第21話

「疑問でしょ、トウヤ? どうしてボクみたいな子供が、そうして指揮官を務めているか」

「そりゃあな。親父さんの代なんじゃないか、今は。あれだけ気迫もあるし、統率力もありそうだし」


 俺は素直に首を傾げてみせた。


「やっぱり疑問なんだね、トウヤ」


 父親の方が指揮官には向いている。そんなことを、俺は露骨に言ってしまった。しかし、オーラは特に気にしている様子ではない。言われ慣れた言葉なのだろうか。


「答えは単純。ボクが一番、魔術を上手く扱えるからさ」

「ふーん、だからか……ってえ? そ、そうなのか?」


 これには流石に驚いた。目を見開きつつ、俺は立ち上がる。だが、そんな俺の狼狽を無視して、オーラは続けた。


「先天的なものでね。トウヤに言っても分からないかもしれないけど、三歳の頃にはかまどに火を入れることだってできたんだ。杖も使わずに、両の掌の間で小さな雷を起こしたりとか」


 ああ、だから落雷攻撃が得意だったのか。


「これ、見てよ」


 いつの間にやら、俺の前に球体――半分だけではない、完全な球体が浮かんでいた。


「うわっ!?」

「物体の移動魔法。初歩の初歩だよ」


 そんなことを言われても、俺は魔術師の産まれではない。そんな人間が、魔術を目前に使われたところで驚かない方がおかしいだろう。

 横を見ると、カーテンが微かに揺れている。その奥に、この球体は置かれていたのだろう。


「それで何をするつもりなんだ?」


 俺はやや足を引き、しかし怖いもの見たさで問いかけた。すると、全く意外な答えが返ってきた。


「武闘派の動向を見張る」

「えっ、武闘派の……?」


 俺は一つの疑問にぶつかった。


「なあ待てよ、オーラ。武闘派より機甲派の方が強いんだ。それを屈服させた、ってことは、魔術派が最強ってことなんじゃないか? なにも警戒することはないだろう?」


 すると、オーラは無表情のまま、『そう簡単にはいかないの』と一言。軽く肩を竦める所作は、幼女らしからぬ雰囲気を漂わせている。まあ、萌え度が減退するものではないけれど。

 そんなことはどうでもいい。問題は、『何故魔術派が武闘派を警戒するのか』だ。

 

 しばし口を閉じていると、オーラがゆっくりと語りだした。


「怖いんだよ、武闘派って。バリアが効かないから」

「そうなのか、大変だな。――って、はあ!?」


 あれだけの火力を以てしても破られなかったはずのバリア。それが効かないということは、武闘派にも勝機が見えてくる。だが、そんな話があるだろうか?


「それに、こっちの魔弾は跳ね返されるしね」

「ま、マジ?」

「マジ」


 そうしたら、こちらの攻撃も防御も通用しない。八方塞がりではないか。

 

「で、でもさ、どうして機甲派の弾丸や爆弾にはビクともしなかったバリアが、刀とか弓矢とかで破られるんだ?」

「さあ?」

「さあ? って……」


 すると、ふっとオーラは視線を上げた。


「強いて言えば、『生身でぶつかってくる勢い』に負けてしまうのかも。『生身の生命力』というか。だからあなたの拳は、ボクたちのバリアを破れたんじゃない?」

「あ、そうか……。ん?」


 ちょっと待てよ。魔術派は機甲派より強かった。機甲派は武闘派より強かった。こうやって並べてみれば、魔術派が最強なのは一目瞭然だ。それが、『武闘派は魔術派より強い』だって?


 これって……。


「なあ、オーラ」

「何?」

「じゃんけんって知ってるか?」


 当然だろうとばかりに腰に手を当てるオーラ。


「お前らがやってることって、それと同じだと思わないか?」

「確かに」


 俺はその場でスッコけた。机の角に額をぶつけたが、微かに痛むだけ。って、それは今はどうでもいい。


「おい、『確かに』って……。これじゃあ戦争が終わらねえじゃねえか!」


 なんという三角関係だろうか。どちらかに勝っても、どちらかには負ける。これでは終わりようがない。

 しかしそれを否定するでもなく、オーラの態度は随分と淡白だ。


「戦争なんて派手なもんじゃないよ、トウヤ。敵がいる。だから叩く。それだけ」


 そう語るオーラの瞳は澄み切っていて、覚悟のほどを示しているように見える。

 確かに『平和が大事だ!』と叫んだところで、敵に蹂躙されるばかりでは、この世界では生きていけない。オーラにしろ、彼女が率いる民にしろ。


 やはり、この世界では『戦う』ことの概念が違うらしい。少なくとも、俺が住んでいた日本とは違う。争いは諫められ、治められるべきものだという考え方は通用しないのだ。

 しかし。しかし、だ。こんな幼女――いや、『女の子』と呼ぼう――に指揮を任せるというのは、一体どういった了見だろうか? 命の遣り取りが行われている以上、年端もいかない女の子にその指揮を任せるというのは、あまりにも荷が重すぎるのではないか。

 それとも、こんな考え方さえも、この世界では通用しないのだろうか? 俺の思い込みは、平和ボケしたエゴに過ぎないのだろうか?


「ん……」

「トウヤ、どうかした?」

「そうだな。オーラ、お前のご両親に話がある。どこにいるか、案内してもらえるか?」


 オーラは何事かと目をパチクリさせたが、すぐに首肯して俺についてくるようにと促した。


         ※


 元のバリアを出てから二、三分。

 戦闘中に比べて、バリア一つ一つは小さくなっている。だが、数はだいぶ増えたようだ。戦闘陣形から、一般的な生活のための配置へと移ったのだろう。

 外側から内側を覗き込むことはできないが、正直その方がこちらも気が楽だ。

 などと考えていると、唐突にオーラが足を止めた。


「ここ」


 オーラが無造作に腕を上げる。そこには、他と見分けのつかないバリアが一つあった。


「じゃあ、ボクは寝る。トウヤ専用のバリアは父さんが展開してくれるから」

「ああ。夜遅くまで悪かったな」


 するとオーラはのろのろと振り返り、自分のバリアの中にすっと入っていった。

 その背中を見届けた俺は、しかし、どうしたものかと首を捻った。ノックしたいのは山々だ。しかし、叩こうとすれば腕はバリアをすり抜けてしまう。


「うーん……」


 腕を組んで突っ立っていると、突然バリアの方から声がした。


「トウヤ殿、何かご用かね?」


 深みのある男性の声がした。オーラの父親だ。

 俺は咄嗟に『は、はいっ!』と返答する。


「君の姿は、こちらからは見えている。さあ、躊躇いなく入って来てくれ」

「じゃ、じゃあ……」


 俺はそっと両の掌を差し出し、バリアに触れる。すると、ふんわりとした音を立てて、俺の腕はバリアを突破した。


「失礼します……」


 そう言いつつ、足を一歩前へ。あ、通過できるようだ。

 顔を入れてまず目に入ってきたのは、大きな一人用のソファだ。ちょうど真正面にあり、オーラの父親が腰を下ろしている。そのすぐそばには簡素な椅子があって、母親が笑みを浮かべていた。俺の挙動がおかしかったのだろう。


「すまんが、紅茶を淹れてくれ。私にも頼む」


 相変わらず威厳ある声で、しかし優しい口調で妻に指示を出す。


「して、如何されたのかな? トウヤ殿」

「あ、あのですね……」


 なんだこの緊張感は。恋人の父親を前にした婚約者って、こんな気持ちなんだろうか? まあ、俺にはオーラとくっつく気はないが。

 俺は一つ空咳をして、深呼吸をしてから問いかけた。


「何故あなた方は、オーラに戦闘指揮を任せているんですか?」

「彼女の魔術力が非常に大きいからだ。そんなこともお伝えしていなかったのか? 娘は。客人に失礼を――」

「い、いえ、違うんです!」


 俺は慌ててオーラの弁護に回った。


「オーラが一番魔術力が強い、っていうことは本人から聞きました。でも、それだけで戦闘指揮を任せてよいものなんですか? 俺……じゃなくて、僕、それが気になって」

「ふむ」


 髭のない顎に手をやる父親。すると、『さあ、どうぞ』と母親が紅茶を差し出してくれた。ちょうどタイミングを見計らったかのように。


「ありがとうございます……」


 とてもいい香りがするが、今はそれよりも話の方が重要だ。歓談しにきたわけではない。


「トウヤ殿、貴殿のお考えは分かる。娘よりも私の方が、戦闘指揮を執るのに向いているのではないか、と意見しにいらっしゃったのだな?」


 俺はおずおずと頷いた。再び『ふむ』と考え込む父親。母親は自分の席に戻り、再び笑みを浮かべた。しかし、そこには適度な緊張感が込められている。

 

 やがて、父親がゆっくりと口を開いた。


「貴殿のいらした世界とは違うかもしれんが、我々の指導者は、我々の中で最も魔術力とその扱いに長けたものが選ばれる。それが我が娘だった、というだけだ」

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