第14話

『静かの森』には、あちらこちらにテントが展開されていた。民間人と思しき人々の姿も見える。

 彼らの服装は、一言で言えば『今風』だった。かといって、流行に乗っていたり、派手なデコレーションをしたりしているわけではない。基本的には動きやすいジャージ。それに、少しカジュアルな雰囲気がある。

 しかし、人影はあまり多くはない。恐らく皆が朝食のために、丘の上の平地に行っているのだろう。さて、俺も向かうか。


 少し歩くと、不自然に大きなテントが目に入った。テントといっても、一般のテントではない。広くて丈夫な布の四方が、ポールの先端に括りつけられ、風通しはかなりいい様子だ。

 中にいるのは、ジャージではなく迷彩服を着込んだ人々。先ほど聞こえてきた無線音声の発生源はここか。


 一つ気になることがあって、俺はそのテントに一歩、踏み込んでみた。


「ちーっす」


 これもまた、緊張を解くためにわざと軽い口調で言ってみた。しかし、返ってきたリアクションは、俺の狙いとは真逆だった。


「はッ、トウヤ・クラノウチ殿! おはようございます!」

「おはようございます!」

「おはようございます!」


 テント内にいた全員が、ガタッと立ち上がって俺に敬礼した。


「え? あ、あの~……」

「いかがなさいましたか?」

「あ、いえ、皆さんにはお世話になるんで、ご挨拶を……」

「どうぞお構いなく!」


 間近にいた通信兵が、俺に解説してくれた。


「トウヤ殿は、我々がおもてなしすべき客人です。どうかそう緊張なさらず、何か問題がありましたら遠慮なくお申し付けください!」


 いや、そういう風にされるのが面倒だから、こうして気楽な挨拶に来たんだけど。

 まあ、悪い扱いをされるわけではあるまい。先ほどのエミの台詞は面白くなかったが。すなわち俺が、魔術派と戦う上での盾になる、ということだけれど。


 ふと、全く別な疑問が浮かんできた。


「あ、あの」

「はッ、なんでしょうか?」

「装甲車の燃料とか、弾薬の調達などはどうやって行うんですか?」

「はッ?」


 ぽかんとした顔をされた。


「いや、だから、燃料とか弾薬とか必要ですよ、ね?」

「ああ、トウヤ殿は別世界からいらしたのでしたね。そちらでどうなっているかは分かりませんが……。燃料や弾薬は、木になっています」

「は?」


 今度は俺がぽかんとする番だった。


「んー……」


 俺の態度に、相手の通信兵も説明に窮した様子。


「で、では、ご覧いただいた方がよいかと思います。おい、カワウチ!」

「はッ!」


 呼び出されたのは、俺と同年代と思われる兵士だった。童顔ながら、軍人らしい精悍さを感じさせる。若いのに苦労してるんだな。


「トウヤ殿を弾薬林と燃料林にお連れしろ。くれぐれも危険のないように」

「はッ!」

「トウヤ殿、このカワウチ上等兵がお連れします。ご同道ください」

「分かりました」


 と、答えてみたはいいものの、『林』って……。一体どんな風になっているんだ?

 俺がじっと考え込んでいると、『トウヤ殿!』と呼びかけられた。カワウチ上等兵の声だ。


「では、参りましょう。徒歩で十分ほどです」

「あ、ああ。よろしく」

「よろしくお願いいたします!」


 言うが早いか、カワウチ上等兵は敬礼を決めて、さっさと歩きだした。


 カワウチとつかず離れずといった距離を保ちつつ、俺は彼についていく。お互いが無言だ。カワウチにとってはこれは任務の一環だから、私語を慎んでいるのかもしれない。

 しかし意外にも、声をかけてきたのはカワウチの方だった。


「つかぬことをお伺いしますが、トウヤ殿、よろしいですか?」

「え? ああ、俺に答えられることなら何でも訊いてくれよ」


 敢えて気楽な風を装う俺。しかし、次にカワウチから発せられた質問は、俺の胸を貫通するに十分な破壊力を秘めていた。


「先ほどコウムラ隊長と、何かあったのですか?」

「ぶふっ!?」


 まさかそれを訊かれるとは、思いもよらなかった。鼻血が出そうになるのを、なんとか食い止める。


「い、いいいや別に? 何もねえよ?」

「左様ですか」


 カワウチは安堵したような、しかし納得しきれないような、妙な表情をしていた。

 あ、もしかして。


「カワウチ上等兵、っていうかカワウチ!」

「はッ!」


 慌ててこちらに振り向く彼。


「もしかして、エミに気があるのか?」

「ぶふっ!?」


 今度はカワウチが鼻を押さえる番だった。


「お、おいカワウチ!?」

「じ、自分はそんな、コウムラ隊長のことなんて……い、いえ、上官として尊敬してはいますが、特にそういうことはないっていうか、えと、そういう、っていうのはつまり……」


 実に滑稽な、カワウチの狼狽っぷり。だが俺は、それを笑い種にする気にはなれなかった。カワウチの肩をポンポンと叩くにとどめる。


「諦めることはないと思うぜ」

「……」


 恥ずかしさのためか、カワウチは火を噴きそうな顔をしながら一つ、頷いた。


「さ、先を急ぎましょう!」


 ふっと顔を逸らして、カワウチはずんずんと進んでいく。分かりやすいなあ……。


         ※


 俺とカワウチ上等兵は、ゴツゴツした山肌を登っていた。山肌といっても穏やかなものだが、丘よりはだいぶ体力を浪費する。ところどころが濡れているのは、川が下っているためだ。


「まだか? カワウチ」

「もうじきです!」


 山肌にも森林は広がっている。もう少し傾斜が緩やかな山道だったら、ピクニックにうってつけだろう。そんなところに自動小銃を提げて進んでいる、っていうのはなんとも場違いなような気がしてならないのだが。


 俺は先ほど、自分のスキルについて考えていたことを思い出した。防御スキルの低下に伴い、運動速度や攻撃のスキルが上がるのでは、という件だ。

しかし、どうやら体力には影響していないらしい。つまり、素早さ、攻撃力は上がっても、体力は変わっていないようだ。日頃の運動不足に基づく体力維持能力の低さは、未だにそのまんまということか。


 俺が一つため息をつくと、先を行くカワウチが声をかけてきた。


「もう少しですよ、トウヤ殿!」

「おう……」


 息を切らしながら短く答える。足が攣りそうだ。だが、そんなグダグダっぷりが霧散したのは、まさに次の瞬間だった。


 まずは、目に刺激が入った。視界を左右に分断する、上空からの真っ白な光。だが、装甲車のライトではない。もっと強烈でいて、一瞬の輝きだ。


「!!」

「うわっ!!」


 続いてズドン、と何かが降ってきたかのような、地を揺らす轟音。

 俺は身を引こうとして、尻餅をついた。それに対しカワウチは、自動小銃を肩から外し、さっと岩場に隠れる。ちょうど小川――幅は一メートルほどだろうか――を挟んで、俺たちの間は引き裂かれた。


 俺は自分なりに、今の状況を確認した。今のは落雷だ。魔術派だろうか? 


「おい、卑怯だぞ! 突然何しやがる!」

「トウヤ殿、違います!」


 俺の勘違いを指摘しながら、カワウチは自動小銃のセーフティを解除した。


「これは暗黒派です! 影人が来ます、あなただけでも逃げてください!」


 言うが早いか、カワウチは銃撃を始めた。俺が岩陰から顔を出すと、ちょうどそこには真っ黒な、まさに影のような人間もどきが立っている。今回は一体だけのようだ。

 あっという間に弾倉一つを使い切り、カワウチは舌打ちを一つ。リロードを試みる。だが、ちょうどこの期を見計らっていたかのように、影人はタン、と音を立てて身軽に跳躍した。対するカワウチはと言えば、慌てて手元が狂ったのか、弾倉を取り落としてしまった。


「くっ!」


 ダメだ。リロードは間に合わない。カワウチがやられる。こうなったら……!

 

「うおおおおおおお!!」


 俺は雄叫びを上げながら、影人に殴りかかった。

 ガード姿勢を取ることなど、一切考えてはいない。そのために与えられた防御スキルだろうが。


「ぐっ!」


 影人はまさに、カワウチの首を絞めて持ち上げようとしていた。しかし俺の絶叫に気づいたのか、こちらに向き直り、カワウチを無造作に放った。人質は取らず、こちらを迎え撃つつもりらしい。

 好都合だ。俺の防御スキルを見せつけてやる。

 

 影人は、鮮やかなストレートを放ってきた。俺は回避もせずに、その腕を自分で振り払うようにして拳の軌道を逸らす。そのまま相手に抱き着くようにして押し倒した。が、ここはそれなりに傾斜のある坂の上だ。


「うおっ!?」


 相手は上手く自分の身体を反転させ、俺と共に転がり落ちた。


「ッ!」


 背中に衝撃が走る。痛みはないし、どこかを骨折したわけでもないだろう。だが、相手に馬乗りになられてしまった。

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