第3話
俺の人間関係と言えば、全く散々なものだった。
いじめられたわけではない。非行に走ったこともない。だが、家族とは疎遠だし、友人もいない。話し相手が皆無なのだ。
これでは確かに、心が『凝り固まっている』とは言われても仕方がないかもしれない。それが異世界で、物理的防御力に転嫁する――。分からない話でもないな。 繰り返すようだが、無傷である自分の身体を鑑みれば。
「言ってみればな、トウヤ。この世界はおぬしの心境というものを取り込んで、それに合わせたステータスをおぬしに与える仕組みになっているのかもしれぬ。調べさせてもらったが、おぬしはニートで心の壁を造りがちじゃ。それが『他者からの攻撃を受け付けにくい』という体質の大本になっているのかもしれん」
流石神様だ。よく分かっていらっしゃる……って、待てよ。
「なんでスマホいじってんだよ!?」
「いや、おぬしのことを調べるのにちょっと、な」
「おい、『ちょっと、な』じゃねえよ! なんでそんな文明の利器がここにあるんだよ! ……って、あ」
俺は、ここで目覚める前のことを思い返した。落下中に視界に飛び込んできた風景。あの中には、確かに陸上自衛隊の車両に似たものがちらほら見受けられていた。もしかしたら、俺たちの世界の文明の利器がこちらに浸透しているのも、異様なことではないのかもしれない。
と、そこまで考えた俺の後方から、硬い音が響いてきた。ガシャガシャと金属板の擦れる音がする。意外だったのは、そこから聞こえてきたのが女性の声だった、ということだ。
「神様、まだコイツの所属は決まんないの?」
「おう、サンか。今彼――トウヤはいろいろと考え中じゃ。もう少し待つがよい」
俺が振り返ってみると、そこには長身で、全身に鎧をまとった女性が立っていた。何故女性だと分かったのかと言えば、声が女性のそれだったから。でなければ、男性だと勘違いするところだった。それだけ、彼女――サン、と神様は呼んでいたな――は重武装を決め込んでいたのだ。
異世界の女性か。俺は少なからず興味を引かれた。外見は西洋甲冑のような姿だが、腰元に差しているのは日本刀だ。
「コイツ、何か特殊能力持ちみたいだけど、神様の見立てとしてはどうなの?」
「うむ。それはだな――」
神様はサンに解説した。
俺が異世界から来たこと。心が凝り固まっていること。そして、その心の壁が、この世界では防御スキルとして反映されているということ。
「へえー! やるな、あんた! えーっと……トウヤって言ったっけ? ニートってのは恐ろしいもんだねえ……」
「いやいや、俺は偶然この世界に迷い込んじまっただけの話で」
軽いツッコミを入れてみたが、サンは甲冑姿のままで腕を組み、じっと俺を観察している。
ん? 待てよ。
「なあ、神様に訊きたいんだが」
「おう、何かね?」
さっきから繰り返された会話の流れだが、俺は躊躇いなく神様に問うた。
「どうして俺は、この世界に転生したんだ? 普通だったら車に轢かれて死んじまうとか、生きていたとしても病院送りだ。それなのに、辿り着いたのがこの世界だったなんて……。偶然なのか?」
すると神様は後頭部に手を遣り、うーん、と唸ってしまった。
「あんたが神様なら、この世界を創ったのもあんただろう? 他の世界との繋がりとか、何かヒントってないのか?」
「それがな、トウヤ。実はわしにもよく分からんのだ」
「はあ!?」
俺は驚きを隠せず、神様の両肩に手を載せて揺さぶった。
さっきは『異世界に対する興味がある』という理由で、『さっさと俺を送り返せ!』とまでは言わなかった。だが、実際問題、帰らなければなるまい。
と、思いはしたものの。
「トウヤ、おぬし、本当に帰りたいのか? 元の世界に?」
「ああ、もちろんだ! ……って言おうと思ったんだけど」
すると、元から短気なのか、サンがじれったそうに会話に割り込んできた。
「ちょ、ちょっと待てよトウヤ! まだあんたはこの世界のことを知らないんだ。元の世界がどんなものか、あたしは知らないけど、もしかしたらこっちの世界の方があんたには向いてるかもしれないだろ?」
た、確かに。俺はしばしの間、沈黙した。どうするかな。
現実世界の俺はと言えば、本当に無様な生活を送っていた。全く以て自堕落だったのだ。
人と関わらない。喋らない。頼らない。それが、俺にとっては処世術の三ヶ条だった。
だが、この世界には知り合いもいないだろうし、どこか冒険心をくすぐられるものもある。
だったら――。
「うーん、ま、もう少し教えてもらえるか? この世界のこと」
「おお!!」
驚きと歓喜の声を上げたのは、神様とサンだ。
「あ、でもずーっとこの世界にいる、ってわけじゃないぞ? 帰りたいと思ったら、どうにかして帰してもらうからな。それだけは分かっといてもらわないと困る」
「そう固いこと言うなって、トウヤ! じゃあ、コイツはあたしら『武闘派』の一員ってことでいいかい、神様?」
「おおう、待て待て!」
神様は両の掌を着きだして、俺と腕を組もうとしていたサンを引き留めた。
「ここは三大勢力のそれぞれの言い分を聞かせてもらわんと困るのう」
「えー? 神様のケチ!」
「ケチで結構! とにかく神様っていう立場にある以上、わしにはこの世界の調和を保つ義務がある!」
するとサンと神様は、そろってぷいっと顔を逸らしてしまった。ガキの喧嘩かよ、これ。
ま、喧嘩なんてしたことのない俺が言える口ではないけれど。
しかし、二人が機嫌を損ねていたのはほんの僅かな間だった。
「トウヤよ、まずはこの世界のこと、つまりは三大勢力のことを、おぬしに説明せねばならん」
「三大勢力?」
耳にした覚えがある言葉だ。
「じゃあ、三つ巴で取り合いをしてるのか? 土地とか、田畑とか」
「まあ、そんなところじゃ」
神様の横では、サンがうんうんと頷いている。
「この世界では、その三大勢力という連中がおる。まずは『武闘派』。格闘技や剣技での戦いを主とする者たちじゃ」
「はいはーい! 私が代表のサン・グラウンズでーす!」
声はハキハキしているが、甲冑にこもってもやもやとしか聞こえない。さっさと甲冑脱げばいいのに。
「次に『機甲派』。彼らは主に銃器や大砲を使う。まあ、一人一人のスペックは高くはなかろうが、一番武装が充実しているのが彼らじゃ」
「ふうん。で、残りは?」
「えっと、『魔術派』って連中がいるわね」
「まじゅつ……」
俺は突然ファンタジックな気持ちに浸された。が、俺が首を傾げていると、サンが説明役を買って出た。
「連中は格闘も射撃も微妙な腕前なんだけど、自分の陣地に結界を張ったり、姿をくらましたりするのが得意ね。全く、卑怯な連中!」
「まあそう言うな、サンよ。トウヤ、これはわしからの提案じゃが……。これら三大勢力に短期入隊して、どこかの派閥に所属してみるのはどうじゃ?」
「は、はあ!?」
俺は自分の前後左右を眺めたが、戦える要素は全くない。
「痛くなくても、俺に弓矢やら銃弾やら魔弾やらが飛んでくるんだろ? 勘弁してくれよ! 生きた心地がしねえんだから!」
「それでは、トウヤよ」
神様は長身を腰から下り、ずいっと俺に顔を近づけた。
「おぬし、元の世界ではニートだったのじゃろう? 他者との交流を経って、ずっと部屋にこもっていたのじゃろう? それがせっかく異世界に来られたのじゃ。生き方を改めてみてはどうかのう?」
「……」
うーむ、そう言われてしまうと言い返す術はない。確かに、死にたいとは言わずとも生きていたいかと訊かれれば、『微妙』としか言いようがない人生だった。
だったら、冒険に出るのも悪くないのではないか。俺の防御ステータスは最強なのだ。皮肉にも、元いた世界でのデガティヴ・シンキングの具合が、その防御ステータスを保っている。
そもそも、『今すぐどの派閥に所属しろ!』と即断を迫られているわけでもない。いざとなったら、皆が守ってくれるだろう。
「分かった。取り敢えず、それぞれの派閥のリーダーを集めてくれないか? いろいろ訊いてみたいし」
「あ、乗り気になってくれたの!?」
俺は『まあな』と言いながら後頭部に手を回した。
「ただし殺さないでくれよ。防御ステータスが最強だからって、誰も『絶対死傷しない』とは言ってないんだからな」
「よっしゃ! じゃあ機甲派と魔術派の連中を呼んでくるから!」
サンがこちらに背を向けて走り出そうとした、まさにその瞬間だった。
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