第23話
「き、来たって一体……?」
「武闘派。弓矢による遠距離攻撃」
狼狽える俺に、冷静な口調で答えるオーラ。
「してオーラ様、我々はどのように?」
側近と思しき初老の男性が、オーラに問いかける。
「正面から迎撃するしかないと思う。民間人は荒野へ一旦退避。遠距離魔法が使える兵士たちは、敵の斜め前方から挟撃する態勢を取って」
「かしこまりました」
男性はすぐさまバリアを抜け、他のバリアへと言伝に行く。その間も、弓矢は情け容赦なく飛んできた。
無事男性が隣のバリアに移ったのを見届けた俺は、オーラに自分の立ち回りを尋ねた。
「トウヤは挟撃地点の手前に。あんまり前線に出すぎないで。あなたには、遠距離魔法をすり抜けた武闘派の相手をしてもらう」
特に異議のなかった俺は、『了解』と告げてバリアを出た。すでに地面にはあちらこちらに弓矢が刺さり、数名の魔術派兵士が倒れている。『人の死に慣れることはできない』なんて言葉を聞いたことがあるが、俺は今頃になってそれを痛感していた。
また人死にの現場を見せつけられるのか。俺は背中に冷たい汗が伝うのを感じつつ、武闘派が進行してくるという丘の麓に目を遣った。
すると、あちこちのバリアから魔法装束の兵士が飛び出してきた。あらかじめ決められていたのか、一人一人が丘のあちこちに散らばっていく。木陰や岩陰に、皆が杖を構えて身を潜める。
まだ敵の本隊はやって来ない。しかし、各バリアの耐久性はどんどん落ちていた。バリアを無効化して、一気に接近戦に持ち込むつもりなのだろう。
そう思った矢先に、弓矢の雨は止んだ。当然のことだが、武闘派とて武器は有限のはず。きっと、そろそろ直接攻め込む頃合いだと判断したのだ。
そんな俺の予想は、見事に的中した。地面が、そして空気が揺れている。震源は、先ほどの会議で予測されたのと同じ方角。それはあっという間に地響きになり、敵の兵士たちの雄叫びが響き渡った。この気迫、まるで既にこの丘は自分たちのものだ、と怒鳴り散らしているかのようだ。
すると、伝令と思しき兵士が俺の元に駆けてきた。
「トウヤ殿! まずは我々が牽制の魔弾射撃を加えます! 頃合いを見計らって目くらましを仕掛けますので、一気に突撃してください!」
「え? お、俺一人で?」
「我々魔術派兵士が突撃したところで、返り討ちに遭うのは明らかなのです! どうか、お力をお貸しください!」
ううむ。体験入隊中の身としては、嫌とは言えない状況だ。
「分かった。皆も気をつけてくれよ」
「はッ!」
すると伝令だった兵士は、すぐそばの木陰に身を潜めた。さっと杖を取り出す。
俺はしばらく、彼らの戦闘を見届けることにした。
魔術派の兵士たちは、唐突に魔弾掃射を開始した。きっと俺にはない能力――テレパシーか何か――で連絡を取り合ったのだろう。
機甲派では聞かれなかった、様々な効果音。奇妙な表現だが、『色とりどりの射撃音』とでもいうべきか。どこかSF映画のそれを連想させる発砲音。しかし、武闘派の雄叫びや重い足音で、それもまた掻き消されていく。
「ふうーーー……」
俺は突撃のタイミングが近いことを察した。自分の両の拳を撫でるようにしながら、ため息をつく。
「三、二、一……!」
俺は一気に木陰から飛び出した。サンとのことは忘れたことにして、一気に武闘派の連中に殴りかかる。
とはいっても、俺は喧嘩に関しては全くの素人だ。とにかく自分の防御スキルを信じるしかない。
俺が最初に目をつけた敵の兵士は、ちょうど剣を大きく振るったところだった。隙は大きい。今なら顔面に拳を叩き込める。
「うおらあっ!!」
しかし、敵の挙動を俺は過小評価していた。肘打ちで魔術派の兵士を突き飛ばし、サイドステップを決めたのだ。思いっきり空を斬る俺の拳。
「おっと!?」
前転しかけた俺の脇腹を薙ぎ払う、真一文字の軌道の剣。
「チッ!」
俺は刃を握り込み、敵を押し返した。しかし、相手はそれを読んでいたらしい。すぐに剣を構え直し、刺突を繰り出す。当然だが、俺もマークされていたということなのだろう。
俺はストレートで拳を突き出し、相手の剣先とぶつけてやった。案の定、相手の剣の方が先に捻じ曲がる。勢いを相殺しきれなかったのか、相手は今度こそ体勢を崩した。
それを見た俺は、軽く足を浮かせて蹴りを見舞った。剣が弾き跳び、地面に倒れ込む相手。
「しばらく寝てろ!」
相手の腹部に再度蹴りを入れ、気絶させる。そうか。やはり俺の攻撃スキルは上がっているのだな。
しばしの混戦を切り抜け、俺は一旦丘の上まで退避した。作戦司令部となっているバリアにも無数の傷が入っている。長くはもたない。
「おい、全体の戦況は!?」
と言って俺がバリアに跳び込むと、一斉に俺に視線が向けられた。オーラと彼女の両親、それに数名の参謀と思しき者たちがいる。
オーラは水晶体を見つめながら、ぶつぶつと呟いていた。バリアの強化魔術か、遠距離攻撃魔法でも仕掛けているのだろう。
しかし、妙だ。
何故皆黙り込んでいるんだ? 俺をじろじろ見ながら。
唯一俺の方を見ていなかったオーラが、相変わらず淡々と答える。
「やはり武闘派には勝てないみたい。そろそろ撤退をしなくちゃ、犠牲が増えるばかり。トウヤ、白旗を持って――」
と言いかけたところで、オーラはようやく目を上げた。そして、ポカンと口を開けた。
「どうしたの、トウヤ!? 傷だらけじゃない!!」
「え?」
「待って。今治癒魔法をかけるから」
「大袈裟だぜ、きっと返り血だろ?」
と言いながら、先ほど刃を握りしめた掌を見た。そして、我ながら驚いた。
致命傷ではあるまい。しかしそこには、明らかにあったのだ。真一文字に走った切り傷が。
薄く皮を裂いていて、ところどころに血が滲んでいる。事ここに至って、ようやく俺は自分の防御スキルが下がっていること、そして全身に軽傷を負っていることに気がついた。
「うわ、全身がヒリヒリする……」
「トウヤ、ちょっと待って。母上、トウヤに治癒魔法を。白旗はボクが持って出ていくよ」
オーラがそう言って、バリアの隅にあった白旗を手にした、その時だった。
全く唐突に、バリアが崩れ去ったのだ。敵襲だ。
「おい、いつの間にこんな接近を許したんだよ!?」
俺が喚きながら振り返ると、そこには馬を駆るサンがいた。強靭な愛馬の馬脚でこのバリアを木端微塵にしたのだ。
「おう、トウヤじゃないか!」
「サン! 何言ってるんだよ!? いや、何やってるんだよ!?」
「見れば分かるだろう、領地の奪還だ!」
スッ、とサンは日本刀を鞘から抜いた。
「オーラ・ベリアル! まだ交戦の意志はあるか? もしあるのならば、貴殿の首は私がいただく!」
振り返ると、オーラは完全に固まっていた。そうか、サンと違って前線に出ないから、突然の敵の顕現に動転しているのだ。
「おい、やめろよ、サン! オーラはあんまり戦場に出たことがないから、パニック状態なんだ! 今はまともな話もできやしない! 白旗ならほら、そこにあるだろ?」
「白旗は掲げられて初めて効力を発揮する! もし今すぐ掲げなければ、私はオーラを斬る!」
ズシン、と踏み込んでくる馬脚。さっ、と地面に降り立つサン。
一歩踏み込み、居合切りの要領で刀を構える。
「待て、サン! よせ!!」
俺が叫んだ直後、ズシャッ、と鋭利な音がした。
「……!」
血が噴水のように噴き出し、ゴトリ、と頭部が落ちる。
恐ろしく長く感じられた一瞬の後、俺は目を開けた。そこには、血塗れになったオーラがいた。首はついている。
では、今斬首されたのは――。
「あ、あなた!!」
一番最初に声を上げたのは、オーラの母親だった。肩を握って揺さぶろうとしたのだろう、正面から夫に手を伸ばす。しかしそこに、肝心の頭部はない。母親は、夫の頭部と、肩から下の部分の両方に目を配りながら、声にならない音を喉で鳴らしていた。
ようやく動き始めた俺の脳内で、事態の順番が見えてくる。
サンがオーラに斬りかかった。それに父親が割り込んだ。そして父親が、オーラの代わりに首を刎ねられた。
俺の心は、一瞬で怒りや悔しさを通り越して、絶望の淵から叩き落された。
これが、この世界での道理であり、摂理なのだ。そう思えば思うほど、俺の心はどんどん闇に飲み込まれ、何も考えられなくなっていく。
感覚があったのは、俺がその場でひざまずいた、というところまでだった。
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