第22話

「魔術力が強いって……それって、先天的なものなんですよね?」

「いかにも」


 音もなく紅茶をすすりながら、淡々と答える父親。


「じゃあ、オーラは好むと好まざいとに関わらず、人殺しの指揮を執らされてる、ってことですか」


 思いがけず、俺の口調は冷たいものになった。同時に父親は、微かに眉根に皺を寄せる。

 剣呑な気配を感じ取ったのか、母親がすっと立ち上がった。


「わたくしは席を空けましょうか?」

「すまない、そうしてくれ。トウヤ殿、そこの椅子にどうぞ」


 やや出鼻を挫かれた形になってしまったが、構うことはない。俺は『立ったままで構いません』と言って、父親を真っ直ぐに見つめた。

 穏やかな効果音が流れる。そちらを見ると、バリアを抜ける途中の母親が頭を下げていた。


「あ、す、すみません」

「いえ、どうぞお構いなく」


 顔を上げた母親は、穏やかな所作でバリアから出ていった。

 それを横目で見送ってから、父親はへの字に曲げていた口を開いた。


「自分の娘に平気で人殺しをさせているお前が許せない――そうおっしゃるのかな? トウヤ殿」


 あまりに的を射た言葉に、正直俺は舌を巻いた。しかし、そこまで伝わっているのなら話は早い。


「はい。それなりに、いえ、かなり頭に来ています」


 と、なんのオブラートに包むこともなく言い放った。


「これは我が魔術派の伝統のようなものだ。娘の才能の開花には、目覚ましいものがあった。私も妻も、大層喜んだものだ。だが、君には分からんだろう、トウヤ殿」

「何がだ?」

「娘を武人にしなければならない、親の気持ちが」

「ざけんな!!」


 俺はいつしか敬語どころか、礼儀作法全てをかなぐり捨てていた。知るか、そんなもの。ずかずかと歩み寄り、父親の襟首を掴む――はずだったのだが、しかし、


「うっ!?」


 反射的に手を引いた。バリッ、と雷撃が走ったのだ。


「優秀な魔術師は、娘だけではない。私とてその父親だ。見くびってもらっては困る」

「んだとこの野郎!!」


 俺は、今度は拳で殴りかかった。しかし、彼の元に俺の拳が届く直前、バリン、と破砕音が響き渡った。父親は、即座に氷の壁を作ってガードしたのだ。

 俺の拳に傷はつかなかったが、それは相手も同じこと。しかも、父親は指一本動かしていない。無論、杖を使うにも及ばない。


「手荒な真似はしたくない。お引き取り願おうか、トウヤ殿」

「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 攻撃を繰り出す俺と、防御に専念する父親。そんな二人の違いは簡単に表われた。スタミナだ。

 俺の体力のなさは決定的だった。呼吸が荒い。対して父親は、汗一粒たりともかいていない。


『畜生!』と捨て台詞を投げ、俺は父親に背を向けた。バリアの外へと足を踏み出す。

 その時、父親の声が追いかけてきた。


「勘違いめさるな、トウヤ殿」


 俺は肩を上下させ、首と目玉の回転で父親を睨みつける。


「私とて娘を愛している。それだけは忘れないでいただきたい」

「ああ、そうかい」


 素っ気なく答えながら、俺はバリアから外へと踏み出した。


「娘、娘って……。ちゃんと『オーラ』って名前で呼んでやらねえのかよ……」


         ※


 翌日。

 のろのろと、機甲派の人員輸送車の車列が去っていく。それを見送りながら、俺はぼんやりと突っ立っていた。

 丘の上は既に魔術派に占拠され、半球体のバリアがそこかしこに建っている。


 丘の反対方向に、車列が静かの森とは反対側の荒野へと走っていく。魔術派の連中も、勝利の余韻を感じるでもなく、かといって落ち込むでもなく、所在なく丘の周りをほっつき歩いていた。


 その頃になって、俺はようやく地理的な感覚を掴んだ。この丘は、周囲を四方に見渡すことのできる高野のような場所であり、敵の襲来を察知しやすい。また、民間人は静かの森に居住地を造る。丘の反対側は、石と土くれしかないような荒野だから、自然とそうなるのだろう。


「そうか……」


 考えてみれば、当然の地理条件だ。だから皆、ここを狙ってくるのか。


 ちょうどその時、シャツの袖を引かれた。俺がのっそりと振り返ると、オーラがそこに立っていた。ちなみにこのシャツは、彼女の母親が修繕してくれたものだ。

 幼女に袖を引かれるというのも、なかなかに萌えるシチュエーションではある。だが、今の俺には、そんなことを考える余裕はない。

 ぼんやりしていながら、『余裕はない』などというのも奇妙な感覚だけれど。


「どうしたんだ、オーラ?」

「父上と話をしたんでしょ、トウヤ?」


 俺はしゃがみ込んで、オーラと視線を合わせた。やはりその話題か。


「どう思う? トウヤはボクのこと」

「お前のこと? ま、まあ、若いのに頑張ってるなあ、としか」

「トウヤも若いんじゃないの?」


 きょとんと首を傾げるオーラ。どこか眠そうな目をしているが、もしかしたら、昨日は心配で眠れなかったのだろうか。


「俺? 俺は……まあ、老けちゃあいねえだろうけど。でもお前よりは少し年上だな」

「ボクの父上、どう思う?」


 なんだ。突然だな。


「何故そんなことを俺に訊くんだ?」


 俺は意地が悪いのを自覚しつつ、そう尋ね返した。するとオーラは、似合いもしない所作を取った。肩を竦めてみせたのだ。さしずめ、『なんとなく』とでも言いたいのだろう。


「お前の親父さん、か。正直、あんまり好きにはなれないな」


 さて、オーラはどんなリアクションを取るだろうか。家族を侮辱されて怒るか、反対に俺と同調するか。しかし、返ってきたのは思いがけない台詞だった。


「だろうねえ」

「だ、『だろうねえ』ってなんだよ?」


 嫌に大人びたリアクションじゃないか。やや混乱する俺を無視して、オーラは言葉を続ける。


「トウヤがボクの父上を好きになれない、って気持ちは分かるよ。だって、娘の私に『人の生き死に』なんていう、重い裁量を丸投げしてるんだからね」


 やはり実感はあったのか。自分が味方を守らなければならない、ということの実感が。


「まあね。ボクも仕方ないとは思う。子供は親を選べないし、親も子供を選べない。諦めてはいるよ。これはボクの運命なんだ、ってね」

「……なんかお前、歳のわりに考え方が渋いのな」

「そう?」


 カクン、と首を傾げるオーラ。厭味に聞こえてしまうかと思ったが、そうでもなかったらしい。


「これはやっぱり、運命としか言いようがないよ。そういう風に命が運ばれていくんだ。だから指揮官がボクだろうが別人だろうが、あんまり変わらないんじゃないかな」


『あんまり』って……。人の生き死には重い、と言ったばかりじゃないか。でも、そうやって心を閉ざしておかなければ、とてもやっていられないのかもしれない。

 

 俺は『難儀なこった』と胸中で呟きつつ、深いため息をついた。


「トウヤはのんびりしていてよ。次にいつ敵が攻めてくるか、分からないから」


 そうか。じゃんけんの法則で言えば、次は武闘派がここに攻め入ってくるはずなのだな。俺は胸中のもやもやを残しつつ、オーラの指示に素直に従うことにした。


         ※


 武闘派襲来の気配が察知されたのは、その翌々日のことだった。オーラが水晶玉を前に、神妙な面持ちで立っている。

 そこはオーラの両親の居住するバリアの中。ここが、作戦司令部としての役割も果たすらしい。


「どうかね?」

「今の進軍速度だと……こちらの遠距離魔法攻撃の射程に入るまで、あと三十分」


 父親の方を見もせずに、淡々と答えるオーラ。

 取り敢えず作戦会議に参加を許された俺だが、きっと苦虫を噛み潰したような顔をしていたことだろう。

 なにせ、次の相手はサンたちのいる武闘派なのだ。あれだけ世話になっておいて、次は敵として立ち向かわなければならない。この矛盾に似た感覚が、俺の心を苛んでいた。


「トウヤはどう思う?」

「え?」


 一人で静かに唸っていたのが、周囲からは『何か作戦を考えている』ように見えたらしい。

 まあ、俺がそれなりの戦力になることは皆が把握していることだ。何か意見を求められるのも、当然と言えば当然か。

 俺は心境の不安定さを悟られないよう注意しつつ、話してみた。


「横や背後から奇襲をかけられないか? 武闘派が魔術派に対して強いのは、意志の力だって聞いたことがあるんだ。だったら、意志というか、意識を向けていない方から攻め込めば――」

「残念だがそうは言っていられない」


 重々しい声をあげたのは、オーラの父親だ。


「敵の進軍速度は、極めて速い。特に今回は。よって今から、敵の隊列の背後を取るのは不可能――」


 と言いかけたところで、俺以外の皆が一斉に顔を背けた。それも、同じ方向に。


「来たか!」


 ピシン、ピシンとバリアにひびが入る音がし始めたのは、まさにそれからだった。

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