第19話

 しばらく俺は、同じ行動を繰り返した。

 バリアを割る。魔術書類をかっぱらう。機甲派の連中に書類を保管させる。飽くまで大事に、だ。

 

「これで……三つ目!」


 破壊したバリアの個数をカウントしながら、魔術書類を抱き込むようにして丘を駆け上がる。通信兵に教わったが、バリアを成す半球体は六つ確認されていた。あと半分か。


「ほら! こいつも頼むぞ、カワウチ!」

「は、はッ!」


 カワウチに書類を手渡した、その時だった。

 バシィン、という轟音が響き渡ったのは。


「うっ!?」


 同時に発せられた光が、俺の視界を真っ白に染める。これは、落雷攻撃だ。オーラの十八番――ついに魔術派も本気を出し始めたらしい。

 その落雷攻撃を皮切りに、丘の下から地を舐めるような軌道で様々な攻撃が機甲派を襲った。炎が、氷が、風が、そして雷が、並んだ機甲派の射撃部隊を薙ぎ払っていく。


 まずいな、と直感した。バリアが生きている魔術派のグループが、ゆっくりと歩み寄ってくる。彼らにとって、急ぐ必要はあるまい。俺の鉄拳以外、いかなる攻撃をも弾くバリアに囲まれているのだから。


「あいつら!」


 俺は怒りに任せ、また新たな半球体をぶち壊すべく突進する。だが、体力的な限界というものもある。


「はあっ!」


 と大きく息をつきながら、再び丘を駆け下り始めた時だった。俺と並走し、割れたバリアに突撃をしかける人影を見たのは。


「お、おい、カワウチ!」


 その人物の名前を、俺は叫ぶ。しかし、カワウチは全く意にも介さず、いや、ただ聞こえていなかっただけかもしれないが、とにかく突撃した。

 バリアを破られ、魔導書類を取り上げられた魔術派のグループに駆けていくカワウチ。走りながら、背負った自動小銃を腰だめに構える。

 まさか、あいつ……!


「おいよせ、カワウチ!!」


 俺は自分の呼吸が乱れるのも構わず、彼の背を追った。

 何がきっかけかは知らない。だが、あいつは既にバリアが破られ、防御陣形に移動している魔術派に向かっている。


 想像したくはない。だが、『どんな死に方をしても構わない』と言いきったカワウチのことだ。攻撃手段のなくなった魔術派を、虐殺する気ではないのか。


「カワウチ!」


 俺は必死に彼の名を連呼する。どうしてもあいつを止めなければ。

 だが、ちょうど目前で炸裂した魔弾に、俺は怯んだ。その隙に、カワウチは割れた半球体に跳び込み、声を張り上げた。


「少尉の仇め!!」

「や、やめろおッ!!」


 俺も必死で叫んだが、遅かった。カワウチは自動小銃をフルオートで、バリア内の魔術派の連中に浴びせた。そうか、上官である少尉が殺されたから、冷静でいられなくなったのか。


 いや、そんな理由はどうでもいい。

 今のところ敵であるとはいえ、魔術派の連中が無残に虐殺されていくのを見てはいられない。そういう気持ちもある。

 だが、それ以上に俺を苦しめた心境は他にある。あの人懐っこいカワウチが、暴虐の限りを尽くしている、ということに対する恐怖感だ。


 驚きよりも怒りよりも、恐怖。

 戦争、いや、その現場で行われる戦闘行為が、こんなにも人を変えてしまうとは。防御だけが取り柄だった俺には――あまり人を攻撃する必要のなかった俺には、それがとてつもないおぞましさを伴って迫ってくるように思われた。


「ッ!」


 俺は、その恐怖から逃れたい一心でカワウチを引き留めにかかった。


「やめるんだ、カワウチ!!」


 引き金を引き続けるカワウチを、背後から羽交い絞めにする。


「放せ! 放してくれ、トウヤ! こいつらは少尉を焼き殺したんだ!」


 死んだ? あの少尉が? その事実に一瞬怯んだが、俺はこの世界に来たばかり俺とは違う。自負していたのだ。人が苦しみ、もがき、死んでいく悲しみ――それらを俺は理解していると。

 だからこそ、俺は思いっきりカワウチを突き飛ばした。


「そんなのお互い様だろうが! お前だってもう、立派な人殺しじゃねえか!」


 視線を前に戻す。すると、その先に横たわる『惨状』が否応なしに俺の目に飛び込んできた。

 無抵抗を示そうとしたのだろう、両手を挙げたり、掌をこちらに突き出したりしている魔術派の兵士たちが横たわっている。そんな彼らの身体は、ボロ布のようにズタズタにされていた。

 魔弾とは違い、機甲派の使っている金属製の銃弾は、明確に魔術師たちの身体を『破壊』している。血と臓物が飛散する中で、俺は呆然と立ち尽くした。


「ああ……」


 止められなかった。俺自身にどれだけ防御スキルがあろうと、それは自分を守るためのものにすぎない。他者を救うことには繋がらないのだ。

 

 俺の胸中に絶望が染みわたってくる間に、カワウチは再び立ち上がった。まだ殺したりないというのか。


「いい加減にしろ、馬鹿野郎!!」

「行かせてくれ、トウヤ! 僕の復讐はまだ終わっていないんだ!」


『復讐』という言葉にドキリとする。だが、カワウチが言葉を言い切る前に、無線が入った。エミの声がする。


《機甲派総員に告ぐ! 我々は被害甚大のため、敗北を認め撤退する! ただちに戦闘態勢を解き、ベースキャンプに戻りなさい!》

「そんな!」


 慌てて振り返るカワウチ。小刻みに肩を震わせながら、銃口を下げる。


「おい、戦闘終了だ! 復讐だかなんだか知らないが、取り敢えずその物騒なものを仕舞え!」


 そう言いながら、俺はカワウチの見つめる先を凝視した。エミが白旗を掲げ、オーラのいる半球体へと近づいていく。その場の全員が、戦闘態勢を解いた。カワウチ以外は。


 すっと掲げられる、魔術派陣営からの白旗。こちらも戦闘終了を認めたらしい。半球体のバリアは今も展開されている。それに向かって、カワウチは再び銃口を向けた。


「おい、何やってんだ!!」

「うあああああああ!!」


 俺の制止も聞かずに、カワウチは別な球体へと駆けていく。自動小銃を乱射しながら。

 彼の肩を掴もうとした俺は、しかし、空を掴むことになってしまった。何故なら、俺が手を伸ばすより早く、カワウチは無数の氷の矢で串刺しにされてしまったからだ。


「カワウチッ!!」

「待たれよ!!」


 カワウチに駆け寄ろうとしたその時、前方から『音』がした。

 いや、『音』ではなく『声』なのだが、それにしてはあまりにも威厳に満ちていた。とても生身の人間の声とは思えない。ああ、だから彼らは魔術派なのか。


「これ以上我らに近づくでない、異界の者よ。我々は協定に基づき、戦闘を終了した。これ以上の暴力は罪以外の何物でもない。この者――カワウチは当然の罰を受けたのだ。貴殿が気にすることではない」


 言葉に圧倒され、カワウチに駆け寄ってやることもできない。彼の身体は完全に脱力しきっており、もう息絶えているのは明らかだ。


 世話になった人間が、自分の目の前で命を落とす。その絶望感から目を上げると、そこには長身痩躯の男性が立っていた。

 短めの白髪だが、神様のように顎鬚を伸ばしてはいない。羽織っているローブは真っ白で、ところどころに金色の刺繍が施されている。埃一つついていないその姿を前に、俺は無意識のうちに膝をついていた。

 彼は、自分の背丈と同じくらいの長さの、ずっしりとした杖を握っている。その下部、先端に氷がついている。そうか、カワウチを殺したのはこの男なのだ。


 今までの俺だったら、防御スキルにものを言わせて殴りかかっていただろう。だが、目の前の男性の瞳には、俺を威圧する、というより畏怖の念を抱かせるだけの力があった。


 そこまで状況を把握したうえで、ようやく俺はその男性のそばにオーラが控えていることに気づいた。


「あ、あなたは……」

「いかにも。オーラの父だ」


 オーラの反対側には、これまた長身の、しかし地味なローブ姿の女性が立っている。彼女はきっと男性の妻、すなわちオーラの母親だろう。僅かな笑みを浮かべ、『そんなに怖がることはないのですよ』とでも言いたげだ。


 待てよ。両親が健在なら、どうしてオーラが魔術派の代表になったのだろう? これまた一悶着あったのだろうが……いや、今考えるには早計だ。取り敢えず俺は身分を明かし、魔術派の方に編入させてもらわなければ。


「あの、俺の身柄は……」

「オーラ、あなたの方からご説明なさい」


 母親に促されて、オーラは俺の正面に立った。

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