第13話

《武闘派の皆さん、定刻となりました。今後、この陣地は我々機甲派のものとなります。速やかに移動してください》


 スピーカーで拡大された音声が響いてくる。どうやら機械や装備の配置が進んでいるらしい。


《また、トウヤ・クラノウチ氏の身柄も、我々に一任されるものとします。これはサン・グラウンズ、エミ・コウムラ、オーラ・ベリアル、以上三者の同意に基づく処置となります。ご承知おきください》


 そうか、武闘派での体験入学はここまでか。俺はサンと一緒に腰かけていた長椅子から立ち上がった。


「聞いたよな、サン。俺は行かなくちゃならないみたいだ」

「う、ん、そうだな、うん」


 サンは膝を合わせ、肩を落として顔を背けた。


「す、すまなかったな、トウヤ。い、いきなりで、お、おお、驚いたんじゃ、ないか?」

「そりゃ、まあ……」


 後頭部に手を遣る俺。この人生で、恋人がずっといなかったわけではない。が、まさか今後の人生を誓い合うようなことが起こるとは。しかも今日、異世界で。

 だが、それに対する驚きより、もっと強い気持ちがあった。サンのことを気に掛ける思いだ。


 俺が次の言葉を模索していた、その時だった。ポン、と音がするように肩を叩かれた。


「トウヤ・クラノウチさんですね?」

「は、はい」


 反射的に肯定する。そこに立っていたのは、ある兵士だった。兵士といっても、武闘派とは外見が大きく異なる。迷彩服にヘルメットを被り、自動小銃を背負っている。甲冑や剣に代わる装備――機甲派の特徴たるものなのだろう。


「エミ・コウムラ隊長がお待ちです。こちらへ」


 無言で頷く。俺はサンに振り返ってやることもできずに、静かに連れられて行った。


 しばし歩き、森の中に入った。確か、『静かの森』と呼ばれていたな。『静かな森』ではないのがポイントだ。

 俺たちの左右には、様々なことをしている人々がいた。急いで荷物をまとめたり、家族で額を突き合わせたり、負傷した兵士の看病をしたり。

 暗がりを照らすのは、機甲派の装甲車のライトだ。ありがたいものだろうが、武闘派の民間人の退避を急かしているようにも見える。


 そういえば、機甲派も民間人を抱えているのだろうか? だとしたら、この移動はより大変なものになりそうだが。

 そんなことを考えていたら、目の前が一瞬真っ白になった。正面から真っ直ぐにライトを当てられたのだ。


「うっ……」


 ちょうどライトを後光のようにして、一人の少女が立っている。誰であるかはこのライトよりも明らかだ。

 すっと片腕を上げる少女。すると、『照明、落とせ!』という張りのある声が連続し、周囲のライトは適切な明度にまで下げられた。


「こんばんは、トウヤさん。自己紹介は不要ですね?」

「ああ。エミ、って呼んで構わないか?」


 はっきりと首肯するエミ。だが、自己紹介が不要というのは語弊があったかもしれない。バストサイズは……いや、何でもない。


「で、俺は機甲派で何をすればいいんだ?」

「何を、ですって?」


 エミは微かに首を傾げた。


「そうですね、あなたには前線に出て戦っていただきます」


 やはり盾扱いか。


「で? 敵は? 武闘派か?」

「いえ」


 エミは、今度は真っ直ぐ俺を見つめたまま言い放った。


「魔術派です」

「なんだって?」

「彼らの戦力は、敵ながら誠に偉大です。単に我々が攻め込むだけでは制圧は不可能です。そこで、あなたの力が要る。不本意かもしれませんが、我々とて戦う者、武人です。守るべき人民もいます。さあ、ご同道を」


『と言っても、お休みになっていただくだけですが』――そう言って、エミは僅かに口元を緩めた。

 再び背後から肩に手を載せられ、特に逆らう理由もなく、しかしどこか腑に落ちないものを感じながら、俺は歩んでいった。


         ※


「目標本隊現在地、監視態勢に移行せよ」

「武闘派の総員退去を確認、監視隊は本隊に合流を」

「整備班、装甲車六号のジェネレーターを確認してくれ」


 様々な声が飛び交う中、俺は目を覚ました。だが、実際に瞼を開いたわけではない。周囲が騒がしかったので、意識が浮き上がってきただけだ。といっても、まだぼんやりしているが。

 すると、間近でザッと音がした。テントの入り口が開けられたらしい。そういえば、昨日は個人宿舎、というか個人テントを提供してもらったのだったか。『静かの森』の、やや奥まったところだ。


「お、おはようございます、トウヤさん……」


 テントに入ってきたのはエミのようだ。隊長様直々に起こしにきていただけるとは、光栄至極といったところか。


「ん……」


 俺は目を擦りながら、声にならない音を喉から出した。鬱蒼とした木々に遮られて、日は差してこない。道理で目覚めがぱっとしないわけだ。


「ト、トウヤさん? 朝ご飯、できますので……」


 エミの態度は、昨日とは丸っきり変わっていた。昨日はキビキビしていたエミ。だが、どうやら無理をしていたようだ。素のエミは、こっちのおどおどしている方か。


 すっと影が差す気配がして、俺は目をパチクリさせた。


「お、起きてください、トウヤさん」

「おう……」


 飯か。昨日からいろいろあって意識外だったが、確かに空腹を感じる。

 俺はエミを驚かせようという気持ちもあって、ばっと勢いよく上半身を跳ね上げた。おどけてみせれば、心理的距離も縮まると考えたのだ。

 その時『ぽむ』とか『ぱふ』といったオノマトペが似合いそうな感覚が、俺の頭部を包み込んだ。


「!?」

「ん、んむ!?」


 息ができない!? な、なんなんだ、この柔らかな感覚は!? 俺を窒息させるトラップか!?


「ぷはっ!」


 俺が慌ててのけ反ると、ちょうどエミと目が合った。すると、エミの顔がみるみる赤くなっていく。


「トウヤさん……。ごめんなさい、これでも私だって女ですので……」

「けほっ、けほっ……な、何を言って――」

「人の胸に顔を押しつけないでくださいっ!!」

「なっ!?」


 馬鹿な! 一体俺が、いつそんなラッキースケベな行動を!?

 と、慌てる間もなく、俺の視界は強制的に横向きにされた。案の定痛みはないが……。ああ、エミに引っ叩かれたのか。

 するとエミは勢いよく立ち上がり、叫んだ。真っ赤な顔はそのままに。


「さっさとご飯、食べちゃってください!!」


 それからくるりと綺麗な右回りをし、俺を残して出ていってしまった。

 最悪だな、こりゃ。なんてこった。俺は呆然としながら、額に浮かんだ汗を拭おうとした。そう、拭おうとしたのだが。


「ん?」


 掌に違和感が走った。皮膚が、部分的に盛り上がっている……? さっと周囲を見回すが、鏡の類はない。一体どうしたんだろうか、俺の額は。痛くも痒くもないのだが、ミミズ腫れのように一筋、皮膚に凹凸がある。


「……?」


 そういえば昨日、武闘派の兵士と決闘まがいのことをやった時、相手の剣先が当たったのがここ、額だったな。俺の防御スキルは最高なんじゃなかったのか?

 いや待てよ。防御スキル最高といっても、それは『あらゆる攻撃を弾く』ということとイコールではない。


 その考えに至り、俺は背筋が凍るような悪寒に襲われた。

 それって、もしかしてもしかしたら、俺も殺されるかもしれない、ってことか……!?


「ッ!!」


 俺は悲鳴にもならない音を喉から発した。

 俺、死ぬの? ここで死んじまうの!? なんてこった!! 早く元の世界へ戻って自分の部屋に……いや、警察? 病院に行くべき? 今は誰を頼ればいい? 神様か!? あのぐうたら爺さんめ、一発ぶん殴ってやる――。

 

 と、そこまで思考が至った直後。俺の脳裏には、昨日の武闘派の兵士との戦闘がよぎっていた。俺は相手の攻撃を避け、転ばせることに成功したのではなかったか?

 今まで安易に口にしていた『スキル』という言葉。だがもしかして、防御スキルが下がり、その代わりに運動速度や攻撃のスキルが上がった、と解釈することはできないだろうか?

 では、そのスキル分配の鍵になった原因は何だ?


「……」


 俺は我知らず、顎に手を遣って考え込んでいた。するとザクザクと地を踏む音が近づいてきて、再びテントが開けられた。


「……早く朝食を摂ってください、トウヤさん」

「あ、エミ……。さっきは申し訳な――」

「忘れてください。では」


 その颯爽とした、否、やけっぱちになった態度に、俺は慌てて食堂になっているテントに向かった。

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