一斉に左右に展開した。影人を、開けた道から押し返していく。その合間を、サンと俺は一気に駆け抜けた。


「オーラ!」


 サンの声に顔を上げると、魔術派のバリアがいくつも展開されているのが目に入った。


「オーラ!」


 再び呼びかけるサン。すると、バリアの中からするりとオーラが姿を現した。

 俺はサンを追い越して、オーラに駆け寄った。


「オーラ、大丈夫か!?」


 無言でオーラは首肯する。父親の死をすぐに乗り越えられたとは思えないが――だからこそ、こちらから『大丈夫か』などと尋ねたのだ。


「それよりトウヤの右腕の治癒が先。ボクと母上で力を合わせればなんとかなる」


『なんとかなる』って……。まあいいか。


「よし、トウヤに治癒魔法が為されるまで、このバリアを死守するぞ!」


 その言葉に、俺は先日のことを思い出す。サンたちは弓矢や刀でこのバリアを突き破り、丘の上の陣地を奪い取ったのだ。それが、今はこのバリアを守ろうという。これは、矛盾だろうか?

 違う。矛盾なんかじゃない。少なくとも、俺はそう信じたい。この世界にいる連中は、武人としてのプライドこそあれ、性根は優しい連中なのだ。

 こうして暗黒派を撃退する。力を合わせる。

 それがきっかけになって、三大勢力なんて分け方じゃなく、彼らが平和な生活を送れるようになってほしい。

 俺の思いは、我ながら切実だった。黙考しながらオーラに左手を引かれていく。バリアを通過して、オーラの母親と目が合うまで、俺の思考はそんなところに吹っ飛んでいた。


「トウヤ殿」

「は、はい!」


 緊張感溢れる、しかし気品を備えた声音で、母親が声をかけてくる。


「このテーブルに右腕を。さあ、オーラ」

「はい」


 短く答えて、オーラが母親と並んで両の掌を差し出す。俺は膝をついて、低いテーブルに右腕を載せた。すると早速、俺の右腕が、ぼんやりとした白い光に包まれた。

 無言でその様子を見つめる俺。その耳に、いかにもファンタジックな言葉の列がなだれ込んでくる。ベリアル母子は瞳を閉じ、口元以外は微動だにしない。すると、俺にもその呪文の効果が実感され始めた。

 痛みはない。神経が改めて通っていくような感覚だ。試しに指先に力を込めてみると、僅かに動いた。これならまだまだ戦える――と、思ったのだが。


「これは……今すぐ完治するのは難しいですね」


 母親が淡々と述べる。


「どういう意味です?」


 俺は自分の右腕を見つめたまま尋ねた。すると反対側からオーラが口を挟んだ。


「トウヤの右腕が損傷したのは、あなた自身の魔術力によって攻撃スキルを上げて、酷使したから。魔術による負傷では、同じ魔術でも治癒するには時間がかかる」

「どのくらいかかるんだ?」


 俺が顔を上げると、オーラは顔をしかめながら首を傾げた。


「多分、ボクたちの力だけでは半日」

「半日?」


 努めて冷静に尋ね返す俺。半日も待ってはいられない。この世界の戦況を見ても、また、俺のいた世界の状況を見ても。


「そうだな、武闘派の剣とか、機甲派の自動小銃が扱えればいいんだ。その後は自分でどうにかする。完治させる必要はないんだ。それなら治癒にどのくらいかかる?」

「そんな! そうしたらトウヤの腕は……!」


 はっとして、オーラが顔を上げる。だがすぐに、母親が『あなたは呪文の詠唱を続けなさい』と釘を刺す。

 母親は、目線を俺の右腕に向けたまま語った。


「大抵の武器を扱える程度には回復できるでしょう。それまででしたら、あと五分ほどです」

「ほ、本当ですか!?」


 俺は膝立ちになって身を乗り出した。しかし、母親の表情はすぐれない。


「回復できるといっても、限界はあります。長期戦は無理でしょう。そして何より、あなたの得意とする鉄拳は、使えてもせいぜいが一発です。使いどころ誤っては、暗黒派に決定打を与えることができなくなります」

「む……」


 俺は唇を噛んだ。

 タイムリミットは、残り約四時間。影人の増殖は止められたものの、連中の残党はうじゃうじゃしている。こうなったら、ありったけの武器を拝借して突撃するしかない。

 そもそも俺の防御スキルは、とんでもない高さだったのだ。そして、防御スキルが低下するのに合わせて、攻撃力や俊敏さ、魔術力のスキルは分散され、一般の兵士より遥かに高くなっている。

 ――恐れる必要はない。そして、そんな暇もない。


「治癒魔法は終わりましたよ、トウヤさん」


 と言っても救急処置ですが。そう言って、母親はかざしていた手を引っ込めた。オーラもそれに従う。


「ありがとうございます。しかし……」


 俺は左腕に握りっぱなしだった剣に目を遣った。俺の扱いが荒かったのか、ひどい刃こぼれを起こしている。これでは使おうにも使えない。


「何か武器になりそうなものはありませんか? 剣とか弓矢とか……」


 その問いに、母親はゆっくりと首を横に振った。


「こちらでは、多くの者が魔術で戦っています。トウヤさん、あなたに扱える物理兵器はここにはありません」

「そう、ですか……」


 ううむ。やはり左腕と両足、それに頭突きを駆使して戦うしかないのか。

 俺が治癒された右腕を顎にやった、ちょうどその時。


「トウヤさん!」

「エミ? エミか?」


 俺は自分が入ってきた方を見つめた。すると、魔術派の人間に先導されて、完全武装したエミが飛び込んできた。


「トウヤさん、拳銃は使えますね?」

「え、えっ?」


 突然そう言われても……。


「もしかしたら、攻撃スキルの上がったあなたなら、扱いきれるかも」


『さあ』と差し出された拳銃。俺はその把手を握りしめた。よくある、ただしやや口径の大きいオートマチック拳銃だ。


「……お?」


 おかしいな。初めて触ったはずなのに、手にしっくりと馴染んでくる。俺は弾倉を取り出し、弾数を数えてまた差し入れた。カバーをスライドさせ、初弾を装填。立ち上がってさっと両腕を上げると、俺の目線と照準がぴったりと合わさった。

 いや、左腕に持ち替えた方がいいだろう。右手は添えるだけ。この調子なら、まだまだ戦える。


「サンを呼んでくる。エミもオーラもここにいてくれ」


 そう言って、俺は一旦バリアの外に出た。

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