第20話

「取り敢えずボクたちのバリアの中に。そこで話す。ついて来て」


 淡々と語るオーラ。父親の真横、カワウチが倒れている場所から離れるように歩いていく。

 そうか、今こそ俺が所属する派閥を切り替える時なのか。俺は魔術派に体験入学をする、つまり魔術派の味方になるのだ。

 そのリーダーたるオーラが『ついて来て』言うのならば、従わねばなるまい。しかしその前に。


「な、なあ、少し待ってくれないか」

「ボクの方にも情報は入ってる。もう機甲派は敗北を認めて、この土地を受け渡す準備ができたみたい。ひとまず、トウヤも魔術派司令部に」

「ああ、それは分かってるんだ」


 分かっているとも。さっきの親父さんの、威厳溢れる声を聞かされてはな。が、すぐに行くわけにはいかなかった。


「全員じゃなくていい。被害者を埋葬してやりたいんだ」


 片眉を上げてみせるオーラ。やや困惑したようだ。だが、それでも両親に指示を仰ぎはしない。飽くまで最高司令官は自分だ、ということか。


「あんまり時間はない。それはトウヤも知ってるはず」

「分かってる。一人だけでいい」


 本当は全員埋葬してやりたいけどな、という言葉を飲み下し、俺はオーラの許可を待つ。


「じゃあ、ボクが魔法で墓穴を――」

「あ、いや、待ってくれ。初めから俺がやる。時間かけちまって悪いけど……。頼む」


 俺はオーラに向かい、腰を折って深く礼をした。

 数秒の後、『いいよ』という応答が返ってきた。


「いいんだな?」


 上目遣いの俺に対し、こくりと頷くオーラ。


 俺が埋葬しようとしたのは、言うまでもなくカワウチのことだ。


「カワウチ上等兵!!」


 という悲鳴が響き渡ってきたのは、俺が振り返るまさに直前だった。

 はっとして顔を上げたところ、そこには白旗を放り投げてカワウチへと駆け寄るエミの姿があった。


「カワウチ、しっかり!」

「……コウムラ……隊長……」


 まだカワウチには息があった。奇跡としか言う他あるまい。

 しかしエミにも、『しっかり!』以外にカワウチにかけるべき言葉が見つからない様子だった。

 そしてそれは、カワウチも俺も同じだった。


 そっとカワウチの身体を地面に横たえるエミ。どうやら、カワウチは事切れたらしい。

 俺は夕日に照らされた彼らの姿に向かい、力なく歩を進めていった。


「エミ、カワウチは上官を殺されて……。あ、いや、だから仇討ちのつもりで……。そう、こう、追い込まれてどうしようもなかったんだよ、うん。だから許してやって――」

「許さない!!」


 エミはへたり込んだ姿勢のまま、喉が掻き切れそうな勢いで叫んだ。キッと俺の方を見上げる。涙をこらえるための眼球周りの筋肉は、とっくに決壊していた。だが、そこにあるのは悲しみだけ。憎しみはない。

 カワウチが機甲派・魔術派の間の戦闘規約に反したことから、殺されてしまっても仕方ないと割り切っていたのだろう。そう考えて、相手を恨むことなしに味方の死を悲しんでいる。

 エミは強い女性なのだと、まさにそう思い知らされた。


 エミがカワウチのことをどう思っていたのかは、測りかねる部分であり、踏み込むべきでない領域だろう。俺は単純に問いかけた。


「エミ、カワウチを埋葬してやりたい。スコップ、貸してくれるよな?」

「私も……」

「ん?」

「私も埋葬、手伝う。タツキの遺体だもの」


 タツキ? 誰のことだ、と問いかけるまでもなく、俺は察した。カワウチは姓で、名はタツキというのだろう。結局俺には、名で呼ばせてくれなかったカワウチ。それほど任務に集中していたということか。

 すると周囲で会話を聞いていたのか、機甲派の兵士がスコップを二つ持参していた。


「いいよな、オーラ?」


 再び頷くオーラを見て、俺はすぐさま振り返った。


「さあ、タツキの寝床を造ってやるぞ、エミ」


 エミは言われるまでもなく、カワウチ、もといタツキのそばで、土にスコップを突き立てていた。


         ※


「思ったより安らかな顔だったな、タツキの奴」

「……ええ」


 涙の筋が乾ききらない顔をこちらに向け、エミが頷く。

 最終的に、タツキの墓は丘の麓、森に入る手前に造られることになった。墓といっても、棺桶も何もなく、ズタボロの姿のままで埋められることになった。俺は少しだけ大きく土を盛り、そこにタツキの自動小銃を突き立てた。


「あなたはもう魔術派の人間です。これ以上機甲派の我々と一緒だと、魔術派の人間から裏切り行為と見做される恐れがあります。早くオーラ氏に合流してください」

「……ああ。そうする」


 あからさまな別れの言葉を口にするのも無粋だな。俺はそのままエミに背を向けた。遠くでは、沈みゆく太陽の方に魔術派のバリアが展開されている。あれの内のどこか、オーラのいるバリアに向かわなければ。


 だが、どうしても俺には気になって仕方のないことがあった。再び振り返り、墓前にしゃがみ込むエミへと、すっと視線を飛ばす。


「悪いことを訊く。エミはタツキのこと、どう思ってたんだ?」

「好きでした。心の底から」

「!?」


 あまりにもあからさまな表現に、俺は面食らった。

『どうして』と問い続ける間を与えずに、エミは自ら言葉を紡いでいく。


「流れ弾でご両親を失いながらも、それをバネにして戦い続ける。周りへの気遣いも忘れない。そんな人でしたから。でも……」

「でも?」

「彼の直属の上官だったキムラ少尉が殺されて、我を忘れてしまったんでしょうね。少尉はカワウチ上等兵の――タツキくんの父親代わりでしたから」

「そう、なのか」

「だからこそあんな暴虐な行為に走ってしまったんでしょう。少尉が殺されてしまったんですからね」


 俺は黙考した。それが、タツキをあんな行為に走らせた理由なのか。穿った見方をしなければ、単純にそうなるのだろう。そこから考えられるのは、いかにタツキが家族の愛に飢えていたか、ということだ。

 それに対し、オーラは両親が健在だ。どういうわけで彼女が指揮官になり、戦闘行為に走っているのかは分からないけれど……。

 俺は先ほど目を合わせた不思議な少女の心境に思いを馳せた。


「トウヤ」


 突然背後から声を掛けられて、俺は飛び上がらんばかりに驚いた。


「なんだ、オーラか……」

「ボクたちも作戦を練る必要がある。一緒に来て」

「分かった」


 そう言いながら、エミの方を振り返る。彼女はタツキの墓の前で、体育座りをしている。


「じゃ、じゃあな、エミ。本当はもう戦いたくはねえんだけど……。決まり事だから」

「ええ、行ってください、トウヤさん」


 エミは立ち上がり、顔をこちらに向けた。


「あとは、私自身の心の問題ですから」


 俺はロクな言葉をかけてやれなかったので、代わりに大きく頷くにとどめた。


「行こう、トウヤ。皆、待ってるから」

「ああ」


 そう短く答えて、俺は頭二つ分は背の低いオーラと共に、機甲派の陣地を後にした。


         ※


「おお、オーラ様!」

「お待ちしておりました、さあ、こちらへ!」

「トウヤ殿、お水を」


 差し出された水筒。俺は相手に目で感謝を示しながら、その水筒に口をつけた。予想以上に喉が渇いていたことを思い出し、一気飲みする。


「悪い、全部飲んじまった」

「お気になさらず」


 俺に水筒をくれた魔術師は、笑顔を残して俺の前を横切り、席についた。

 ここは、一際大きく展開されたバリアの中だ。どうやら味方であればぶち破る必要はないらしく、柔らかな効果音と共に、俺はその半球体に足を踏み入れていた。


「さあ、こっちだ、オーラ」


 オーラの父親が場を空ける。そして、オーラは自分の足が地面につかないほど高い椅子に腰かけた。やはり幼女が前線指揮を執る画というのは奇妙だな……。ま、いいけど。

 すると、机上の地図を指差しながら、作戦参謀らしき人物が声を上げた。


「今はもう夜分です。流石に今すぐ機甲派に『出ていけ!』というのは酷でしょう。明日、監視部隊と斥候部隊を編成し、安全が確認されましたら、丘の上に皆で移動する。いかがでしょうか?」

「うん」


 オーラは頷いた。ただし、単に参謀の話を聞き流していたわけではない。きちんと頭を働かせる機動音が聞こえてくるような錯覚に、俺は陥った。


 すると、オーラの母親が立ち上がった。


「では皆さん、緊急会議はこれまでとします。負傷者に治癒魔法を与える作業に戻ってください」


 全員が頷き、三々五々、バリアから出ていく。するとオーラは、母親に向かって意見した。


「ボクのことをトウヤに話してもいい? 今魔術派に来たばかりだから」


 すると母親は柔和な笑みを浮かべ、『ええ』と一言。彼女が出ていくのを確かめてから、オーラはすとん、と椅子から降りて、真っ直ぐに俺を見上げてきた。

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