第4話

 ガタン、とベッドが跳ね上がった。ゴゴン、という重低音がこの空間に響き渡る。


「なんだ!? 地震か!?」


 だとすれば凄まじい縦揺れだ。だが、神様もサンも落ち着いている――というか、緊張感をみなぎらせている。まるで、臨戦態勢に入ったかのように。

 サンは腰元から日本刀を抜いた。振り返ると、神様もまた神妙な面持ちでサンの背中を見つめている。


「トウヤ。見せてやろう、あたしたちの世界の真実を」

「し、真実……?」


 状況を飲み込めずにいる俺と、険しい顔の神様に振り返るサン。


「神様、ルーキーの出番だ。お手柔らかに頼むよ」

「任せておけ」


 すると、フワリと風が舞った。サンの足元から光が溢れ始め、黄金の扉が現れる。


「行くぞ、トウヤ!」


 扉の向こうへと踏み出していくサン。


「おぬしも早く行くのだ。わしもずっとこの扉を開いていられるほどの余裕はないのでな」

「わ、分かった!」


 一度は轢かれて落とした命だ。今さら何を躊躇うのだろう? 俺は一度深呼吸して、扉の向こうへと踏み入った、というか飛び出した。


「よっと……」


 俺が踏みしめた地面は、最初に落下してきたのと同じ原っぱだった。膝まで届かないくらいの高さの下草が地面を覆っており、ところどころに丘や小さくまとまった森林が見てとれる。だが、この空間が異様な状態であることは明らかだった。

 

 空が、真っ暗だったのだ。あれほど晴れ渡っていた青空に、黒雲のようなものがへばりついている。まるで空色のキャンバスに、黒いペンキをバケツでぶちまけたような感じだ。ただ、空が完全に塞がれてしまっているわけではない。振り返れば先ほど同様、明るい青空が広がっている。

 それはいいとして、一体これは何だ? この黒雲は何なんだ?


 よく見ていると、黒雲はその中心部が渦巻いていて、雲の間で真横に雷が走っている。


「遠距離攻撃部隊は弓を構えろ! 接近戦が得意な奴は油断せずに、迎撃準備!」


 すると、『おう!!』という勇ましい、言い換えればむさ苦しい男共の応答が聞こえてきた。やはり、このグループ――『武闘派』と言っていたな――は、サンをリーダーとして動いているらしい。


「お、俺は? 俺はどうしたらいい!?」

「あ、トウヤ。まだいたのか?」


 お前が引っ張り出してきたんだろうが。すると、サンは参謀次官と思しき男性を呼びつけた。どうやら指揮権を一時的に任せるらしい。


「ここよりは機甲派の連中の元にいた方が安全だ。トウヤ、一気にあそこまで走るぞ」

「あそこって……?」


 サンが指差した先には、小さな林がある。それだけだ。そんなところに隠れてどうなるのだろう?

 だが、その心配はすぐさま解消された。木々の陰から、高射砲の弾幕が巻き上がったのだ。


「な、なあサン、あそこって敵の陣地だろ? いいのか?」

「今はそれどころじゃない! 『暗黒派』の連中だけは、武闘派も機甲派も魔術派も共同で撃退しなくちゃならないんだ!」


 駆け出すサンの後を追う俺。


「暗黒派……? そんなにマズい敵なのか?」

「ああそうだ。今は、お前には隠れていてもらった方がいい。防御力だったら機甲派が一番だからな」


 だが、問題はもっと身近にあった。俺の息が切れてきたのだ。


「おい、何をやってる!?」


 サンが振り返る。あんな甲冑姿で、よくもこれほど走れるものだ。俺はと言えば、すぐに肺のあたりが締めつけられるような苦しさに襲われていた。ちょうど半分ほどの距離を駆けたところだ。

 ここ半年間、まともな運動をしていなかった。その必要がなかった。

 それなのに突然『走れ!』とは、酷な話があったものである。


「お前、それでも男か!」

「男である前にニートだよ!」


 無茶な話を展開する俺。


「とにかく走るしかないぞ、トウヤ! 手を伸ばせ!」

「くっ!」


 甲冑のひんやりとした硬質な感覚が、俺の手首を握り込む。同時に、サンは背後に仕込んであった棒切れと白い布を取り出した。白旗を挙げて、敵ではないことを機甲派の連中に知らせるためだろう。


「異界の者を連れてきた! 保護を願う!」


 すると、木々の間から数名の機甲派の者たち――兵士の一軍が、こちらに自動小銃を構えながら近づいてきた。


「異界の者の保護だと?」


 年嵩の男性兵士がゆっくり近づいてくる。

 実銃に触ってみたいという気持ちはあったものの、突きつけられたくはない。撃たれても自分が無傷であろうことは承知しているが、それでも怖いものは怖い。

 兵士は俺の足元から頭頂までにさっと視線を走らせた。それから自動小銃を背に担ぎ、一つ頷いた。


「よし、来てくれ、異界の者」


 足早に林の中に戻っていく兵士の後を、俺は必死で追いかけた。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」

「もう少しだ、トウヤ!」


 どうせ応援されるなら、おっさんではなく可愛い女の子にお願いしたいところだが――。などと思っていると、高射砲の陰に配置された野外戦用のテントから一人の女性が現れた。

 サンに比べるとだいぶ地味な印象だが、どこか周囲を安心させるような雰囲気をまとっている。着ているのはもちろん迷彩服だ。

 おっさん兵士は女性、というか少女兵士に敬礼をして、足早に高射砲の方へと向かっていく。

 銃声が響き渡る中で、なんとか聞こえるくらいの声量で少女兵士は語り始めた。


「え、えっと、トウヤさん……ですよね? 神様からお達しが出ています。あなたをお守りするようにと……」

「それはどうも」

「じゃあえっと、ですね、こちらのテントにどうぞ……」

「お邪魔します」


 少女の緊張が伝わったのか、俺もピリピリしてしまう。

 テントの中には、通信兵やら軍医、それに加え、地図を展開して状況を確認中の者たちなどがいる。


 俺と少女がテントに歩み入る。すると、全員が姿勢を正し、ザッ! と勢いよく敬礼した。

 さっと返礼する少女。すると、彼女は敬礼を解いてこちらに向き直り、背筋を伸ばした。


「あ、自己紹介、まだでしたね。私はエミ・コウムラと言います。機甲派の隊長を任されています」

「君が指揮官、ってこと?」

「はい。だ、だからあなたを出迎えに……」


 先細りになっていくエミの言葉。人見知りをする性質らしい。身長は俺と同じくらい。普段は眼鏡をかけているようで、防弾ゴーグルを眼鏡に付け替えるところだった。

 周囲を見回すと、異世界の軍隊というより自衛隊のような印象を受ける。日本人っぽいというか、なんというか。


 俺はエミも含め、機甲派の隊員たちの遣り取りに耳を傾けた。


「現在、我々が暗黒派に対抗できる措置は、高射砲と地対空ロケット砲だけです。武闘派は遠距離狙撃用弓矢で、魔術派もまた遠距離攻撃魔術で我々を援護しています」

「敵の動きは? 暗黒派に何か動きは?」

「現在のところは特に……ん? 待ってください!!」

「どうしましたか!?」


 エミが慌てて観測班のテーブルに向かう。


「ご覧ください、暗黒派の黒雲中央部にエネルギー反応!」

「!! 高射砲部隊、直ちに撤退! 装備は捨て置いて構わないから! 急いで!」


 それを耳にした通信兵が、撤退命令を無線に吹き込む。


「コウムラ司令! 高射砲部隊、総員撤退を完了――」


 という言葉が告げられた次の瞬間だった。

 バァン、とシンバルのような、しかしそれより遥かに攻撃的な音が響き渡った。直後、それこそ漫画のようにチュドーン、という爆発音が鼓膜を叩く。


「エ、エミ、どうしたんだ!?」

「暗黒派からの攻撃です! 落雷攻撃です!」


 俺が挙動不審に陥っていると、通信兵が振り返った。


「高射砲A、B及びDが撃破されました!」

「三基も!?」


 すると、エミはがばっと俺の方に振り返った。


「トウヤさん、ここも狙われる可能性があります! 魔術派の方へ逃げてください! 誰か手すきの者は!?」

「自分が参ります!」


 挙手したのは若い男性の兵士だ。


「トウヤ殿、こちらへ!」

「あ、いやでも、武闘派の連中は機甲派が一番防御力が高いって……」

「それは打撃攻撃に対して、という意味です! 現在、暗黒派が落雷という特殊攻撃を行っている以上、一番防御に適しているのは魔術です!」


 その兵士の勢いに呑まれるようにして、俺は彼に付いていくことにした。兵士は白旗を既に準備しており、魔術派のいる(らしい)方向へと駆けていく。

 走りながら周囲を見渡すと、あちらこちらで落雷が起こるところだった。それらは全て、暗黒派による暗雲から発せられている。火事や爆発があちこちで起こり、煙が濛々と上がっていた。


「こちらです、トウヤ殿!」

「あ、ああ!」


 応じると、そこには不思議な空間が広がっていた。

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